2.ドラゴンとスライム

「ド、ドラゴンサモナーですって!?」


「おいおい、この街から英雄が誕生したぞ!」


「警備隊を呼んでこい! いや、領主様を……呼んでもいいのか?」


 いい大人たちが揃いも揃って大慌て。教会内が騒然としている。

 そりゃそうだよな。僕たちは今、奇跡を見ているんだから。

 この話も、明日にはエトウィールの街中に広まっていることだろう。それどころか、瞬く間に国中に知れ渡るはず。

 そのうち、ラビちゃんのグッズが発売されて、この街では生誕を祝うお祭りなんかもやるようになりそう。

 まだ現実感がない。僕の幼馴染が英雄か……。


「カイトくん、どう……しよ……?」


「えーっと、いや、うーん……流れに任せるしかないんじゃない? ははは……」

 

 僕に聞かれたところで……ね?

 乾いた笑いしか出てこないよ。だって、数十年に一人現れるかどうかのすっご〜いドラゴンサモナー様なんだから。

 本当は狂ったように飛び跳ねて、真っ赤に腫れるくらい手を叩いて喜ぶべきなのに。素直に祝福できないのは何故だろう。

 もしかして、僕の診断が先だったら、僕がドラゴンサモナーになってたんじゃないか?

 ……いやいや、何を考えてるんだ僕は。

 召喚士の適性は、順番なんかで変わらない。産まれたときにはもう、ラビちゃんは神様に選ばれていたのだ。


「君、名前は?」


「ラ、ラビ・エンローズです」


「ふむ……誰か、警備隊を呼べ! このラビ・エンローズ様を領主様のお館にお連れするのだ! ご安心ください、すぐに護衛が参りますので」


「えっ? えっ?」


 偉いはずの神父様がラビちゃんをラビ様と呼ぶ。

 異様な雰囲気に包まれた教会で、ラビちゃんもどうしたらいいのか分からないようだ。

 両手を胸の前で組み、顔を真っ青にして不安がっている。


 優秀なサモナーの卵は、他国のスパイに誘拐されるなんてこともあるらしい。すぐに保護してあげないと危険なのだ。

 いくら世界最強のドラゴンサモナーといえど、レベルが低ければ他の子供と変わらない。

 今のラビちゃんでは、そこらへんの大人のそこそこのモンスターにすらコテンパンにやられてしまうだろう。

 それに、テイマーの中には悪事に手を染める者が多いと聞く。

 人間の知恵にモンスターの力が上乗せされるのだから、ステータスの低いラビちゃんでは、ドラゴンを召喚したところで簡単に誘拐される。

 育ってしまえば誰も手が付けられない最強のドラゴンサモナーだが、今はただの保護対象でしかない。


「カイトくん助けて。ラビ、怖い……」


「だ、大丈夫だよ。ほら、少し落ち着こう。僕がついてるからさ」


 ラビちゃんは国力の増強に繋がるサモナーだ。

 おそらく、これから数日間は万全な警戒体制が敷かれた領主様の館で保護される。

 国王に命じられてやって来るであろう国防警備隊に守られながら、パレードみたいな大行軍とともに王都へ送られるのだろう。


 力になってあげたくて大丈夫だなんて声をかけてみたけれど、僕なんかがそばにいたところで何もできない。自分の無力さを呪うばかり。

 街の警備隊ならラシードさんが近くにいたはずだし、早く来てくれないかな。見ているだけでラビちゃんが可哀想だ。


 ……これが本当に僕の考えか?

 あんなに困って、不安そうに縮こまっているラビちゃんを見て他人に頼るのか?

 今日の僕、なんか変だな。

 ずっと一緒に仲良く育ってきた大切な幼馴染に嫉妬してたのかもしれない。


 なんて愚かなんだろう。なんてちっぽけな人間なんだろう。

 誰かに思いっきり頬を殴って欲しい。

 ラビちゃんが大変な事態に陥っているのに、どこか他人事のように接するなんて。

 本当にラビちゃんを助けられる可能性があるのは、まだ適性診断を受けてない僕だけなのに。

 

 そうだよ、僕にも力があればいいんだ!

 ラビちゃんと並べるくらい、強いサモナーになればいいだけじゃないか!

 

「神父様、僕にも指輪をください!」


 勇気を振り絞り、一歩を踏みだす。

 ラビちゃんを守るための、大いなる一歩を。

 ひざが震えてる。自分の体じゃないみたいだ。

 でも大丈夫、もう逃げない。

 ダメな自分はもう捨てた。あとは、光を目指して進むのみ。


「こんなときになんだね君は! まったく……空気も読めないようじゃ、ろくな召喚士にはなれないぞ。ほら、さっさと受け取れ!」


 虫ケラでも見るような目で僕を睨みつけ、神父様が指輪を放り投げる。

 人の運命を左右する小さな銀の輪っかが弧を描き、くるくると回転しながら宙を舞う。

 僕はそれを地面に落とさないよう、羽虫でも叩くみたいに両手で掴む。

 手のひらに、冷たい金属の感触が伝わってくる。


 高望みはしない。ドラゴンじゃなくたっていい。ゴーレムか……ウルフか……オーガもありか。とにかくサモナーだ。

 死に物狂いでレベルを上げて、モンコロで勝てるくらい強くなってやる。

 そして、ラビちゃんの横に並び立つ!


 銀の指輪を見つめると、僕の顔が反射している。自分のものとは思えない、強い意思を秘めた黒い瞳だ。

 僕は馬鹿で、間抜けで、クソッタレな最低の男。それを隠そうともせず、大切な幼馴染の前で曝け出してしまった。

 気づけて良かった。僕はまだ戻れる……いや、戻らせて欲しい。ラビちゃんが頼ってくれた僕に。


「カイト……くん……?」


「ラビちゃん待ってて! 不安にさせてごめん。急にドラゴンサモナーだなんて言われたって、どうしたらいいか分からないよね。でも、安心して? 約束したから。僕がラビちゃんを守るから! 僕がきっと……今から僕が……君の英雄ヒーローだ!」


 目を閉じて、世界を遮断する。

 今だけは、自分の可能性を信じてみよう。

 指輪をはめると、中指に金属が張り付く不思議な感覚を覚えた。まるで、体の一部になったみたいに。

 ……よし、いこうか。


「ステータス!」


 口に出す必要はないけれど、思いを込めて叫ぶ。

 不思議な感覚だ。頭の中に、テレビの液晶に似た何かが広がっていく。


 【名 前】 カイト・フェルト

 【適 性】 スライム超特化テイマー

 【レベル】 3

 【魔 力】 3/3

 【筋 力】 5(0)

 【防御力】 5(0)

 【召喚枠】 2

 【スキル】 テイム、モンスター鑑定


「嘘……だろ……? なんで僕がテイマーなんかに……」


 この世界で最弱の魔物――スライム。サモナーだろうと、テイマーだろうと、スライムを引いた時点で終わりだ。

 まだゴブリンならば、ゴブリンエリートやゴブリンキングなど、上のランクが存在する。しかし、スライムはダメだ。スライムには、スライムしか存在しない。

 半透明の水風船を彷彿とさせる体の中心に、赤黒い核を持つ最弱モンスター。

 子供の弱い力でも、踏み潰して核を破壊してやれば簡単に倒せてしまう。


 さらに最悪なのが召喚枠だ。

 運が悪ければ1、多い人で5枠あるにも関わらず、僕のはたったの2。自分自身も戦うテイマーにとって、最重要な能力がこれでは完全な役立たずである。


「ごめんラビちゃん……僕はもう……」


 糸が切れた操り人形のように、ぐしゃりと膝から崩れてしまう。だが、痛みは感じない。

 脳内から全てが抜け落ちていく。

 視界から色が消え、モノクロの景色を視線が泳ぐ。

 頬を生暖かい液体が伝い、顎先から溢れて首を濡らす。

 ……終わった。


「……トくん! カ……くん!」


 ラビちゃん、泣かないで?

 いくら叫んでも、僕には聞こえないんだ。


 ……あぁ、ラシードさんが到着したみたいだね。

 ラビちゃんが連れていかれてしまう。


 そんなに暴れてどうしたの?

 僕はもう、動けないよ?


 大丈夫、君は強い。スライムしかテイムできない無能とは違うんだから。

 これでお別れか。最後は笑って欲しかったな。


「おい、終わったんならどけよ!」


 後ろに並んでいた男の子に肩を払いのけられて、僕はボロ雑巾のように倒れ伏す。

 でも、両目だけは勝手に動く。誰だか思い出せないけれど、緊張した面持ちで指輪を着ける男の子から目が離せない。

 なるほど、ガッツポーズか。サモナーを引いたみたいだね。

 おめでとう、僕は沈んでいくよ……このまま、地中深くに……。

 まるで、意識が床に吸い取られていくみたいだ。


 無様に寝転んだまま、僕は気を失ってしまった。

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