愛と勇気にスライムを添えて
伊藤ほほほ
1.教会へ行こう
「待ってよラビちゃん! そんなに急がなくても教会は逃げないよ!」
ピンクの髪を頭の後ろで結び、馬の尻尾みたいに揺らしながら僕の前を走るのはラビ・エンローズ。隣の家に住んでいる僕の幼馴染だ。
少し赤みを帯びた健康的なほっぺ。将来は美人になることが約束されている可愛らしい顔立ちは、天使が地上に落ちてきたんじゃないかと疑うほど。
学校で男子連中が集まったときなんかに、誰が可愛いかって話題になると真っ先にラビちゃんの名前が上がるからね。
「カイトくん、早く早く!」
手招きをしながら元気いっぱいに走るラビちゃんに呼ばれた名前――カイト・フェルトは僕のこと。
黒目黒髪は珍しいっていわれてる。顔は平凡……いや、おまけして中の上ってことにしておこう。
僕らは今年で13歳。心と体が最も成長するこの時期に、自分がどんな召喚士なのか適性を診断するらしい。
朝早く
昼前くらいに行こうと昨日約束していたはずなのに……。
「もしさ、ラビがさ、ドラゴンサモナーになったらどうする? 国王様からお城に招待されたりして! それでそれでぇ……」
「夢を見れるのは今だけだもんね。好きに妄想したらいいんじゃない?」
ラビちゃんが自分の世界に入り込んでしまった。
僕だってなれるもんならドラゴンサモナーがいい。後世まで語り継がれる伝説となるだろう。
「もう、カイトくんたらすぐに意地悪なこと言うんだから! そんなんじゃテイマーになっちゃうよ〜だ!」
「……ぐっ。テイマーは嫌だなぁ」
ラビちゃんが楽しそうに僕をからかう。
僕には苦笑いを返すことしかできない。
召喚士には大きく分けて二つ、サモナーとテイマーが存在する。
モンスターと戦い、服従させて
1から5枠ある召喚枠のかぎりテイムというスキルでモンスターを仲間にできて、そのステータスの一部が召喚士に加算される。
従魔と一緒に戦うのがテイマーって感じだね。
でも、長い時間を費やして育てたところで、従魔が死んでしまえば最初からやり直しだ。
そもそも、生身の人間がモンスターと戦うこと自体、ハードルが高すぎる。
最弱のスライムならまだしも、オークみたいな強い種族になんて挑んだ日には殺されてしまう。
服従させるという条件が鬼門なのだ。
対して、魔力の限りモンスターを生み出せるサモナーは人気の職業。
サモナーのレベルが高いほど、召喚できるモンスターのレベルや数、ランクが上がる。
殺されようが怪我をしようが、魔力の限りまた新しく召喚できるのもメリットだ。
それこそ、ラビちゃんの言うドラゴンサモナーになんてなろうものなら、国王の親衛隊かそれ以上に抜擢されるだろう。
武力は国力に繋がる。強い召喚士は国の宝なのだ。
ドラゴンじゃなくても、サモナーだったら街の外やダンジョンでモンスターを倒して生計を立てる冒険者になってもいい。街の警備隊にだって入れるし、国を守る国防隊になれる可能性もある。お金を稼ぐには困らないだろう。
適性診断では、このサモナーとテイマーのどちらかに適性があるのか、どんな種類のモンスターを扱えるのかが分かる。
適性とは生まれ持った才能に近く、何があろうと生涯変わることはない。
テイマーなんか引いちゃったら地獄だね……。
そもそも召喚士って言葉からして変じゃない?
だって、テイマーはモンスターを召喚できないんだから。
何もかもサモナーが基準になってる気がするよ。
「ふっふっふ、安心していいんだよ? カイトくんがテイマーになっても、ラビがすっご〜いサモナーになって養ってあげるから!」
後ろで手を組みながら立ち止まり、満面の笑みを浮かべて振り返ったラビちゃんが恐ろしいことを言う。
「えぇ……それもカッコ悪いから嫌なんだけど」
僕はやれやれと肩を落とす。
まだ子供だけど、僕だって男だ。ラビちゃんのことは嫌いじゃないし、むしろ好き……というか。
いやいや、今はそんなのどうだっていい。ヒモになるなんて真っ平御免だよ。僕が守ってあげなくちゃね。
でも、ラビちゃんにテイマーになって欲しいとは思わないよ?
二人ともサモナーの適性があればいいな。例えば、僕がウルフサモナーで、ラビちゃんがゴーレムサモナーとかね。逆でもいいし。
「じゃあ、カイトくんがラビを養ってくれるの? 強いサモナーになってさ、ラビを守ってくれる
「え? あ……う、うん。そうだね、そっちの方がいいかも?」
ラビちゃんが小悪魔のような顔で僕の反応を
心臓の位置が変わっちゃったかと思うくらいにドキンと跳ねたよ。慌てて上手く喋れなかった。でも、僕なりの勇気は出したんだけどな。
「ほんとかなぁ? なんか頼りないけど」
「もう、困らせないでよ! 先に行くからね!」
僕の顔は真っ赤になっていたと思う。
恥ずかしいから、つい逃げちゃった。頭から湯気が出ていませんように。
僕の住む街――エトウィールは今日も平和だ。
警備隊のラシードさんが、召喚したオークと一緒に巡回している。
大工のパッセさんは、従業員とゴブリンに指示を出して木材を運搬中。
ペットのスライムと一緒に散歩しているおばさんがいたり、上空ではオオテガミバチがブーンと羽音を響かせながら手紙を運んでいたり。
この世界は、モンスターとの共存で成り立っている。
「あっ、カイトくん見て! もう並んでる!」
「みんな早すぎだよ。ワクワクして眠れなかったんじゃないの? 神父様を叩き起こしてないといいけど」
「ザンブくんならやりそう」
「……あぁ、あいつか。頭にたんこぶでもあれば確定だね」
教会に着くと、たくさんの子供達が列を作っていた。
みんな同じ学校に通う知り合いだ。緊張しているのか、目がギラギラしているし顔は強張っている。
一生が決まるといってもいい適性診断の日だから、しょうがないのかもしれない。
「カイトくん、ラビが先でもいい?」
「順番で変わるものでもないし、レディファーストでいいよ」
「さっすが〜! ラビを養ってくれる人は懐が深いね!」
「もう、
最後尾に並んで、自分の番を待つ。
たしかにこれは……みんなの顔が変わる気持ちが分かるかもしれない。
一歩進むにつれて、だんだんと心臓の鼓動が早くなる。適性なんて、なるようにしかならないと思っていたのにな。
教会から出てくる友達の表情で、テイマーになったのかサモナーになったのか判別がつく。
僕はどんなモンスターのサモナーになるんだろうか。
「ねえねえ? カイトくんはさ、モンコロに出たい?」
「そりゃね、どうしたって憧れるよ。ラビちゃんだって闘士のファンじゃん」
モンスターコロシアム――通称モンコロ。腕に自信のある闘士と呼ばれる選手が集い、腕を競い合う場所だ。
指揮能力やモンスターの差で勝負が決まり、その戦闘の様子はテレビで配信される。どうしたって人々は熱狂してしまう。
人気の闘士にはスポンサーがつき、ポスターやプロマイドといったグッズまで販売されている。
「あぁ……ステルローイ様って、なんであんなにかっこいいんだろう?」
「僕はアイクスさんの方が好きだけどね」
ラビちゃんが夢中なのは、鉄壁の貴公子の異名を持つステルローイ・コーネリアス。絵の中の英雄みたいに綺麗な顔で、陽光を反射して輝く美しい金髪が世の女性たちを魅了する。
巨大なゴーレムを操り、圧倒的パワーで相手を押し潰す。
ミスリルゴーレムの体は異常なまでに硬く、敵の攻撃を受けつけない。
僕が好きなのは、
狼型モンスターのガルムに特化したサモナーで、中でもストームガルムは風のように速く、一瞬で敵を引き裂いてしまう。
彼の素顔を見た者は誰もいない……らしいんだけど、家族とか近しい人は見てるんじゃないのかな?
「ねえ、いよいよだよ? 緊張してきちゃった」
「僕はもうずっと前から心臓が口から飛び出ないように必死だよ」
たしかに、ラビちゃんの血色が悪くなってるかも。
僕も喉のところまで胃液が押し上げてくるような感じがある。
時間が経つのはあっという間だ。
あれだけ並んでいたはずなのに、もう教会の中まで進んでしまった。
大きな部屋は薄暗く、入り口から赤いカーペットが一直線に伸びている。
その先には低い階段があり、壇上には神様の像。その手前で、神父様が子供たちを診断していく。
部屋の隅には、何が起きてもいいように待機している大人たちの姿が。慣例として、前年度に適性診断を受けた子の親が数名参加することになっている。
ラビちゃんの前に並んでいる女の子……あれはたしか、別のクラスのマリアちゃんだったかな?
神父様からステータスの指輪を授かって、右手の中指にはめている。
どこに着けるかは決まっていて、装備するとステータスっていう自分の能力が見れるようになるんだよね。
肩を落としているから、おそらくテイマーになっちゃったのかな?
「次の者、前へ!」
「はいっ!」
神父様に呼ばれたラビちゃんが祭壇へと進む。
さすがだ、気合が違う。元気のいい満点の返事だ。僕も見習わなくては。
指輪を受け取り、僕に決意を秘めた強い視線を向けてくるラビちゃん。
僕は小さく顎を引き、次の行動を促す。
「神様、お願いします!」
神に祈りを捧げているのだろう、ラビちゃんはぎゅっと目を瞑る。
そして、恐る恐る中指に装着した。
白く細い指に、指輪の方からサイズを合わせてくれたかのように密着していく。
後ろにいる僕からでも分かるくらい、ラビちゃんの手はフルフルと震えている。
人生が決まる瞬間。さあ、どうだ?
「ねえ、カイトくん? ……ラビね、ドラゴン特化サモナーになっちゃった」
振り返ったラビちゃんの顔は、悲しんでいるのか喜んでいるのかよく読み取れない。
口角は上がっているのに涙目で、頬がヒクヒクと動いている。
何が起きたのか理解できず、まるで僕に助けを求めているようで……。
「す、すごいじゃん!」
幼馴染が遠くへ行ってしまった気がして、僕には情けない一言を発することしかできなかった。
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