第22話 襲い来る恐怖

 双剣を駆使しながらステラがブラックウルフを牽制する。しかし、ステラが恐怖していたように、ステラの動きよりもブラックウルフの方がはるかに速い。


(あのステラさんより速いだなんて、なんて化け物なんだ。僕が相手になるような魔物じゃない)


 ステラが引きつけているおかげで、リューンはじっくりとブラックウルフの隙を窺っている。周りにも気を配っているが、特に魔物が居る気配はない。おそらくはこのブラックウルフに恐れをなして逃げ出したのだろう。


「アイスニードル!」


 ステラが攻撃の合間に魔法を織り交ぜながら攻撃をしているが、ブラックウルフはあざ笑うかのように攻撃を躱している。

 それだけならまだしも、時折ステラに襲い掛かっており、ステラはその攻撃をいなすのが精一杯だった。


(すごい。あの恐ろしいウルフの攻撃を凌いでる。それにステラさん、あんなに多彩な魔法が使えたんだ。僕と同い年くらいなのに、なんてすごいんだ)


 隙を窺っているはずが、目の前のレベルの高い攻防に、つい見惚れてしまうリューンである。


「ツイストウィンド!」


 タイミングを合わせて、渦巻く風を起こすステラ。


「グルッ?!」


 着地のタイミングを狙われたブラックウルフが、思わず驚いたような声を上げる。

 ステラはその隙を逃さない。


「はあっ!」


 風の起きていない上方から、ブラックウルフ目がけて飛び掛かる。ブラックウルフはまだ風に驚いており、ステラの攻撃がまともに命中した。


「ギャウン!」


「やった!」


 思わず声を上げるリューンだが、ステラの様子は険しいままだった。


「ちっ、浅いですね」


 手応えはあったものの、思ったよりもブラックウルフの反応の方が速かった。体を捻ってステラの攻撃を躱していたのだ。

 そして、反撃とばかりにステラののど元目がけて飛び掛かっていた。


「くっ!」


 だが、ステラはそれを間一髪防ぐ。双剣を交差させてブラックウルフの牙を受け止めていたのだ。

 しかし、じりじりとブラックウルフが押している。ステラの力では、ブラックウルフに押し負けてしまっているのである。

 それでも、ブラックウルフの動きが止まっている今がチャンスだ。リューンは剣を構えてブラックウルフの目を狙って飛び込んでいく。


「だああっ!」


 なんと、リューンの攻撃がブラックウルフの右目を潰す。

 ステラに集中し過ぎて、リューンの気配を見落としていたようだった。

 ところが、喜んだのも束の間。ブラックウルフの鋭い爪が、リューンへと襲い掛かった。


「うわっ!」


 リューンは吹き飛ばされてしまう。だが、剣のリーチのおかげで、爪が軽く服を裂いたくらいで済んだ。

 とはいえ、そんなかすった攻撃ですらこの威力である。まともに食らっていたらひとたまりもなかっただろう。


「リューン! ああ、まったく。こういう時は非力な自分を恨みたく思いますね……」


 ブラックウルフを押さえるのが精一杯で、ステラは動けずにいた。

 しかも、再びじりじりと追い込まれている。

 一か八か、この体勢から魔法を放とうするステラ。しかし、それに気が付いたブラックウルフは、そうはさせまいと前足を振り上げてステラへと振り下ろす。

 次の瞬間、ステラの仮面が吹き飛んでいく。


「あっ!」


 その状況に思わずステラ慌ててしまう。

 双剣への力が緩んだ隙を、ブラックウルフが見逃すはずもなかった。


「ガルルルル……ッ!」


「あっ……」


 ブラックウルフの攻撃がステラにまともに入ってしまった。


「ステラさん!」


 青ざめた顔で叫ぶリューン。

 だが、非情にもブラックウルフは徹底的にステラをいたぶっている。

 しばらくしてブラックウルフの動きが止まる。そして、ブラックウルフがゆっくりと顔を上げ、リューンの方へとくるりと振り向いてくる。


「ひっ!」


 リューンが恐怖の声を上げる。無理もない。ブラックウルフの口周りの色がすっかり変わっていたのだから。何があったのか、想像に難くないのだ。

 そのブラックウルフが漂わせる雰囲気に、リューンは思わず飲まれてしまう。

 目を潰したといっても片方だけ。ステラですらろくな攻撃を入れられずに、それ以外はほぼ無傷なのだ。


(ダメだ。ステラさんですら相手にならなかったのに、僕が勝てるわけがない……)


 恐怖に顔を歪めるリューン。

 しかし、ブラックウルフは逃すまいとじりじりとリューンへと詰め寄っていく。

 リューンが一歩退けば一歩進み、また一歩下がれば同じように一歩詰め寄る。


「うわっ!」


 下がっていたリューンが背中に感じた衝撃で思わず声を上げてしまう。

 ちらりと後ろを見ると、そこには大きな木が立っていたのだ。知らない間に追い詰められていたのだ。

 もう後ろがない。頼りになるステラももう居ない。リューンは死を覚悟する。

 恐怖に震えるリューンに対してブラックウルフが飛び掛かる。

 もうダメだと思った瞬間だった。


「ギャイン!」


 ブラックウルフが突然弾き飛ばされて、別の木へとものすごい勢いで叩きつけられていた。

 何が起きたのか分からないリューン。だが、叩きつけられたブラックウルフから視線を戻した時、そこには信じられない光景があったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る