第21話 ウルフ・ウルフ

 リューンに対して、ウルフが一斉に襲い掛かる。

 それに対処するリューンの動きが少々悪いようだった。

 ウルフとグレイウルフは違う魔物だが、下位種と上位種という関係性だ。そのためにリューンの頭の中にグレイウルフの姿がちらついて、思わず体が強張ってしまっているようだった。

 それでもステラは冷静にその姿を見守る。これはリューンの試練なのだ。自分でやると言ったからには、ステラは見守る事しかできないのだ。

 自分を取り囲むウルフたちをきょろきょろと見回すリューン。さすがに6対1の対処に戸惑っているようだ。

 その時だった。


「ガウッ!」


 視線の外れたウルフが、リューンに襲い掛かる。

 リューンの視線が声に反応してそちらへ向くと、残るウルフたちも次々と襲い掛かっていく。


(こいつらはグレイウルフじゃない。でも、分かっていても重なってしまう)


 リューンの足が震えている。やはり、ウルフ系自体がトラウマになっているようだ。


(でも、僕は決めたんだ。ステラさんに守られるだけなんて、絶対に嫌だ!)


 リューンの目が鋭くなる。

 次の瞬間、最初に襲い掛かってきたウルフの攻撃を躱すリューン。

 着地をすると、次々と飛び降りてくるウルフの群れへと突っ込んでいく。


「僕は、強くなるんだ!」


 リューンの鋭い一撃がウルフへと放たれる。


「ギャン!」


 斬りつけられたウルフが悲鳴を上げて倒れる。どうやら見事に一撃が入ったようである。

 だが、これで終わりではない。まだウルフは5匹居るのだ。そのウルフたちは動きの止まったリューンへと容赦なく襲い掛かる。

 かなり危険な状態だというのに、ステラは動かない。自分の育ててきた弟子の実力と決意を信じているのだ。

 次の瞬間、ウルフたちに向けて一閃が放たれる。リューンが振り抜いた剣を引いて攻撃を仕掛けたのだ。

 バタバタと地面に落ちるウルフたちだが、傷はそれほど深くはないのかよろめきながらも立ち上がっている。

 だが、この状態ともなれば大勢は決した。あえなくウルフたちは討伐されたのだった。


「お見事ですね、リューン。ずいぶんと腕を上げたものです」


 手を叩きながら近付いていくステラ。


「はい、おかげさまでなんとかなりました」


 てへらと笑いながら頭を擦るリューン。しかし、ステラはそんな余韻に浸らせてはくれなかった。


「しかし、試験はまだ終わっていません。君の倒すべき相手はなんですからね。さっさとそのウルフをしまって気を引き締め直してください」


 ひとつ前の褒める時とはまったく声の調子が違う。ステラの冷淡な言葉に、リューンは表情を険しくする。


「分かりました」


 そう返事をして、ウルフを魔法鞄にしまい始めた時だった。


「ギャウーン!」


 ウルフの断末魔が響き渡る。


「私が殴り飛ばしたウルフでしょうかね。何者かにやられたようです」


 ステラが話したその瞬間だった。何かが近付いてきていた。


「リューン来ますよ!」


「はい!」


 ガサガサと音がしたかと思うと、何かが茂みから飛び出してきた。


「うわあっ!」


 とっさに反応したリューンが剣で攻撃を受け止める。

 そのまま押し倒されたリューンの上に乗っている魔物は、ステラですら予想していなかった魔物だった。


「まさか、ブラックウルフだというのですか?!」


 リューンの上に乗っている魔物は、ブルーグレイの毛並みのウルフでも、ダークグレイの毛並みのグレイウルフでもなかった。

 漆黒の毛並みが恐ろしいまでに逆立っているウルフ系の頂点の魔物ブラックウルフだった。


「なんでこんな魔物がここに! さすがに鉄級のリューンでは厳しすぎます」


 そう言いながら、ステラはブラックウルフに立ち向かっていた。


「予定変更です。二人で倒しますよ」


「えっ?!」


 ステラが斬りかかると、ブラックウルフはリューンから跳んで離れる。

 少し離れた場所に着地すると、よだれを垂らしながらじっとステラたちを睨んでいる。


「ステラさん、こいつは一体……」


「この魔物はブラックウルフです。ウルフ系最上位の魔物で、グレイウルフすらも足元に及ばないような魔物です。なるほど、バナルの近くにグレイウルフが現れたのは、こいつのせいですね」


(震えている? あのステラさんが?)


 自分の前に立ちふさがるステラを見て、思わず衝撃を受けているリューンである。ここまで常に冷静に立ち回っていたステラが震えているのだから。つまり、目の前の魔物はそれほどまでに強いという事になるのだ。


「本当なら君だけでも逃したいのですが、こいつの足ではあっという間に追いつかれます。それに、このまま放っておけば、被害が増えていくばかりです。なんとしても、ここで倒します」


 ステラは背中から双剣を取り出して構える。


「ウルフ系の弱点はみんな同じです。目と口の中ですので、うまく私が隙を作るので、リューンはその一点を狙って下さい」


 震えながらもしっかりとした口調で話すステラに、リューンはただ頷く事しかできなかった。

 目の前に現れたとんでもない化け物相手に、双方の睨み合いが続いている。はたして、ステラとリューンは無事でいられるのだろうか。

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