第4話 説教仮面

 少女は少年を連れて冒険組合に顔を出す。


「ステラ?! 帰ったんじゃなかったのか」


 ミュスクが慌てて飛び出してくる。

 それに対して、ステラはまったく慌てる様子を見せず淡々と対応する。


「この少年が森でグレイウルフに襲われているのを発見しました。グレイウルフはすべて討伐済みですし、この少年も転んだ時の擦り傷くらいでほぼ無傷です」


「グレイウルフだと?! どこで見たんだ」


「ここから東の森ですね」


「なんてこった……。これは要注意事項として情報を出しておかねばな」


 ミュスクが情報を他の職員に伝えようとして立ち上がろうとする。だが、それは阻止されてしまう。


「それでしたら、私が出しておきます。あなたはその少年に関して責任を取らないといけないですから、ステラさんとお話していて下さい」


「ちょっ……、おい、待てよ!」


 ミュスクが女性職員を止めようとするが、女性職員はそれを無視して事務室に姿を消してしまった。その姿を見て、ミュスクは固まったままになっている。


「どういう事なのですか? あなたがこの少年に何かしたというのですか?」


 先程の会話の内容から、重く少し低い声でミュスクを問い詰めにかかるステラ。

 仮面を着けているのでステラの表情は分からないものの、声色のせいですごい剣幕をしているというのは間違いなさそうだ。


「わ、分かった。とりあえず事情を説明するから、その背中の坊主は下ろしてやれ。目を覚ました時に大変な事になるぞ」


「……それもそうですね」


 ステラは言われて初めて、背負っていた少年が気絶していた事に気が付いた。とりあえずは壁際に設置してある長椅子の上に横にして寝かせると、ステラは改めてミュスクに詰め寄った。


「さあ、洗いざらい白状してもらいましょうか」


 ステラが迫ると、ミュスクはその圧に耐えきれずに経緯を話した。

 それを聞いたステラは驚いた。


「という事は、あの少年が東の森に行ったのはただの偶然なんですね」


「ああ、そうだ。俺もまさかあそこに行くとは思っていなかったさ。注意を怠ったのは認めるがよ」


「スライム討伐の依頼で東の森はあり得ないでしょうね。確かに森の中の方がスライムがいる確率は高いですけれど、それと同時に危険度が増しますからね」


 額に手を当ててため息を漏らすステラ。


「とりあえず、目を覚ましたら本人から聞き出す事にしましょうか。あの森は隣国に近いですから、たまに魔物が流れてきて危険ですからね」


「ああ、そうだな」


 ちらりと少年に視線を向けるステラ。そして、ミュスクに再び顔を向ける。


「まだ起きませんから、その間にグレイウルフの査定をお願いしましょうか。10匹ほど解体しないまま持ってきましたからね」


「うへぇ、勘弁してくれよ」


 ステラの報告に、本気で嫌がる素振りを見せるミュスクだった。しかし、ステラの圧力から逃れられるわけもなく、渋々グレイウルフを引き取るのだった。

 ミュスクの行動を見張りながら、腰に手を当てて腹立たしそうにしているステラ。その後ろではようやく少年が目を覚ましたようだった。


「んん……、ここは?」


「ああ、目を覚ましましたね。ここはバナルの冒険者組合ですよ」


「えっ、いつの間に?!」


 振り返ってステラが言うと、少年は跳び上がって驚いていた。そして、ステラの顔を見て再び驚く。


「うわっ、お化け!」


「仮面を着けているからとはいえ、それはちょっと感心できませんね」


 少年の反応にお小言を漏らすステラである。


「そんな事よりも、君はどうしてあそこに居たんですか? あの森は危険だという事でバナルの街には知れ渡っていたはずですけれど?」


 仮面を近付けて少年を見るステラ。仮面を着けているだけで、圧迫感が違い過ぎる。


「も、森なら手っ取り早くスライムの核を集められると思ったんだ。立派な冒険者になって家族を楽にしてあげたいので……」


 ステラの仮面が怖いのか、涙目になりながら震えて話す少年である。

 少年の話を聞いて、ステラはすっと体を引く。


「なるほどですね。ですが、あの森は君が遭ったように想定外な事が起きやすいんです。スライムだったら、あの森まで行かずともバナルの近郊を一周するだけでも十分でしたのに」


「えっ、そうなの?!」


 ステラが呆れた様子で話すと、少年はとても驚いていた。どうやら知らなかったようだった。

 初心がゆえに陥りやすい効率主義というか、無謀な挑戦というか、そういうものに陥っていたようだ。


(これは、ミュスクさんをしっかり怒りませんとね)


 頭を抱えながらステラは思ったのだった。

 説明責任の放棄で、若い命が一つ散りそうになってしまったのだ。それは当然であると言える。


「それにしても、よくグレイウルフに遭遇して無事でしたね。君はそういう意味では運がいいですよ」


「えへへ……」


 運がいいと言われて、なぜか照れる少年である。


「笑い事じゃありません。しっかり反省して下さい」


「ひっ、ご、ごめんなさい!」


 ステラに怒鳴られて、少年は背筋をピシッと伸ばして謝っていた。

 少年に説教をしていると、ようやくグレイウルフを査定に回したミュスクが戻ってくる。その姿を見つけたステラは、少年の横にミュスクを引っ張ってきて座らせると、延々と説教を続けたのだった。

 その姿は後々までに冒険者組合の語り草になるのだが、それはまた別のお話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る