第2話 リカルドの友達
「友達は、もういいのか?」
「うん、僕たちはクールな関係なんだ。
余計なことは話さないし、一緒にゲームをプレイするだけ。やめるときも、どちらかが終わりたければその日は終わり。
Vamos(行くぞ)とJugamos manana(また明日)だけの会話で十分なんだよ。
あ、ほら返事がきた」
画面の右端で赤く点滅するアイコンをクリックすると、先ほどリカルドが打ち込んだ Jugamos manana のあとに、「OK」だけの文字が新たに表示された。
リカルドはその2文字を、まるでシェイクスピアの長台詞を読んでいるんじゃないかと思うほど幸福な表情を浮かべて十分に眺めたあと、ゲームの画面を閉じた。
「友達ならうちに招けばいいじゃないか。おしゃべりしながらゲームしたほうがもっと楽しいだろう」
アランの提案に、リカルドは一瞬ぽかんとした表情を見せてから腹を抱えて笑い出した。
「残念だけど、それはできないんだ。
だって、彼は近所には住んでいないんだから。というか、どこの国に住んでいるかも知らないんだ」
「なんだって?」
「このゲームはオンラインだから、インターネットさえ繋がっていれば世界中の人と同時に同じゲーム内でプレイできるんだ。
彼も、きっとどこか遠くの国に住んでいると思う。なんせ、彼からくるメッセージは英語なんだ。
僕、See you tomorrow(また明日)って英語を覚えたんだよ」
アランは眉間に皺を寄せて、混乱している気持ちを表現した。
「父さんにもわかるように説明してくれないか」
「さっき父さんが見た戦車のゲーム、味方チームの戦車が7台、敵チームが7台、合計で14台あったでしょ。
その戦車1台1台に、僕と同じように世界中のどこかでパソコンの前でプレイしている人が14人いるってことだよ。
それを繋げてくれているのがインターネットなんだ。
チーム分けはコンピューターで選ばれた無作為だし、どんな人がどこでプレイしているなんてわからない。
僕と彼はゲーム内で友達登録しているから、お互いのオンライン状態が把握できて、タイミングが合えば一緒のチームでプレイすることができるんだよ」
まだまだ幼いと思っていたリカルドの口からさらさらと流れるような説明に、アランは理解しようと頭をフル回転させる一方、頭の片隅では息子の成長に感動している自分もいた。
「つまり、さっきの友達とやらに会ったことはないんだな」
「そういうこと。僕は彼の名前も知らないし、顔も知らない」
「あ、でも」
と、リカルドは何かを思い出したようでパッと明るい表情を見せた。
「彼には妹がいるんだ」
「どうしてわかるんだ?」
「彼がオンラインのときに僕が一緒にプレイしようと誘ったら、英語で I am his younger sister, sorry って返事がきたんだ。私は彼の妹です、すみません、っていう意味なんだよ。だから、彼は妹に自分のアカウントを使わせてあげてるんだ。優しいよね」
ゲームの構造を知らないアランには、その行動のどこに優しさがあるのかわからなかった。
とりあえず、そうか、と曖昧な相槌をうったが、リカルドは自分の話に夢中で、特に気にしていないようだった。
「それで、妹がいるから彼は中学生以上、僕は高校生じゃないかなと予想しているんだけど」
父親の常識と息子世代の常識は、ずいぶんと様変わりをしたようだ。
会ったこともない、お互い名前も顔も知らない、どこの国に住んでいるかも知らない。
「それは……友達というのかな」
アランは自分の言葉で息子を傷つけることがないよう、慎重に訊ねた。
「今はネットで繋がる関係でも友達になれるんだよ。お互いオンラインのときには、必ずチームを組んで一緒にプレイするんだから」
リカルドは父親の不安をよそに、あっけらかんと答えてくれた。
「彼も、リカルドのことは何も知らないんだな」
「うん。彼が持ってる僕についての情報は、スペイン語を話すっていうことぐらいかな。
あ、そういえば、僕は彼の妹のおかげで彼が男性だとわかったけど、彼は僕が男か女かもわからないんじゃないかな」
リカルドは両手を口に当てて、いたずらを思いついた子どものようにくすくすと笑い声を漏らした。
「どうやって彼と友達になったんだ?」
アランはもう一度、リカルドを引き寄せて両腕の中に包んだ。
「数ヶ月前、たまたま僕がプレイしていたときの味方チームの1人が彼で、そのときもすごくかっこいいプレイをしていたから、思わず僕から友達申請をしたんだ」
リカルドは全体重を預けて父親の抱擁に応える。
「リカルドから誘ったっていうことか」
「そうだよ。幸運にも、彼は僕の友達申請を受け入れてくれたんだ。自分のオンライン状態が知られるから友達登録を嫌う人もいるらしいんだけど。僕はラッキーだったんだよ」
「他にも彼のような友達はいるのか」
「彼だけだよ。僕は基本、ゲームは1人でする主義なんだ」
「そうか」
もしかすると、万が一にも“彼”が、リカルドの置かれている状況を知っていて、悪用しようと近づいている可能性がないとは限らない。
リカルドから誘ったなら、とりあえずその可能性は低いだろうが、油断はできない。
アランも仕事でインターネットを使い、海外の人とも瞬時にやり取りができる便利さを体感しているが、あくまでネットとは仕事上でのツールだとしか考えていなかった。
インターネットの多様性を知ったと同時に、息子の命を守る父親として、その危険性にも瞬時に気がついた。
「僕は、彼のことが大好きなんだ。すごく上手なプレイをするのに偉そうじゃないし、下手な奴がいたとしても文句を言ったことがない。
彼ぐらい上手なプレイヤーだったら動画サイトにアップしてるかと思ったんだけど、僕が探した限りではそれもしていない。
彼はすごくクールでかっこいいんだよ。彼に出会えて僕はすごくラッキーなんだ」
アランの腕に包まれたリカルドが、愛おしそうに何も映っていないパソコンを見つめている。
「そうか、それはよかったな」
ネットの危険性についてまさに話をしようとしていたアランは、ひとまずその考えをやめた。
臍の位置にあるリカルドの頭をポンポンと撫でると、リカルドは首を大きく曲げて顔ごと父親を見上げた。
「うん!」
リカルドのこんな心の底から湧きあがるような満面の笑みを見るのは久しぶりのような気がする。
アランは、胸の奥からこみ上げる感情を息子に悟られないよう押し殺した。
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