第4話 アランの事情


 アランは、7人兄弟姉妹の5番目としてこの世に生を受けた。

産まれたときから、彼を取り巻く環境は過酷だった。


 アランの両親は気の赴くままに子どもを作るだけ作り、産み捨てるように子供らを育てる全てを放棄していた。

1番目と2番目の兄は養護施設で育てられたが、国の職員は助言を聞かずに子供を作り続ける両親に匙を投げ、その被害を受けるのは他でもない、アランら7人の子供たちだった。


 物心がつく頃には、アランは1人だった。

親の助けは論外、兄弟姉妹も自分たちのことで手がいっぱい。

国の援助も当てにならない。

アランは幼いころから大抵の身の回りのことは自分でこなした。

決して裕福ではない国の中の貧困地域の、さらに貧しい家庭で、1日3食ありつけない日が日常だった。

そんな環境にいたアランが裏社会に手を染めるのは難しい選択ではなかった。


 幸い、親から唯一もらった体は頑丈で、病知らず疲れ知らずで年齢を重ねることができた。

幼いころは食料調達のために野山を駆け回って捻挫をしてもすぐに回復したし、毒を持つ生き物と対峙しても負けることはなかった。

さらに成長と共に強靭な肉体を手に入れてからは、裏社会でも自らの腕で危険を払いのけてきた。

数えきれないほど危険な目にあっても、アランは死を感じたことがない。


 だが、死とは程遠い身体を持ちながら、その頭の中では生きる意味を考えあぐねていた。

腹が減るから食べる。

危険だから払いのける。

なぜ生きているのか、生きている意味はなんなのか、なんてわからない。

ただ単に、死なないから生きている。


 そんなアランを変えてくれたのはライザだった。

ライザと出会い、愛し愛されると言う感情を覚えた。

すぐにリカルドを授かり、日に日に大きくなるライザのお腹を見ていると、この小さな生命体に、自分でも驚くほどの無償の愛を感じた。


 家族愛や兄弟愛と無縁の生活をしていたアランは、それがどんなものなのか想像がつかなかったし、自分には持ち合わせていないものだと思っていた。

それが、ライザのお腹を触ると自然と胸の奥から感情がこみあげてきて、そのことにアラン自身が一番驚いた。

物心ついたころから自問自答していた答えは、ライザのお腹の中で動くリカルドを感じて、ようやく見つけることができた。


 何のために産まれて何のために生きているのか。

それは、愛を与えてもらい、愛を受け止めてくれる妻と息子に出会うためだったのだ。


 アランは神を信じていない。

神に祈りを捧げても食べ物は降ってこないし、愛が落ちてくるわけでもない。

結局は、生きるも死ぬも、愛すも愛されるも自分次第だと思っていた。


 リカルドが産まれ、幼い命に余命宣告をされると、アランはさらに神を憎むようになり、同時に祈りを捧げてこなかった今までの自分を責めた。

もしや、祈りを捧げてこなかった天罰を自分の代わりにリカルドが受けたのではないか。そんなことまで考えることもあった。


 アランも母であるライザも、健康を意識して保つ必要がないくらい健康な肉体を持っている。

そんな2人にとって最も遠い存在だった死が、リカルドには今日か明日かと控えている。


 皮肉なものだ。

アランは家族愛と生活環境に恵まれずに育ったが、命の危険を感じたことはない。

対して、リカルドは両親に望まれて生を受け愛を持って育てられているが、少しの間違いが命の行方を左右する。


 性根が活動的なリカルドに、今の制約だらけの生活はつらいだろうが、それでもアランはリカルドに1日でも長く生きてほしい。


 アランは幼いころからいつでも死んでもいいと思っていたが、今まで生きていたからこそライザとリカルドと出会い、今は毎日がこんなにも輝いている。

ライザのおかげでまっとうな仕事に就く転機があり、リカルドのために他人に頭を下げてでも稼ぐ意味を知ることができた。 

どうしようもなかった自分を変えてくれたのが、他でもないリカルドだ。

だから、リカルドにも生きる楽しさを味わってほしい。

そのために1日でも長く生きていてほしい。


 ライザは、リカルドが幼いころから何度もごめんねを繰り返した。

丈夫に産んであげられなくてごめんね、お母さんが変わってあげられなくてごめんね。

アランも同様にリカルドによく謝った。

今回の出張でもいい薬を見つけられなかった、ごめんな、いつも一緒にいてあげられなくてごめんな、と。


 おそらく物心つく前からごめんねを繰り返し聞かされていたリカルドが、ある日、5歳になったころ、真面目な顔をして両親に向かって、こう言った。


「父さん、母さん、ぼくはもうごめんねという言葉は聞きたくない。

それよりも愛していると言ってほしいんだ」


 標準の5歳児よりも幼い体をしたリカルドは、凛々しい目を両親に向けてにっこりと微笑んだ。


 その晩、リカルドが寝静まったあとに妻と2人で話し合い、二度とごめんねと言わないようにお互い誓い合った。

そして、リカルドが発作を起こして寝込むたびに涙を流していた妻は、今晩を最後に涙を見せないと宣言し、大粒の涙を流しながらこれで最後と自分に言い聞かせた。


**


「リカルド、愛しているよ」


「僕もだよ、父さん」


 夕陽の射しこむ部屋で、2人はしっかりと抱き合った。

リカルドが背中に回した細い腕を感じながら、父親は今日もリカルドの生命がここにあることに感謝した。

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