04 ラクスの懐疑とゴブリンの洞窟

 ルルとラクスはベッドの中で一夜を明かした。


 美しいエルフの少年はいろいろなことを教えてくれた。


 この世界の仕組みだとか、勢力構造だとか、これからどういうふうにそれらを攻略していくかだとか。


 魔性の少年にとって、実に有益な情報を得ることができた。


 村の近くにゴブリンの巣食っている洞窟があって、村人たちは頭をかかえているらしい。


 さしあたって、そいつらの退治を依頼されたということだ。


 こいつは面白い。


 ルルの頭の中には、ゴブリン討伐の青写真が、すでにできあがっていた。


 朝食を済ますと、二人はさっそくその場所へと向かった。


「ルル、君は何か、得体の知れない術を使えるんだね」


 ラクスはもじもじしながらたずねた。


「君こそラクス、僕の力が、うまく効かないみたいだね。エルフの種族的なものなのかな?」


 ルルに手を重ねられて、ラクスはどぎまぎした。


 白い顔が赤らんでくる。


「ふふっ、かわいいね、ラクス。その顔、最高だよ?」


 手をさすられ、彼の体は弛緩してくる。


「ルル、君はいったい、何者なんだい?」


 宿屋でのなれそめを思い出して、小さなくちびるがとがった。


「どうでもいいじゃない。どうでも、ね?」


「ん……」


 こんなふうにして歩きつづけていると、森の入り口になる崖の前に、ぽっかりと口を開けた洞窟を見つけた。


「どうやらここみたいだね、ゴブリンの洞窟って」


「ああ、ルル。油断はできないぞ」


 ラクスは背中にかけている筒から、矢を取り出して戦いに備えた。


「待って」


 ルルが矢筒に手をかける。


「これは置いていくんだ」


 武器を取り外され、ラクスは困惑している。


「どういうことだい、ルル? いくら相手が下級のゴブリンとはいえ、やつらは大量にいるはずだ。武器なしでどう戦えと?」


 ルルはほほえんだ。


「武器は必要ない。そして、洞窟に入るのはラクス、君ひとりだ。これがどういう意味か、わかるよね?」


 ラクスの顔が青くなってくる。


「そう、これは儀式なんだよ、ラクス。君をめちゃくちゃにとろけさせて、もっともっと僕に従順なラクスになるための、ね?」


 ルルはラクスの体を触りはじめた。


「ゴブリンのみなさんには、悪いことをやめてもらう必要がある。ただしそれは、戦闘ではなく、説得によってね。説得とはつまり、コミュニケーションだよ、ラクス?」


「そん、な……」


「大丈夫だよ、ラクス。君は華奢に見えて、そうとうタフだと思うんだ。僕はここで待ってるから、あとはよろしくお願い、ね?」


 黒いまなざしが光る。


 再びラクスは人形になった。


「さあ、ラクス、いってらっしゃい」


「うん、わかったよ、ルル……」


 彼は棒のようになって、洞窟の中に入っていった。


 ルルは木陰に座って、大木の根を枕に、横になった。


 少し経って、暗いあなぐらの奥から、少年の声が響きわたった。


 それがボーイソプラノの歌のように聞こえたので、ルルは口笛を吹いて伴奏を取った。


 これはオペラ一本ぶんくらいの長さになりそうだ。


 眠くなっていく頭の中で、彼はそんなことを考えていた。

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