心中お察ししますっていうか、もうそいつは死んでるんだよ ⑦

 辟易する程に好きではない緩慢な夏という季節を迎えてから――色々な事が自分に訪れた。

 それは物理的にもそうだったし、誇大妄想を含めた被害妄想に当たる部分もあったのかもしれない。


 ――自分は、蓮花とのセックスの後、一度眠り(それも、否応なくペニスから放出されたスペルマの匂いを嫌々感じながら。嫌になるほど短い眠り)、それから一度街に繰り出した。

 そうするしかなかった。朝方を迎える時間帯の街並みの風景は自分に違った空気感を与えてくれた。清々しさに似た人々が居なくなった街並みの情景と比べる事が良いとは思えないけど、街並みの清々しさや清涼感と比べてみたら、今の自分は疲弊と複雑な思いでいっぱいになっている、まるで精子をたっぷり含んだ部屋に転がっているティッシュみたいなもので、ああ、面倒臭いな、と溢してしまう程に嫌気が喉元を突き刺していた。


 近くのパン屋で適当にドーナツを買い、それを抱えてカフェでコーヒーを買ってから街を歩きながらそれを食べたりしながら、自分の心が満足するまで歩き続けた。

 一口コーヒーを飲むと、さっきまで雑多にセックスを続けていた自分の身体がありありと感じられたし、吐いた溜息はどこまででも届きそう。歩き続ける事によって満足みたいなものが感じられたりする事はなかったけど途中で、輪廻に会ってみようかな、と思ったから、そうすることにした。

 乞食に話しかけられ、無駄な買う必要の無い商品を押しつけられそうになったり風俗嬢が道ばたで寝転がっていたりしていたけどそれ以外は特に問題なく降音へと向かった。まるで余剰次元の様な、ただ、現実の世界とあの世のような世界との狭間に存在する羊水に浮かぶ様な場所こそが、降音である。間違うことは無い。

 身体が降音に慣れるまで時間がかかった。いつもの事だった。深呼吸を沢山して、身体を慣らした。


 輪廻に会うと、輪廻は自分を優しく抱擁してくれた。お茶も出してくれる。それが当たり前であってほしいなと思ったが、あいにく自分の人生にそんな優しい生物はそこまで居なさそうだった。

 自分は、ここに来た理由と、これまでにあった沢山のことについて全て洗いざらい話した。輪廻は自分の話しを聞いている間、頷きをずっと入れ、本当に前のめりで話を聞いていてくれているのだなと嬉しくなった。


「そっか、そんな事があったんだね。で、otibaはどうしたい? 別にotibaくらいの人間なら女の子くらいすぐに見つけられると思うんだけど。まぁ、女の子求めていないのかもしれないけどさ、どうなの? 人生の虚しさは逃げられないけど、でもセックスの虚しさは逃げられる」


「……性欲はあるし、でもだから女の子に対する欲求があるって認めちゃうのが怖かったり……するし、でも、孤独はなんだか嫌だなというのが最近感覚として感じられてきたんです。」


「変わったね、ちょっとだけ」


「そうなんですけど、でもやっぱり他人と関わるのが嫌というか……なんと言うか、これまでもそうでしたし、今も根本的な部分はそうなんです」


「怖いんだ?」


「まぁ、そうですね」


 そうか、と輪廻は言い、考え込む姿を見せる。降音のどこか遠くから、何か研究でもやっているかのような音が聞こえてくる。降音で見かけたことがあるのは輪廻だけで、他の人間を含めた神がいるのだろうかとふと気になった。


「女と男の関係性なんて脆いものだと思ってるでしょ? いいや、思ってなくてもいいけど、でも一つだけ言っておくと、〝別に人生に意味なんてものはないし、だからこそ自分で意味を見つけなきゃいけない――〟故に、意味を見つけることが出来ない人間は生きる上で必要な〝義務〟をこなす事が〝人生だ〟と思ってしまうし、勿論……それも大事なのだけど、ただそれだけじゃ〝ただ人生を消化試合にしている〟と、僕は思うんだ。まぁ、これもあくまで〝現代の人間の人生〟に言えることであって、本質はまた別のところなのだけどさ。だから、男女の事で悩み過ぎるのはあまり身体にも精神的な健康にもよくないよ」


「人間って……なんのために人は生まれてきたんだろう?」


「……普遍的な答えはないよ。だからこそ〝意味を見つけること〟が必要なのであって、でも逆に言うと〝どんな人にもどんな事にも意味を見いだせば人はその時点で救われる〟とも思えないかい? 僕は思える。……でも、人生に意味を見いだせない人間の気持ちも一、神様として分かっている気持ちだよ、ささやかに。一つだけ人生の意味みたいなものを教えよう。」


 輪廻は、一呼吸置いてから言った。


「この世になにかを残す事で永遠となる人生の目的――芸術や小説は、時代を越え、人を越え、そして思想をも越える。ただ、それだけだよ」


 輪廻は帰り際、自分にこんな事を言ってきた。


「どう? otibaもこの世界に何かを残してみないかい? そのための人生であって、そのための〝自分自身〟だろう? ……会ってほしい人間が居るんだ。otibaじゃないと駄目だし、otibaじゃないと〝良くならない〟。otibaがフードコートで催眠ガスで眠っているふりをして、男達がやってきたって報告してくれただろう? その男たちはやっぱりコールド・オブ・ナーの奴らなんだよ。その一人と会ってほしい。別に、その男はotibaに危害らしい危害は加えないよ。僕が保証する。是非会ってほしいんだ」


 どうしうようかと思った。迷いのようなものが自分の中に存在していた。けれど、自分は無意識的に首を縦に頷かせた。


「ちょっと家を空ける事になるかもしれないよ。色々と起こるからね。まぁ、otibaにとっては良いタイミングじゃないか。また降音に来てくれ。世界を動かす人間とも関係していることだから」


 嗚呼、これからどうなるのだろうかと不安の様なものが喉元にまで上がってきた。けれど、それよりも蓮花とのセックスだったり、不安定で辟易している季節への鬱屈な気持ちの方が大きかった。


 ――〝この世になにかを残す事で永遠となる人生の目的〟


 その言葉は、酷く巧妙に頭の中を左右に歩いていて、響いていた。


 自分は、この人生で、何を残していけるのだろうか。そして、なにを残していくのだろうか……。

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