重症患者 ②
でも十八年生きて分かったことがあって、それは〝義務は一時的には人間に〝命題〟のようなものを与え、〝それ〟が人生を、生きることそのものに彩りのようなものを与えてくれる〟という事だったし、そう体感しがらも〝義務に逃げる〟様な人生の歪さを、まるで自分の人生がここまでしか膨張しません、それ以上の膨らみはないし、酷く冷たいコンクリートジャングルに収容される事が人生なのです、と言う大人達も存在する――それが嫌で仕方が無かった。
けれど自分も直接的に〝義務に逃げることもある人間――〟つまり、自分の人生を〝ここまでだ〟と決めつけ、見地から出ようとしない大人達の言い訳に聞こえる文言を、自分も言い、自分も義務に人生の一部分を任せていたのだな、と気づいてしまったことに、なんと表情をしていいものか、分からなかった。
――緩慢に感じられる朝を迎えた。
朝、と言ってもとても世界に〝朝〟らしいものは見受けられないし、朝を迎えたと言っても地続きの現実から意識がどこかへ、飛んでしまうような事も無かったから休息に極限まで近づいた状態で夜と呼ばれる時間帯をしのいだ。
いつもとおんなじ表情の〝朝方〟と呼ばれる時間帯を迎えた。自分は醜く連なっている現実に身を起こしてしまったことを軽い溜息で吹き飛ばして、少しだけ気怠さを覚えている身体を上手くゴミとゴミの狭間に足の踏み場を見つけて人工フルーツジュースを手に取って一口飲んだ。お腹を満たすためだけに口に運びお腹に落とし込む作業を続けながら窓を開けた。
そして、なにもすることが無くなると床に転がっていたゴミの数々をビニール袋に詰めてゴミ箱に入れた。ゴミ箱は美味そうに咀嚼をしたし、それをずーっと自分は満足するまで眺めていた。服が昨日のままだったけれどそのことにあまり興味が無かったから無視をしつつ自分は人工物の列挙そのものである街並みを歩くことにした。
とても肌寒さを感じた。太陽なんて出るはずもないし、この世界を見つめているのは〝月〟だけで、街に繰り出しても良いことなんてなにもないとわかっている……分かってはいるけれど、〝そう〟するしか現実と理想の狭間に脚を引っ掛けてしまいそうだし(狭間というものはとても危険で、一度はまったら抜け出すことは困難だし、人生の背後に虚しさのようなものが存在してしまっている事に気がついてしまう要因になりかねない。)
自分はアンビエント系の音楽を浴びたい気分になった。自分はそんな気持ちを抱えながら街並みを歩いた。途切れ途切れになりそうな生へ対する執着をなんとか繋ぎ留めながら都会の人々――極限まで成熟しきった文明を抱えた人類から、弾かれた必要無駄を本当に無駄だと思い込んでしまう効率重視の人々たち――を眺めることを十分ほど続けた。すぐに飽きが見え始めると、自分は家へと戻った。
ワンルームの家へと戻ると、身体の疲れがまだ取れていなかったのか、すぐさまベットの上に身を投げ出した。そうして、少しばかり時間を溶かした。
朦朧する意識の中で、降音にフードコートでの一連の出来事を報告をしに行くという約束のようなものを取り付けていたことを思い出した。
――降音に初めて行った時の事をよく覚えている。
それがどのような理由で、どのような意味を兼ね備えた出来事であったのかはあまり覚えてはいないけれど、一つだけハッキリと覚えているのは〝自分が降音で起こった全ての会話、物事、世界の動き〟という〝情報(事実)に対して、一切の懐疑さを抱いていなかったこと〟であるし、それだけは昨日のことのように、ありありと自らの感覚を用いて、心の内情をふつふつと滾らせ、心にまるで処方箋のような風通しの良い新鮮味のある感情を与えてくれたことに対しても凄く未だに、心の引き出しの一番大切な場所に保管されていることを確認できる。
降音と呼ばれる場所(後になって、初めてそこが〝神々が集う場所〟であると分かったし(感覚的には分かっていたけど、とてもその感覚を信じすぎて自分が怪我することが凄く怖かったから、その時には話しを聞くだけにしておいた))。
神々が集う場所に呼ばれ、けれどそれが何を意味するのかも良く分からなかったし、何も分からないことだらけだった。
自分の感覚がハッキリとしているという事だけが唯一と言ってもいいくらいに明瞭になっていたもので、それだけを大切にした。降音に出向くと一人の人間がいた。
『名前は輪廻、輪廻と呼んでくれたら嬉しい』と、その人間は言った。
『――人間じゃないよ……姿形はそう見えるかもしれないけど、人間じゃない。立派な神様。立派では無いけど、一応立派な神様をやっている』そう言われても、頷くことしか出来なかった。
――それから我々は、この世界の事について話した。そう色々と話しをした中で、色々な問題があるが、端的に言うと〝世界の裏に住んでくれないか。裏のことを、知ってくれないか? ――裏側から、世界を動かしてほしい〟そのように自分は言われたような気がして、そのように解釈をしたのだ。そしてそれは自分の思い違いなんかじゃなかった。
――それが起きたのが十代の半ば頃であると記憶している。それが、人生の義務の始まりの一端であることも、同時に記憶している。
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