第3話 冬の思い出「エピソード.マリア」
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マリアは、魔術師と呪術師の間に生まれた。いわばハーフなのである。
これはマリアがまだ六つの時の話――
彼女の父はハーデスという名をしていた。
彼は銀髪に細目をした魔術師、それも、貴族出身だったという。
――しかし彼は魔術師の呪術師に対する態度が気に入らず、若くして隠れて呪術師の女性と結婚を遂げる。
家族からは「この愚か者!お前なんて、生まれなければ良かった!」とか「恥知らずめ!せいぜいのたれ死んで土の栄養にでもなればいい。」などと罵倒されて去ったという。
なんせこの世界では昔からの慣わしで魔術師と呪術師の間に子供が出来るなど、許されなかったのだから――
両親は常に幼きマリアを連れながら、村の奥にある森を超えた小さい丘の上に立つ小さな小屋で、マリア達は人目を避けて過ごしていた。
ここなら安全だ。ここなら幸せに過ごしていけると信じて――
これはある冬の思い出、決して忘れない日の思い出。
――日は沈み、雪が降るある日の夜、マリア達の住む村に、貴族が来ていたという。
「どうやら、また厄介な連中がやってきたみたいだね。」
――いつもは静かに鳴く鳥の声が今日は妙にうるさい
ハーデスは遠くからの気配を感じて息を呑む。
外を見てみると、貴族の魔術師がすぐ近くまで迫ってきていた。十数人といったところだろうか。ハーデスは腰にかけた剣に手をかけ、目を細めて家の窓の下から視線を凝らす。
――敵は明らかに殺意を持っている
彼は神経を研ぎ澄まし、家族の長として、呪術師を守り、魔術師に立ち向かう覚悟を決めていた。
マリアの母、アンもマリアをぎゅっと抱きしめながら机の下に身を隠して震えている。
「マリア、アン。お前たちは少しここで待っていなさい。俺が見てくる。」
「あなた一人で行くの?きっとただじゃ済まないわ!」
「何を言っているアン」
ハーデスはアンの頭を撫でると、マリアに軽くウィンクする。
「俺が何のためにお前たちに隠れてずっと剣技を磨いてきたと思ってるんだ。」
その彼の目には迷いなどなかった。しかし、アンの目はそれでも心配や不安の気持ちで色が揺らぎ、ハーデスのその腕を逃さんとするが如く掴んでいる。
それは彼の力を信頼していなかったからではない。
マリアの母親として、そして彼を愛した一人の少女として……
「こんな夜分に、彼らだって、きっと長くはいないでしょう。それに、まだマリアにおやすみしていないじゃない。」
その声は悲しく震えていた。いつ貴族達が来るか分からない恐怖。きっと彼らに魔術師と呪術師と見破られて仕舞えば、殺されるだろう。マリアも、アンも、ハーデスも……
「大丈夫だ。僕は本当に少し彼らを見張ってくるだけだよ。だから安心しておやすみなさい。愛しのアン、マリア。」
アンは彼が一度こうなると、絶対に意志を変えないと知っている。彼が魔術師の家系と縁を切ったところを、彼女はその目で目にしたのだから。
彼はマリアとアンに軽く接吻をすると、やがて玄関に向かう。
「いい子にしてるんだぞ。マリア」
そう言い残して彼は家を去っていった。
――ああ、そうだ。その日は凄く、すごーく寒かった。暖炉に向かって手を近づけては母さんの足をぎゅっと握っていたっけ。
夜は更け、マリアとアンは深い眠りに落ちていた。周りの木々がざわめき、鳥が一度に飛び立つ音に、幼いマリアは再び目覚める。
外に近づいちゃいけないってアンからは強く言われていたのに、彼女はそれでも気になって仕方がなかったのだ。
――あの時、お父さんの気配がしたから。
アンが寝返りはしていたものの深い眠りについていた頃、マリアは上に二枚服を羽織って、家を出た――
すぐ近くにお父さんがいる、きっといると。そう思ったのだ。
――「明日は雪がきっと沢山降るぞ。かまくらとか、あ!雪合戦もいいかもしれないな」
昨日お父さんはそういってくれたっけ。今は外で先にかまくらでも作っているのだろうか?
――マリアの失踪からおよそ二時間後、アンが目覚める。
「マリア……マリアは!?」
彼女は髪もそのままにしたまま家の部屋を駆け巡り、本当にいなくなってしまったことを悟る。彼女はついに発狂して家を飛び出すと、そこには、魔術師の貴族がいた……
一方マリアは”お父さんの影”を追ったまま街へと降りる。街は複雑で、道は狭かったり広かったり。
走って走って走って走って走って……彼女はとある建物の前で意識を失ってしまった。
「こんな時間にどうしたのかな、お嬢ちゃん。」
金髪のメガネをかけた男性がそこに立っていた。マリアはあまりに重なった説明のできない感情で頭がぐしゃぐしゃになって髪をむしりながら泣き始める。
「むしっちゃだめだよ!」
「うぅ……」
「大変……だったね。」
その男性は名をトーマスといい、魔術と呪術の博士である呪術師だという。彼は世間からは珍しく評価されている数少ない呪術師の一人で、人望に熱かった。
彼女はトーマスの家で食事を済ませると、再び丘へ帰ることにした。氷の膜が張り、凍てつく寒さの中、彼女は雪に埋もれて見えなくなった村の道を記憶のまま辿り辿り、丘を登った。
――そしてそこには、誰もいなかった。
「おかえり、マリア」、「言わんこっちゃない。出るなって言ったろ?」この場所にいけば、どこからかマリアにはそんな声が聞こえてくる気がする。
家に入ると、そこには一枚の紙が置いてあった。新しく書いたような跡が見える。そこには一言、「逃げて」と……
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私が謎の男に脅されている時――
トーマスとマリアは一階で丸テーブルの椅子に向かい合わせになって私のことについて話しているようだ。
「君、彼が魔術師や呪術師どちらでもない可能性は考えていなかった、なんてことはないよね。」
トーマスは自前のお茶を沸かしながらマリアに目配せする。目は口ほどに物を言うという言葉を知り尽くした男というものが、まさに彼だ。
「うん……」
「じゃあなんで彼を連れてきたのかい?」
「それは、その……」
マリアは机のすぐ下で両手結び親指をくるくる回してもじもじとしている。トーマスの目は誤魔化せない。
「似ていたんだろう?」
とトーマスはマリアに聞く。そう、まさにそうだったのだ。彼は彼女のことを誰よりも理解している。だからこそマリアもまた、彼には色々と打ち明けやすいのだ。
「うん、似てた。お父さんに……雰囲気も、特徴も。」
「だから街にまで連れてきた、話をしてみたくて。そうだね?」
「うん……それに」
マリアは気が強い性格ではあるが、それ以上に繊細で、涙脆い。トーマスの膝へ寄ると、膝の上で顔を手で覆い、泣き始めてしまう。
「それに、嬉しかったんだよ。私。同情なんてされても嬉しくなんかないはずなのに、嫌にならずについてきて慰めてくれて、嬉しかったんだよ!」
「そうか、彼は信用に足る人物なんだな」
トーマスは微笑んでそういうと、二階にまで聞こえる声で
「もういいよ、ルドルフ。大丈夫そうだ、彼。」
というと、ニ階からは「うわあ!」と転ぶ初部の声が響く。マリアはあの日の夜のように、しばらくぐっすりと眠ってしまった。
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