第2話 ただならぬ街

「あんたが持つのは魔法と呪いと、どっち側なのかってことよ。」


 

 その言葉を発して以降、少女(いや、名前分かったしもうマリアでいいか)は一言も喋っていない。

 今はただ、私にとって懐かしい畑の景色を堪能する暇さえ与えずに黙々と私の手を引っ張って前進しているだけだ。

 ――気まずい……


 

 確か彼女は……ローレン国のマジェスタとかなんとかって言っていたか。

 というか「ローレン国」も「マジェスタ」も私の世界の昔に本当にあったような名前なのがなんというか変な感覚だ。



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 歩くこと多分20分くらいだろうか、

 ちなみに、手持ち品は「異世界に飛ばされたせいでイかれちまった腕時計」、それから「バグで初期設定画面に戻されたスマートフォン」だけ、ってこんなんじゃ正確な時間さえ分かったもんじゃないな!?


 

 

 普段は対して動かしていない足に疲労が溜まる頃に目の前には、大きな門が見えた。おそらく最初に見渡した時に見えたあの城壁だ。そこに刻まれた謎の記号。

 読めないが、おそらく、

<ローレン国へようこそ>

的なことでも書いてあるのだろう。

 ――く、くそ、字が読めない。喋りは通じるのに文字は違うのか。


 

 確かに考えてみれば、文字も言語も通じる異世界なんて出来すぎている。というかそもそも言語が通じる時点でもう恵まれすぎているのだが――



 門は関税をとるということもなく、割とあっさりと入ることができた。目の前は”The中世ヨーロッパ”って雰囲気だ。レンガ作りの赤い三角屋根に石造りの一階部分など、まるで「中世ヨーロッパの特徴を全て詰め込みました」とでも言いたげだ。

 ――やれやれ、ようやくよくいう”異世界”っぽくなってきたな。


 目覚めた田んぼに囲まれた村とは全く別世界と言えるほど、街は人で賑わっている。しかもその髪色は文字通りの”十人十色”。車などはなく、小さな恐竜のような動物が馬車を引くというような景色。



「ついた。ここがローレン国のマジェスタよ。」



 マリアはぶっきらぼうで無感情な声を出す。私のことなど全く信用などしていないと顔を見れば分かる。

 しかし、彼女は街に入ると先程までと様子が少し違っていた。顔を俯け、私を脅した時は両端が上がっていた眉はすっかり下がってむしろハの字になっている。



 マリアを刺激しないようにしていた流石の私も、彼女の変容に心配せざるを得なかった。マリアに声をかけようとしたその瞬間――


 

「どけ、貧民呪術師。」



 いきなり一人の男がわざとマリアにぶつかってきたのだ。

 ――そいつの見た目は金髪に煌びやかな服。加えて、ぱっと見超絶キザでイヤな感じだ。 

 マリアは突然ぶつかってきたキザ野郎のせいで姿勢を崩し、転んでしまう。



「おいちょっと!わざとぶつかるのはよくないですよ。謝ってください!」


 

 私は平等が当たり前の世界で生きてきた身だ。こんなことは私の中の正義感が許さない。

 が、マリアはそんなことすら動じてはいなかった。むしろ、私に対して「このバカ!」などと小声でいいながら、注意をした私のせいであたふたしてしまっている。


 

「ああ?なんだテメェは。この貴族の魔術師様に対する礼儀がなってないぞ礼儀が!」



 そのキザ野郎はあえて周りに聞こえるような声でそう言い放つ。

 すると、周りの人々はその声に気がつき驚いた目をしてこちらをみている。

 ――周りが気にするに決まってるだろう。あいつはバカなのか?

 周りの様子にホッとしたのも束の間――


 

 なんと、周囲の連中が投げかけたのはマリアへの気遣いの言葉ではなかった。罵り、暴言の数々。中には、石を投げるものもいた。

 小さい石が一つ当たるくらいはさほど痛くはないものの、ちまちまと投げられると流石に痛い。


 

「まーたあの呪術師の小娘がいるぞ。おいおい、それに今日は珍しい格好をした男をまで連れてるぞ。」

「呪術師がのこのこと道の中央を歩いているなんて信じられん。」

「呪術師は目障りだ!とっとと村へ帰れ!」



 民衆たちはマリアを見るや、指差し石投げ言いたい放題に言っていた。これだけでは言い足りなさすぎるけれど、本当にクズだ。

 ああ、そうか。この世界でもそうなんだ。ああ、きっとそうだ!

 ――なんて世界は醜いんだろう!

 この”ただならぬ街”の現状を見た私には彼女がなぜそこまで魔術師を恨んでいたのかが分かったような気がした。

 魔術師たちは呪術師たちを下に見て罵り、穢らわしいものとしてみている。今のところ私には理由は分からないが――


 

「くそっ、なんだよあの連中!」

「無視していくよ……石に気をつけてね……」



 マリアの声は余計に自信をなくす一方だ。その声は風前の灯火と言っても過言ではないほど弱々しく涙ぐんでいる。無理もない。



「あの、大丈夫かい?その傷……」

「いつものことだもん。もう……慣れたよ。」


 

 慣れただなんて。こんなことに慣れる子供がいてたまるかよ。私には何が出来る?という問いはその時何度も私の頭の中で生まれては、何もできないという冷たい返答によって掻き消される。


 

「あんな屈辱に慣れたなんて……」

「あんたに心配される筋合いなんてないの!」

「なんでだよ!?あんなもの見て心配にならない方がおかしいじゃないか!」

「同情なんて……いらない。いらないの!」



 もし私がこの世界を変えるだけの資質があれば……「同情なんていらない」というマリアの言葉には、重みがあった。

 そこには差別は取り除けない、という諦めの気持ちが汲み取れた。彼女が欲しいのは同情のような生半可なものではなく、差別が無くなることだけだったのだ。

 ああ、果たして私に何ができよう。もどかしさでおかしくなってしまいそうだ。

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 それからは、しばらく街の人を避けてマリアについていく。道の途中途中にはマリアと同じように邪魔者扱いされている人を何人か見た。おそらく彼らは魔術師ではなく、呪術師なのだろう。


 

 マリアの膝は、それはそれは悲惨だった。転んで土がついた上に、転んだ血がつき、石をぶつけられて青アザもいくつか見えている。



 マリアはそれでも黙々と進み、とある三階建ての建物の前で立ち止まる。おそらく目的地というのは、ここのことだろう。




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 マリアは「コンコン」と扉を叩くと、10秒後くらいにガチャリと扉は開く。一見普通のヨーロッパの家という感じだ。床は木、壁は石、階段は一段一段が少し大きめと言ったところだ――


 

「マリア……今日も酷い傷じゃないか……」


 

 奥にいたのは金髪でメガネをかけたジェントルマン。

 あの、さっきのキザ野郎のせいで金髪にはイヤなイメージをもっていたのだが――

 彼は普通に紳士的な見た目をしているように感じる。

(人は見た目によらないとはいうけど、第一印象って大事だよね。)

 


「うん、別にいつも通りだから平気。それより……」

「そちらのお客さんについて、かな?」



 金髪ジェントルマンは私を珍しいものを鑑賞するかのようにじろじろと見てくる。



「ところでお客様、ここではあまり見られない格好をされてますね。」

「ああ、まあ確かにそうですよね。白スーツなんてこの世界にあるわけもない。」


 

 それを言った直後に、

 ――白スーツとかいう伝わらない単語を出すなアホ!と自分のことながらツッコミを入れる。



「トーマス、彼の術式を調べて欲しいの。お願い出来る?」

「彼の術式をか?これは、また珍しい頼みをするものだ。」


 

 マリアは単刀直入に本題に入る。どうやらこのトーマスという男が私が魔術師なのか呪術師なのか調べてくれるらしい。

 私はトーマスにお願いをしようとすると、トーマスはすぐさま、メガネをクッと一度上げ、腕を組むと、



「それなら二階にいる彼にお願いする方がいい。」



 という。

 私は言われた通り、一つ一つがデカすぎる階段を慎重に上がって二階の部屋の扉のドアノブに手を伸ばす。でも、二階には人の気配など微塵も感じられない。


 ――ガシャ……


 あまりに軽いドアノブと扉に開けた途端転けそうになったがなんとか持ち堪える……と、その瞬間――



「俺の名はルドルフ。お前は……一体どこの国から来た?」



 見知らぬ男の低い声が狭い部屋中に響き渡る。目線を下げると、そこには刃があった。

 私は恐る恐る目だけ後ろを向いて見ると、そこには黒フードを被った黒髪の男が刃を私に突きつけながら睨みつけていた――

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