第695話 アメリカ滞在10日目(アングリーとハングリー)
プルルルルー。
うっせえな。何時だと思っているんだ。
僕はベッドから起き上がり、机の上の電話の受話器を取り上げた。
「はい、高橋です」
「てめぇ、今、何時だと思っいるんだ」
電話の主は三田村であった。
「あん、何時って…」
僕は部屋にかかっている時計を見た。
「9:12だろ。お前は時計も読めないのか?」
「バカ野郎。その言葉にリボンつけて、熨斗つけて返すぜ。
今朝は9:00にロビー集合なの忘れたのか?」
僕はボーっとしながら、頭の整理をした。
僕は確か6:00前に起きて…、公園に散歩に行って…、朝食を食べる前にちょっとだけ横になって…、寝てしまったようだ…。
服装も公園に行った時の格好…、つまりシャツにジーンズ…。
「ごめん、ちょっと寝過ごしちゃった…。てへっ」
「てへっ、じゃねぇ。早く来いや、この大ボケ野郎。早くしないと置いてくぞ」
三田村はそう言って、電話を叩き切った。
僕は慌てて、ボディバッグを身に着け、部屋を出た。
つい二度寝してしまったようだ。
慌ててエレベーターに乗り込んだ。
「わりい、わりい」
「遅いぞ。テメェ」
急いで、ロビーに行くと、すでにトーマスとルディ、三田村、そしてバローズが待っていた。
そして僕は改めて丁寧に詫びた。
『それではみんな揃ったので、行きましょうか』
今日はニューヨークで雇った、通訳のサトウさんも同行する。
身長180cm越えのスラッとしたイケメンで、母親がアメリカ人、父親が日本人のハーフということだ。
ストライプのスーツが細身の体によく似合っている。
三田村の英語が信用ならないという理由もあるが、もしメジャー挑戦(誰ですか、マイナー挑戦の間違いだろ、と言っている方は…)する場合を考えて、現地の方にお願いすることにした。
よって今からは三田村は通訳としては解任となり、ポーター兼雑用係となる。
2台の車に便乗し、僕と三田村はトーマスの車に乗り、ルディとサトウ氏はバローズの車に乗った。
グウゥ。
僕のお腹が鳴った。
そういえば朝食を食べ損ねていた。
「なあ、三田村。腹減った」
「あん、朝飯食っていないのか?」
「ああ朝早く起きたけど、散歩してまた寝ちまったから食いそびれた」
「そりゃ、自業自得だな。昼まで我慢しろ」
「腹が減っては戦はできぬ、というだろ。
どこかその辺のハンバーガーチェーンに寄ってくれるように、トーマスに頼んでくれるか?」
「嫌だよ。自分で頼め。
自慢の翻訳機があるだろ」
三田村はそっぽを向いた。
チッ、しょうがないな。
だが僕はこれからは、なるべく翻訳機に頼らないようにしたい。
ものの本によると、メジャーリーグもマイナーリーグにもスペイン語が公用語の国の選手が多くおり、彼らはカタコトの英語でコミュニケーションをとっているそうだ。
そんな中、通訳を引き連れていたら、反感を買うだろう。
「ヘイ、トーマス。アイム、ベリーアングリー。
アイ、ウォンツ、エイト、ハンバーガー」
「ホワイ?」
「ビコーズ、アイム、アングリー」
三田村が爆笑している。
何がおかしいんだ?
トーマスが英語で何か言っているが、ホワイ以外は良く聞き取れない。
「おい、三田村。トーマスはなんて言ったんだ?」
三田村は笑いを堪えながら、言った。
「トーマスは何でタカハシは怒っているんだい?
怒るとハンバーガーをヤケ食いしたくなるのか?、と言っている」
「は、どういうことだ?」
「お前はさっき、私は今怒っている。私はハンバーガーを8個欲しい、と言っていたぞ」
「何でだ?」
「ハングリーの発音が悪く、アングリーに聞こえたのと、イートがエイトに聞こえたんだろうな」
うーん、英語の発音は難しい。
そう言えば昔、何かのテレビ番組で、アメリカの税関で何か聞かれたら、斉藤寝具店と言えば良いと聞いた。
もしアメリカ球界に挑戦するなら、もっと英語を勉強しないと。
自分で気づかずに、言ってはいけない言葉を発してしまうかもしれないし。
結論として、僕はハンバーガーにありつく事ができた。
トーマスが僕と三田村の会話を聞いて、僕の要望を察してくれたようで、ドライブスルーに寄ってくれたのだ。
車はいよいよニューヨーク市内に入った。
遠くに大きなビルが見える。
さあニューヨークだ。
ワクワクする。
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