第686話 文明の利器

 僕らはトランクを大きなカートに詰め込み、トーマスの後について行った。

 トーマスの車は大きな黒いキャデラックだった。

 エスカレードというSUV(スポーツ用多目的車)の高級グレードのクルマらしい。

 ボンネット型のバスを小さくしたような形状をしており、車高も高い。

 

 噂には聞いていたが、アメ車はやはり大きい。

 日本、特に道幅の狭い東京でこんな大きな車を乗り回すのは困難だろう。

 まあ僕には、国産車のぽるしぇ号がお似合いだ。

 

 僕らはトーマスの車にトランクを詰め込み、後部座席に乗り込んだ。

 座席もフカフカで座り心地が良い。

 さすが高級車だ。


 車が発車し、トーマスが運転しながら、英語で何やら話しだした。

 そしてそれに三田村が答える。

 何を話しているか良くわからないが、途中に「タカハシ」という単語が挟まっていた。

 そしてそれを聞いた、トーマスが大笑いした。

 

「おい、何て言ったんだ」

「いや、別に。単なる世間話さ」


 トーマスが言った。

「タカハシ、ヤッパリ、アナタ、ユニークネ」

 僕は三田村を突いた。

 「おい、お前、何で言ったんだ?」

「お前のおかげでアメリカに来れた、と言っただけだ」

「その内容で何で、トーマスが大笑いするんだ」

「さあ、ツボにはいったんじゃねぇの?」


 僕はポケットから、ICレコーダーと小さな機器を取りだした。

 いつまでもやられっぱなしでいると、思うなよ。

「これ、知っているか?、翻訳コン◯ャクみたいなものだ」

 僕はICレコーダーを再生し、同時にその機器のボタンを押した。


『ところで君たちは何で、到着日を間違えたんだい?』

『それはもちろん、高橋が時差というものを知らないからさ。こいつは地球が自転していることも、知らなくて、最近まで太陽の方がが動いていると思っていたんだぜ』


「これは、どういうことかな?」

「それは…。その機器壊れているんじゃねえ?」

「ほう、先日、買ったばかりだけどな。

 最近の翻訳機は性能がかなり上がっているらしくてな」

「チっ、うかうか悪口も言えねぇな」

 開き直ったな、この野郎。


「トーマス、ところで僕らはホテルも予約がズレていたんだ」

 翻訳機を通して話した。

 以下は翻訳機を通しての会話である。


『麻衣さんからの依頼で、ホテルも確保しておいたよ。運良く空室が2室あって良かったよ』

『ありがとう、トーマス。こんな深夜に迎えに来てもらって、しかもホテルまで取ってもらって』

『気にするな、兄弟。

 君たちの力になれたのなら、うれしいよ』


『でも部屋は1室で良かったのに。三田村は物置の片隅で良かったのに。

 どうせ、お前はどこでも寝れるだろう』

『』バカ言え、どこぞのシーズン終わって、暇を持て余している選手と違って、俺は帰ったら、秋季キャンプの準備をしなければならないんだ。

 体調管理も仕事のうちだ。

 お前こそ、どうせマイナーリーグでプレーするんだから、どこでも寝れる習慣をつけておいた方が良いぞ』

 トーマスはそれを聞いて、笑っている。


『高橋と三田村は相変わらず仲が良くて良いね。

 さすがブラザー』

 三田村と兄弟なんて、虫酸が走るが事実だから仕方がない。

 一応、妹の旦那なので、義兄弟ということになる。とても不本意だが仕方がない。


『明日はサンフランシスコを案内して、明後日は地区シリーズのチケットを買っておいたよ』

『サンキュー、トーマス。忙しいところ悪いね』

『なーに、今は無職だから問題ないさ。

 日本から大親友が来たら、これくらい当然だよ』


 トーマスは昨年までは、マイナーリーグのコーチをやっていたが、今シーズンはどこにも所属せず、悠々自適な暮らしをしていたらしい。

 日本で稼いだ蓄えもあるし、当面はゆっくりするようだ。

 よって今回はずっとアテンドしてくれるそうだ。

 とてもありがたいことだ。

 

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