蒼月書店の奇々怪々Ⅳ ーうたかたの白き花ー
望月 栞
第1話
今日も雨がよく降っている。梅雨になると湿気でジメジメするし、ズボンの裾は濡れるし、気分が下がることが多い。
でも、雨ならではの写真を撮ることも出来る。葉から滴る露、雨雲の様子、行き交う傘の群れ・・・・・・。
ただ、残念なことに、自分の専門は陸上の動物だ。別にプロのカメラマンでもなく、趣味で楽しんでいるだけだから、雨の中で無理に動物を撮影しようとはしないが、これだけ雨が続くと、写真を撮りたくてウズウズしてくる。
こういうときは、他の人の作品を見て気を紛らわせている。今日も写真集をチェックしようと、最近見つけた本屋に来た。
古民家に掲げられた「蒼月書店」の看板を見て、俺は首をひねる。
ここは、元々何もない更地だった気がするのだけど、いつの間に本屋が出来ていたんだろう。それも、こんな古民家風な造りで。
濡れないように
俺は傘を閉じて、それを入り口のそばに置かれた傘立てに入れると、本屋の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
陳列棚の間から、黒髪長身の男が柔和な笑顔を覗かせた。印象的な翠色の瞳だ。
しかし、すぐに陳列棚へ向き直って何か作業をしている。忙しいようだ。
カウンターに視線を移すと、グレーの猫が伸びをしていた。ここで飼っている猫だろうか。仕事帰りなのでカメラは持っていない。せっかくなら、この猫を撮っておきたかった。
俺は手前の棚から順に見て回った。初めての本屋は、目的のものをすぐには探さず、ゆっくり店内を見て回るようにしている。
入り口付近は新刊やベストセラーの本をメインに置いているようだけど、奥へいくにつれて、マニアックな品揃えになっていく。
そして、この本屋は雑誌や学習書、ガイドブックなどの類いが見当たらない。小説やエッセイなどの文芸書や児童書、漫画が目立つ。
もしかして、写真集も置いてない、とか?
俺は店員に訊いてみようかと思った。
しかし、彼は陳列棚の間をウロウロしている。てっきり、品出しなどの作業をしているのかと思ったが、新刊を並べるでもなく平積みの本を動かしたり、辺りを見渡している。何かを探しているかのようだ。
店員は立ち止まって腕組みをし、何やら考え込んでいる様子になった。声をかけていいものかと逡巡していると、不意に店員がこちらを向いて翠色の瞳とバッチリ目が合ってしまった。
「何かご用でしょうか?」
「あっ、ええと・・・・・・写真集は置いてますか?」
「写真集、ですか」
店員は少し驚いた様子を見せたが、奥から一つ手前の陳列棚を案内してくれた。世界遺産などの風景や建物、生き物など様々な写真集があり、思っていたよりも充実していた。
「お客様」
俺が振り返ると、店員は少し声のトーンを落として話した。
「万が一、『美の宿るもの』というタイトルの写真集を見つけたら、手に取らずに僕に声をかけて下さい」
「あ、はい。わかりました」
「では、失礼します」
店員は笑顔でそう言うと、カウンターへ向かう。そこにいた猫は、同じ場所で丸く寝転んでいた。一度欠伸をしてから店員を見て、カウンターを尻尾でペチペチと叩くように動かす。
「あ、うん。まだ見つからないよ」
俺は店員を凝視した。その男は、猫に向かって喋っているようだった。
「この店を気に入ってくれているし、寂しがり屋だから出て行くことはないはずだけど、自由気ままに店内を勝手に移動しちゃうんだよね。浄化と保護が必要だし、今のままじゃ、売ることは出来ないんだけどな」
男がそう呟くと、猫がそれに応えるかのように、また尻尾を動かした。男が一方的に喋っているだけだろうが、まるで猫と話が通じているようにも見えた。
さっき言っていた写真集を探しているのかと思ったけど、何か別の生き物を指しているのか。でも、売るってどういうことだ? ここは本屋だよな?
男の話の内容から瞬時に色々考えてしまっていると、猫が瑠璃色の瞳で俺を見ているのに気付いた。俺はこれ以上、見ない方がいいと直感して視線を写真集の棚にずらした。あの猫は俺を睨んでいる・・・・・・ように見えた。今まで色んな猫を撮ってきたが、あんな目を向けられたことは一度もなかった。
俺は気を取り直して、気になった写真集を一冊ずつ手に取って見ていった。
買うなら、やっぱり動物のものを何か・・・・・・。
陳列棚の前を移動すると、バサッと音がした。振り返ると、通り過ぎた棚の前に一冊、本が落ちていた。俺はそれを拾うと、表紙を確認した。
『美の宿るもの』
藤色の表紙に白字で記載されたそれを発見した。
これが、店員が言っていたやつか。
俺はどんな写真が載っているのか気になり、捲ってみた。
一輪挿しのカラーや鉢植えのチューリップ、花束のバラやダリア、紫陽花、梅の木など植物の写真だ。全て白い花で統一している。
改めて表紙を確認したが、フォトグラファーの名前がない。
「羨ましいな」
俺は口からこぼれ出たその言葉に驚いて、かぶりを振った。店員に届けようと写真集を閉じ、歩き出そうとしたところで目眩がした。立ち止まったが、突然頭がクラクラしてその場にしゃがみ込んだ。
何だ、急に・・・・・・?
だんだん視界がぼやけてくる中で、手にしていた写真集がわずかに光っていたような気がした。
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