和菓子と嘘つきなデウスエクスマキナ
皇帝栄ちゃん
和菓子と嘘つきなデウスエクスマキナ
あたしは帰宅するなり自分の部屋に駆け込んで、宇宙人を呼んだ。
「モア! いますぐきて! 助けてほしいからっ」
「おかえり、しずく。わたしはここにいる」
きらきらの粒子がただよう白銀の髪(短めのツインテール)と健康的な白い肌、メタリックな青と白の未来SFっぽい服を着た女の子が、のんびりとどら焼きをぱくついていた。
緑茶と羊羹もテーブルに置いてある。めちゃくちゃいい香り。「磐船」のどら焼きと羊羹だ。あそこ美味しいんだよね。
いや、そうじゃなくてっ。
「なんで勝手にあたしの部屋で食べてるのっ」
「しずくのぶんも買ってある」
「あ、ありがと」
うっかり礼を言うと、モアはいつもの超然まったり顔でわらった。
彼女の服はピンポイントで肌の露出が多いけど、えっちというよりは妙にドキドキする感じだ(お姉ちゃんは煽情的と言ってた)。そして一番の特徴は不思議な七色の瞳。赤と橙と黄色と緑と青と藍色と紫がまたたく目!
この子の名前はアンゴルモア。真実の虹の瞳をもつ宇宙人。あたしの大事な友だち。
「それで、どうしたの。そんなに泣いて」
モアの言葉にハッと我に返る。
鏡を見ると美少女が泣いていた。腰までかかる淡い栗色の髪がさらさらとキレイで、ラピスラズリみたいな澄んだ青い瞳はクォーターの面目躍如。オシャレな服装は当然ながらファッションセンスあると思う(ワイン色のベレー帽はモアがプレゼントしてくれたものだけど、とってもお気に入り!)。
この中学一年生の美少女こそ
正式な名字は
そんなことより、ラピスラズリが涙を流す理由なんてひとつしかない。
「
「しずくのクラスメイトでおともだちだね」
「和菓子喫茶でたのしく会話してたら、急に意識を失ったの。あっという間に病院に運ばれて、彼女のお父さんとお母さんから聞かされたんだよ。新種の病気で、本格的に発症したら二週間たらずの命だって! だから、モア、甘蔓ちゃんの病気を治してっ!」
あたしは必死にお願いしたけど、モアはまったりした顔で首を振った。横に!
「だめ。それはできない」
「どうして!?」
「わたしが大切なのはしずくだけ。きみが死んだら蘇生させるし、気分によっては死んだ事実をなかったことにもするし、存在そのものを無にされても無から完全に復活させるし、因果の輪から消されて過去現在未来に渡っていないことになっても元通りにするし、どんなことになっても必ず助ける。でもしずく以外はだめ」
モアと出会ってからあたしはわりと何度か死んでるみたい。車にはねられたり、殺人鬼にぐっさりやられたり、思い返すとぞっとするけど、意識がもどるたびあたしは何事もなかったようにピンピンしてて、モアが経緯を話してくれる。といっても彼女はよく嘘をつくから、どれがどこまでホントなのかはわかんない。
はっきりしてるのは、モアはなんかもう、とにかくものすごい宇宙人で、知らないことやできないことはほとんどないんじゃないかってくらい。
だから、助けてほしいのに!
「なんでもかんでもわたしに頼るのはよくない。まず自分でなんとかするって約束したよね。きみはその子のためになにかしたの」
「したよ! 甘蔓ちゃんを助ける方法がないか、モアがくれた占い用具で占った! でも水晶玉にはなにも映らなかったの! 何度やっても結果はおなじ。こんなのはじめてだよっ」
「それなら結果は明白。対象の死の先は視えない。あたりまえ」
「なんでそんなひどいことあっさり言うの!」
「わたしがえこひいきするのはしずくだけ。きみ以外のぜんぶに対して、わたしは公平だからね」
ううぅうー。あたしだけを特別あつかいしてくれるのはうれしいけど……あたしだけを見てくれるのはうれしいけど……友だちの命がかかってると複雑だよぉ。
ん? いや、まって、それならもしかして。
「モアは、あたしが死んだら絶対に生き返らせてくれるんだよね?」
「とーぜん」
「じゃあ……あたしの命を使って甘蔓ちゃんを助けることはできる? そのあとであたしを生き返らせるっていうのは、アリ?」
「しずくの命を使ってその子を助けることならやってあげる。しずくの命が尽きたあとでしずくを生き返らせる」
うわあっ、やったー! ダメもとできいてみたら大当たりっ。
「ありがとうモア! はやく甘蔓ちゃんを助けてっ」
「シーズック、そんな理解で大丈夫か?」
「ヘンな呼び方やめてよっ。まるでわかんないけど、ほんとそのネタ好きだね」
「しずく。言葉の意味はちゃんと把握したほうがいい」
「あたしの命で甘葛ちゃんを助けて、そのあとあたしを生き返らせるんでしょ? それで問題なし!」
「わかった。じゃあ、いまからきみの命を奪うね」
まったりと宣言されて、あたしはびくっとなった。
ああそうだ、当然といえば当然だけど、意味合いとしてはモアに殺されるんだ。そう思うとなんかドキドキして不安が押し寄せてきた。恋のドキドキなら歓迎だけど、命のドキドキは御免こうむりたい。
「ちょ、ちょっとまって! 痛いのは嫌だよっ?」
「せめて痛みを知らず安らかに逝くがよい」
座禅を組んだモアが両手を左右に広げてウジョーなんとかって言ったところでまぶしい光が直撃して、あたしのなかのなにかがぼんやりとなって、いしきがかくさん……
モアは日本のオタクカルチャーやネットミームのネタが好きなんだけど、あたしが生まれるずっとずっと昔のものが多くて、大体わかんない。でも彼女はまったく気にしない。自分が好きだから相手に通じなくてもサムくても気にしないそうだ。そのへんホントあたしには理解できない。だってなにかやるなら相手を楽しませるほうがいいよね。自己満足だけなんて勝手じゃない?
――目が覚めた! うたた寝していてハッと意識がもどったときの感覚!
えっと、なにがどうなったのかな……。
きょろきょろすると、あたしは外に立ってる。目の前の二階建て一軒家はあたしの家だと思うけど、常盤宇の表札が見当たらない。それどころか全体的にくすんで古ぼけて見える。
ていうか、ちょっとまって。
なんか……なんか、まわりの景色がいつもと違うんだけど!? ちょっと近未来っぽい建物がいくつかあるんですけど!?
「モア、どこにいるの! あたしは死んで、生き返ったんだよねっ?」
返事がない。いつもみたいに空間から出現もしない。
やだ。なんかこわいよ……。
そ、そうだ、甘蔓ちゃんは助かったのかな? 確認しなくちゃ。
病院へ向かう道すがら、彼女の家を通りがかって足を止める。不安をおさえてインターホンを押すと(こんな形だったっけ?)、知らないおじさんが出てきた。
「あ、あの、甘蔓ちゃ……木実甘蔓さんはおられますかっ?」
「お嬢ちゃん誰?」
わあっ、不審な目で見られた!
「あたしは、えっと、甘蔓さんにお世話になったことがあって、最近見かけないなと思って、どうしたのかなって……」
しどろもどろだけど、十代前半の女の子だからか、知らないおじさんは警戒心をやわらげてくれた。
「祖母ならつい昨日に亡くなったよ。一一三歳の大往生だ」
……祖母? おばあちゃん? え?
亡くなった? ひゃくじゅうさんさい?
ええぇぇぇぇぇぇえええーーーーーーーーーーッ!?
仰天するあたしの視界の隅に、宇宙人が見えた。斜向かいの曲がり角だ。
あたしは一目散に走った。
「アンゴぉぉぉーーーーーーーッ!」
角を曲がったところで、モアがのんびりわらって「やあ」と手を振った。
「どういうことか説明して!」
「きみが死んでから一〇〇年経った。あの子はしずくの命で一〇〇年生きた。しずくが死んだことを知った彼女が、しずくのぶんまで生きてしあわせになると決意して歩んだ人生は、きっとどこかの塔の「かみ」さえも感動させるものがあったね」
あたしは金魚みたいに口をぱくぱくさせた。馬鹿だと思われたくないから言葉の意味を考える。……もしかして、あたしの命で助けるって、そういうことだったの!?
「わたしは最初に言った。しずくの命が尽きたあとでしずくを生き返らせる。ちゃんと言った。言葉の意味を把握したほうがいいと」
「うぐぐっ。だって、だって……」
「きみは話を聞かないからな」
「元にもどして! なかったことにして!」
モアはパチンと指を鳴らした。
あたしの部屋にもどった。テーブルには食べかけのどら焼きと緑茶と羊羹がある。
良くも悪くも振り出しにもどったわけだ。
のんきに緑茶をすするモアを見て、あたしは感情がぐちゃぐちゃになった。ベレー帽を床に投げつける。
「モアのバカ! あたしのこと大好きなんでしょ!? だったらあたしの友だちを助けてくれたっていいじゃない! 嫌いになっちゃうよ? モアのこと嫌いになるからっ。それでもいいの!?」
するとモアが片手を振り上げたから、あたしは反射的に身を縮こまらせた。彼女に暴力を振るわれたことは一度だってないけど、あたしがここまでいやな言い方したのもはじめてだ。今度ばかりはわからない。
「おお、よしよし」
頭をなでられた。やさしく髪の毛をくしゃくしゃされる。
それだけであたしの激情はあたたかいぬくもりに包まれてどこかへいった。
「怒らないの……? あたし、すごくわがまま言ってるよ?」
モアはあたしに限らず誰に対しても何事にも絶対に怒らない。喜怒哀楽のうち、怒りと悲しみの感情が存在しないんじゃないかなって思う。
「しずくはわたしのたったひとりのだいじなともだち」
あたしは泣いた。ずるいよ。いつも素でそんな殺し文句を吐くんだから。嘘つきのくせに。
「ありがと。ごめんねモア。しばらく一人にしておいて」
すすり泣きながら感謝と謝罪と退室の促しをひとまとめに伝えた次の瞬間、もう部屋には誰もいなかった。
ふと目をやると、テーブルに一枚のメモが。
そこにはこう書かれていた。
『バカと言うなら「バカ、バカ、バカラ様」くらいスクラッチしたほうがいい』
……だから、わかんないってばそういうの!
はあー、もう。落ち着くためにとりあえず糖分補給しよう。
あたしのために買っておいてくれた和菓子を食べたあと、ベレー帽をさすって帽子掛けにかける。それからベッドに寝転んでぼんやり天井を見上げた。
どうしたらいいんだろう。頭がまわらない。だってあたし普通の人間だもん。不治の病なんてモアみたいなトンデモ宇宙人じゃないとなんとかできないよ。
はあ……こんなときお姉ちゃんだったらなんとかしちゃうんだろうけどさ。
ん? お姉ちゃん?
あーっ、そうだ、そうだよ、お姉ちゃん!
お姉ちゃんはすごく顔が綺麗ですごく頭がいいくらいしかとりえがないけど、その頭の良さで大抵のことはなんとかしちゃう人間離れした天才だ。お姉ちゃんも不治の病だったけど、それを克服して不老不死になった唯一の非凡発現者だし。
うん。お姉ちゃんなら甘蔓ちゃんの病気を治せるはず。もし駄目って言われても
さっそくお姉ちゃんに電話しよう。お姉ちゃんは今は
というわけで、お姉ちゃんに電話!(モアなら「ケータイ取り出しポパピプペ」とかワケわかんないことつぶやくにちがいない)
「もしもしお姉ちゃん?」
『
まさかの留守電。
「お姉ちゃんのバカ、バカ、バカラ様ぁーッ! クソ役立たず! くたばれボケナスーッ!」
思わずカッとなって怒りをぶちまけてから電話を切ると、あたしはまたベッドに寝転がった。
はあああああ、お姉ちゃんほんっと使えないんだから。
もうダメなのかな……どうしようもないのかな。
空虚な気持ちで目を閉じる。
それはつい数時間前のことだった。
「雫ちゃんって、ほんと和菓子が好きだよね。和菓子好きだけど特技は占い、ファッションは洋服なのも面白い」
甘蔓ちゃんがあんみつをスプーンですくいながらそう言った。行きつけの和菓子喫茶「ノーストリリア」で、あたしは友だちと日曜の午後を満喫している。
いつもの他愛ない会話をたのしんでいたら、甘蔓ちゃんが急にまじめな顔になった。
「私は雫ちゃんの手作りの和菓子が食べてみたい」
「あたしは食べるの専門」
甘蔓ちゃんは「あはは、ざーんねん」とわらって流したけど、
「ねえ。雫ちゃんが私と友だちになってくれたときのこと、おぼえてる?」
他愛ない会話と思っていたのはあたしだけなのかもしれない。
彼女と友だちになった日のことは、もちろん、おぼえてる。中学生になってあたしは早々とクラスの子たちと仲良くなっていったけど、溶け込めないでいる女の子に気づいて、声をかけたんだ。そんな出来事は小学校のころもよくあった。あたしにとってはめずらしいことじゃない。
「ひとりでまごついてる私に話しかけてくれて、友だちになってくれた。それだけでも嬉しかったのに、タイミングをみて上手くみんなに紹介してくれたよね。雫ちゃんが勇気づけてくれたから私はみんなと仲良くなれた。今の私があるのは雫ちゃんのおかげだよ」
「そんな、大げさだってばー。あたしはただ好き勝手に動いただけだし」
あたしはみんなが仲良くわらっているのがいい。たのしいのがいい。自分だけ満足するんじゃなくて、世界中のみんなを笑顔にしちゃいたい。
――きみはその子のためになにかしたの
――きみは話を聞かないからな
モアのなにげない言葉がフラッシュバックして、息を呑むようにベッドから起き上がる。
「ああ、そっか……あたし、自分のことしか考えてなかった。甘蔓ちゃんを助けたいっていう自分の望みしか頭になかった。彼女の言葉をちゃんと聞いて、望みを汲み取らなくちゃいけなかったんだ」
こうして声に出すと身に沁みる。甘蔓ちゃんが望んでること。あたしが彼女のためにできること。
やっとわかったよ。
もう落ち込んでなんかいられない。すぐに行動しなくちゃ。
身支度をととのえて家を出ると、あたしは馴染みのお店に駆け込んだ。
少女奮闘中(モアならきっとこう言う)
そうしてあたしは病室で手作りの和菓子を甘蔓ちゃんに食べてもらった。
蓬莱山っていう大きい饅頭で、中に小さな饅頭が五つ入ってるの。創業五〇〇年以上の有名な虎屋では「蓬が嶋」って名付けられてる。不老不死の仙人が住む神仙境をイメージしたものだと、あたしが小学生のころにお姉ちゃんが教えてくれた。
黙々と口に運ぶ甘蔓ちゃん。食べ終わると、ものすごく幸せそうにほほえんだ。
「すごい。とてもおいしかったよ」
「よかったあー。えっと、行きつけの饅頭屋さん、知ってるでしょ? あそこのおじさんに頼み込んで作らせてもらったの」
いやあ、おじさん厳しくて落語のオチにならないレベルで饅頭怖いになりそうでしたけども。
「ありがとう、雫ちゃん。最後に雫ちゃんの手作りの和菓子を食べることができて本当に嬉しい」
「甘蔓ちゃん……あたし、あたし……」
「だめだよ、笑ってくれなくちゃ。雫ちゃんのおかげで私は明るくなれたの。私の好きな雫ちゃんは、いつも元気で明るくて、みんなを照らしてくれる、そんな太陽と青空の女の子。――だから、笑ってよ」
あたしは涙をこらえて何度もうなずいて、精一杯の笑顔を見せた。
……ここで終わっていればイイハナシダナーってなったかもしれないけど、そうはならなかった。
翌日に甘蔓ちゃんの病気が完治したから。
よくわからないけど、未知の抗体ができて不治の病のウイルスを完全に駆逐したみたい。その抗体は培養して量産可能で、この病気の特効薬になるのも時間の問題だって。
甘蔓ちゃんが不思議な夢を見たことをあたしにだけ話してくれた。
「雫ちゃんの手作り和菓子を食べた日の夜、きらきら光る白銀の髪がきれいな女の子がベッドの横に現れる夢。その子は虹のような目で私を見つめて、すっごいまったりしてそれでいてしつこくない顔で『だいじょうぶだ問題ない』って言ったの」
めちゃくちゃびっくりしたのは当然だよね!
帰宅すると宇宙人がいつものようにのんびりどら焼きをぱくついていた。
「もしかして、モアが甘蔓ちゃんを助けてくれたの? あたし以外はダメなんじゃなかったの?」
「しずくはあの子のためになすべきことをちゃんとやった。えらいえらい」
「なんかまともなこと言ってる」
「わたしは公平だからね」
まったりドヤ顔。
もう。なにが公平だよ。嘘つきのくせに。
でも知ってる。嘘つきだけど、あたしとの約束は必ず守るってことを。
「ありがとうモア、だいすきだよっ」
満面の笑顔で思いっきり抱きついた。
数日後にお姉ちゃんから電話があった。
「私なにか雫を怒らせるようなことしちゃいましたか?」
「なんのこと?」
「電話のメッセージで……」
「ああ! そのことならもう解決したよー。あたしこれから友だちの退院祝いに行くから、お姉ちゃんにかまってる暇なんかないの。それじゃ」
「えっ、ちょ――」
電話を切ると、あたしは元気いっぱいに外へ駆け出した。お姉ちゃんの困ったような慌てたような声が耳に残って心地いい。
澄みわたるラピスラズリの青空には七色の虹がかかっていた。
和菓子と嘘つきなデウスエクスマキナ 皇帝栄ちゃん @emperorsakae
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