馬上槍試合
陽が最も高くなる時刻。場所はエミリア侯国の首都ラエミリア。
金属が陽光を浴びて輝いていた。そこは
「やっちまえ!」
「怖気づくな! それでも騎士か!」
……中には罵声も混じっているが、見物人を熱狂させていたのは間違いなかった。
槍が盾にぶち当たる音。騎士が馬上から落ちる音。その後に続く歓喜の声。
観衆に手を振って応える勝者の姿に、貴賓席の女性たちは頬を染める。
「あのお方が侯爵様の一人息子?」
「ええ、そうよ。イケメンよねー」
「分かる、分かるわ。兜でお顔が見えなくても、あのお方の美しいお顔が見える!」
貴婦人たちの話し声は大きかった。傍にいる夫たち――
そんな時だ。
婦人たちはそれが自分に向けられたものと思い、大仰に手を振って返す。
(僕は何をしてるんだろう?)
顔を覆う兜の奥底で、男は複雑な気持ちを抱いていた。別に特別な気持ちはないのに自分が手を振れば黄色い歓声が浴びせられる。普通の男なら嬉しくてたまらない状況。
だが、エミリア侯爵の息子レオナルド・ダ・ガッラは好きでそうしている訳ではない。
全ては父の指示。国のためであり、父のため。
断じて自分のためではなかった。
◇
レオナルドが舞台裏に戻ると、入れ違いに次の試合の参加者が舞台へと上がるのが目に入った。
(何度も見てるはずなのに)
レオナルドは自分が男であると実感する。女性の美しい
兜に胸当て、盾に槍。ここまでは通常の騎士と何ら変わりはない。違うのは下半身の装備。騎士は全身を防御するものだが、女性は下半身には
不道徳で破廉恥な恰好。
肌の露出を抑えるのが常識の世界で彼女の身なりは不謹慎であり、さらには女性が騎士の真似事をすることも非常識であった。
「ちょっと、レオ」
女性はレオナルドを愛称で呼ぶと、彼に注意する。
「足ばかり見ないで。それじゃ観覧席の男たちと変わらないわ」
「違う。君の脛当てがしっかり装着されてるかを確認してたんだ。君の肌が槍で傷つくのが僕にはとても耐えられ」
「スケベ」
笛の音が響いた。入場の合図である。
「時間だ、ベアトリーチェ。君を待ってる人がいるんだから、待たせちゃダメだよ」
「……そうね」
レオナルドの言葉にベアトリーチェは暗い顔をする。
だがそれも一瞬。ベアトリーチェは兜――顔までは覆われていないタイプのそれを被ると観衆の前に姿を見せた。
女であることを捨てられる、騎士たちの晴れ舞台に。
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