馬上槍試合

 陽が最も高くなる時刻。場所はエミリア侯国の首都ラエミリア。


 金属が陽光を浴びて輝いていた。そこは馬上槍試合トーナメントが行われる会場。観衆席からは歓声が止まない。


「やっちまえ!」


「怖気づくな! それでも騎士か!」


 ……中には罵声も混じっているが、見物人を熱狂させていたのは間違いなかった。


 槍が盾にぶち当たる音。騎士が馬上から落ちる音。その後に続く歓喜の声。


 勝者に浴びせられる称賛。そして観衆に手を振って応える勝者。彼の姿に貴賓席の女性たちは頬を染める。


「あのお方が、侯爵様の一人息子でしょ?」


「ええ、そうよ。イケメンよねー」


「分かる、分かるわ。兜でお顔が見えなくても、あのお方の美しいお顔が見える!」


 貴婦人たちの話し声は大きかった。傍にいる夫たち――禿頭とくとうや肥満、病気に苦しむ彼らを皮肉るように。


 そんな時だ。くだんの男が特等席にゆっくりと手を振った。


 婦人たちはそれが自分に向けられたものと考え、大仰に手を振って返した。


(僕は何をしてるんだろう?)


 顔を覆う兜の奥底で、男が複雑な気持ちを抱いていた。別に特別な気持ちはないのに、自分が手を振れば黄色い歓声が浴びせられる。普通の男なら嬉しくてたまらない状況である。


 だが、エミリア侯爵の息子レオナルド・ダ・ガッラは好きでそうしている訳ではない。全ては父の指示。国のためであり、父のためであった。


 断じて自分のためではなかった。



 レオナルドが舞台裏に戻ると、入れ違いに次の試合の参加者が舞台へと上がるのが目に入った。


(何度も見てるはずなのに)


 レオナルドは男であることを実感した。そのの美しいももに心を奪われてしまったからだ。


 兜に胸当て、盾に槍。ここまでは通常の騎士と何ら変わりはない。違うのは下半身の装備。普通、騎士は全身を防御するが、女性は下半身にはすね当てだけを装着。その下にはガーターを履き、スカートのフリル部分までそれが続いている。


 不道徳で破廉恥な恰好。


 肌の露出を抑えるのが常識の世界で、彼女の身なりは不謹慎であり、さらには女性が騎士の真似事をすることも非常識であった。


「ちょっと、


 女性はレオナルドを愛称で呼ぶと、彼に注意する。


「私の足ばかり見ないで。それじゃ、観覧席の男たちと変わらないわ」


「違う。君の脛当てがしっかり装着されてるかを確認してたんだ。君の肌が槍で傷つくのが僕にはとても耐えら――」


「嘘つき。スケベね」


 揶揄からかうような悪い顔を女性はしてみせた。どこか悪戯好きな子供のよう。その女性はレオナルドをいじるのが好きらしい。


 笛の音が響いた。入場の合図である。


「時間だよ、ベアトリーチェ。君を待ってる人がいるんだから、待たせちゃダメだ」


「……そうね」


 レオナルドの言葉に、ベアトリーチェは暗い顔をする。


 だが、それも一瞬。ベアトリーチェは兜――顔までは覆われていないタイプのそれを被ると、観衆の前に姿を見せた。


 女であることを捨てられる、騎士たちの晴れ舞台に。

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