幽鬼の舞姫

風宮 翠霞

第1話 幽鬼の舞姫 (始)・(終)

彼女は舞っていた。


彼女はただ、舞っていた。


泣きながら、舞っていた。


静寂せいじゃくの中で、狂ったように彼女は舞っていた。


満月が見守る、藍の舞台で。


其処に一切の音は無く、息を吐く音ですら邪魔だと切り捨てられた。


其処には、ただ哀しみだけがあった。


深い、深い、哀しみだけが。


其処にいる事を赦された。


会いたい。


会いたい。


ただ、一目だけでも。


会いたい。


音など存在しないのに。


木霊こだまする様に。


何処か遠くから響くのは、彼女の叫びだった。


観た者の息を止めるように。


彼女自身の息を止めるように。


彼女は、一度も足を止める事なく。


殺人的に舞い続けた。


彼女は舞い、すがっていた。


遥か彼方。


多くの人の、忘却の彼方へと葬られた記憶に。


鮮明に残る、千年前の情景に。


思い浮かべるのはたった一つ。


儚く散った、愛しき人。


価値など無かった。


彼の人のいない世界に。


価値など無かった。


彼の人の命を奪って永らえた、その命に。


ただ堕ちていく事を望んで、彼女は舞う。


嗚呼。


嗚呼。


死んでくれ。


壊れてくれ。


貴方は私の対をなし。


私は貴方の側にいる。


ささやく様に。


叫ぶ様に。


何度も何度も繰り返す。


彼女の舞は、全てを否定した。


幽世かくりよ現世うつしよ狭間はざまで。


刹那せつなの生を否定し。


永遠の死を否定した。


幾千と。


幾万と。


受け継がれ、紡がれた物語を。


彼女は今日も。


舞って見送る。


いつか。


遥か彼方の未来で。


全てが、正しい位置に還るまで。


彼女はただ、舞っていた。


涙で頬を濡らし。


口元に、遥かな日の笑みをたたえながら。


夜の静寂しじまの中で。


彼女は今日も、舞っていた。













彼女は待っていた。


彼女はただ、待っていた。


泣きながら、待っていた。


静寂の中で、狂ったように彼女は待っていた。


満月が見守る、愛の舞台で。


たった一人の愛する人を。


彼女は今日も、待っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽鬼の舞姫 風宮 翠霞 @7320

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ