黒歴史研究部へようこそ

ジョイ晴

■見学編

プロローグ


「実は私たち、『黒歴史研究部くろれきしけんきゅうぶ』なの」



 歴奈れきなには、『歴史研究部』部長の言っている意味が分からなかった。


 いや、『黒歴史』の意味は分かる。恥ずかしい過去のことだ。人に知られることが苦痛で、黒く塗りつぶして隠してしまいたいから『黒歴史』というらしい。


 歴奈にも『黒歴史』と呼ぶような、忘れられない過去がある。

 だが今は、そのことは関係がない、はずだ。


 ここは『潮乃音しおのね高校こうこう』の公式な部活動、『歴史研究部』の部室だ。


 それなのに自分たちを『黒歴史研究部』などと言う、部長の意図が分からない。


 部長は二つ合わせた長テーブルの向かいの席で、ちょっとした悪戯がばれてしまったとでもいうような、はにかんだ微笑を浮かべている。


 歴奈は困惑して、部長の隣に座っている副部長に視線を送った。


「普通の歴史の研究がメインではあるけど、本当。『黒歴史』の研究、諸々もろもろをしてる」


 副部長の気まずそうな様子は、冗談を言っているようには見えなかった。


 他に訊ねる相手はいない。部員は部長と副部長、二年生の女子二人だけだ。

 

 どちらも独特の華やかさを備えた、人目を引くような美人だ。

 その上に気さくで優しく、『歴史研究部』の見学に来た歴奈のことを歓迎してくれた。


 そして二人が教えてくれた活動内容は、歴史好きの歴奈の期待を上回るものだった。


 時代、国を問わず、好きな歴史を研究していいという活動方針は嬉しかった。


 去年の文化祭用に作成して上映したという、三国志の短編動画は見応えがあった。


 部で定期刊行している『歴史研究新聞』は、自分でも作ってみたいと創作意欲が湧いた。


 振舞ってもらったお茶を飲みながら歴史のトークに花を咲かせているときに至っては、『歴史研究部』のことを、楽園のように感じていた。


 歴奈は二人とは真逆で、いかにも地味でぱっとしない女子だ。性格も引っ込み思案を通り越してコミュ障に近いと思っている。歴史の話をできるような相手もほとんどいない。


 でもここに来れば、素敵な先輩たちと大好きな歴史の研究をすることができる。

 そう思った歴奈は、『歴史研究部』への入部を申し出る寸前だった。


 それなのに部長も副部長も、実はこの部が『黒歴史研究部』だと言っている。

 日本史や世界史ではなく、人の恥ずかしい歴史、『黒歴史』を研究している部ということになってしまう。そんな部活などあるはずがない。


 だが、しかし――。


 『高校生歴史レポートグランプリ』のレポートだと言って渡されたあの黒いバインダーファイルの中身に『黒歴史研究部』の活動のことが書かれていたのは確かであり、それを読んでしまったことで、部長に告げられることになった。


 実は自分たちが『黒歴史研究部』だと。


 歴奈は自分の気持ちが、「まさか」から「もしや」へと傾いていくのを感じていた。


 なぜなら部長に初めて出会った数日前から、あちこちに『黒歴史研究部』の気配が漂っていたことを思い出したからだ。


 その記憶が、歴奈の頭の中でフラッシュバックした。

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