第12話 伯爵家は黒いらしい

「ここがイバール・ターンクスの領地か……随分発展しているな」


「ターンクス伯爵は両親の影響が強いとはいえ、資金と力がかなりありますからね。特に貸し付けによる利益が凄まじいのだとか……」


「フェルナン帝国はどこも追い込まれてるからな。その中で裕福なターンクス家は、他貴族にとってありがたい相手なんだろう」


 馬車に揺られて数時間。

 僕達はイバール伯爵が収めるターンクス領に来たのだが……ウチとは全然違う。


 建物はボロ木じゃなくて石とレンガ作りだし、道路もキチンと整備されている。

 人口だって視界に入るだけでウチの領より多くて賑わっていた。


 どこを見ても発展している。

 伯爵領でこれってすげーな……


「ん?」


 ただ、建物と建物の間にいる人達。

 汚れた布切れに身を包みながら、きらびやかな服装の貴族連中を羨ましそうにじっと眺めていた。


「ご主人様、少し離れた方がいいかと」


「あぁ、分かってる」


 歩く度に気づく。

 建物の間にいる人間はもっといた。


 隙間があれば絶対に人がいる、というレベルで姿を現す謎の存在。

 ウチの領にいても違和感がないくらいだ。


「返せよ!! それは俺のだ!!」


「うるせぇ!! ガキは引っ込んでろ!!」


 パン一つを求めて大人と子供が争っている。

 醜い状況を見て、僕はこの領の真実に気付く。


「別に裕福じゃねえな……貧富の差が激しすぎる」 


 見た感じ富裕層と貧困層が半々……いや、建物の奥に隠れてる事を考えれば、スラムで住む人の方が多いか?

 貧しいガーランド領を収める僕が言えた事ではないけど、これだけ発展しているのにスラムの人が多いのは少し異様な気がする。


 どうやらターンクス領っていうのは、相当闇が深いらしい。


「伯爵との面談はもう少し先だよな?」


「えぇ。数時間の余裕はあるかと」


「じゃ、今のうちに聞き込みでもしておくか」


「聞き込み、ですか?」


 この領について、情報を集めた方がいいな。 

 僕はイバール伯爵との面談までの時間を、ターンクス領民とのコミュニケーションに費やす事にした。








「で、イバール伯爵について何となく分かったが……予想通りだな」


 ターンクスの領民とかるーく話した結果、いくつかの情報を仕入れる事ができた。


 ・利益優先で色んなものに税をかけたり切り捨てる方針

 ・貧富の格差が激しいのは、多すぎる税や借金が返せなくなった民衆をスラムに押し込めている為

 ・女好きで夜な夜なメイドを過剰な暴力で痛めつけて楽しんでいる……らしい


 こんなところだ。


「しかし、スラムへ落ちる人間が多いのに、追い出さないのは何故でしょうか?」


「そこだ。スラムを完全に消すのが難しいとはいえ、あそこまで放置する理由が分からん」


 スラム民は言ってしまえば自分の領の治安の悪さやイメージダウンにつながりやすい。

 富裕層だって襲われるリスクを抱えてるし、ある程度は取り締まりをするのが普通だ。


 だが、あの量はほとんど放置されている。

 

「ん? あれは工事か?」


 イバールの屋敷近くで建物を建設している様子が見えた。

 かなり巨大なものを建てようとしているのか、周りにいる人の数もかなり多い。


 ただ服装がボロい気がするが……


(待て)


 あの服装、僕は知っている。

 ターンクス領に入ってから、やたらといたスラムの住人に似ている。


 というかスラムのヤツらじゃね?

 指示を出している人間は建設員だと思うけど、彼らの方が身なりはしっかりしているし。 


「まさかスラムの住人を労働力に?」


「えっ」

  

 全てが合致した。

 

 スラムの人間が多い理由。

 それを放置している理由。

 そしてボロい服装の労働者がやたら多い理由。


 この三つは繋がっている。

 それは発展したターンクス領を支えている労働力として、この”闇”は必要だったんだ。


「なるほど、スラムの住人を放置しているのも、安く雇える労働者を確保するためですか」


「伯爵領にしては妙に発展してると思ったが……エグい事考えつくなぁ」


 スラムの住人は税金を払わないし払えない。

 そんなヤツらを領主は住人として認めないし、追い出そうとするのが普通だ。


 だけど、彼らを非合法な契約条件で雇える”都合のいい労働者”と解釈するなら?


 どんなものでも人件費は一番かかる。

 その費用を抑えることができれば、ローコストでかなり大掛かりな事業も可能になる。 

 この建物だって、骨組みから察するにかなりデカいし、その建築に関わる人件費を安くできれば領としても嬉しい話だ。


「相当ヤバイぞ、イヴ」


「覚悟はしています」


 と、雑談で空気が重くなっている間にイバール伯爵の屋敷についた。

 門番に手紙を見せて中へ案内されると、小さな応接室へと案内される。

 どうやらここで待てという事らしい。


(スラム住人を労働力に……素晴らしいとは思うが、僕ならやらないな)


 いくつか理由はある。


 まずは治安悪化。

 

 元からいた領民がスラムの非常識な立ち振る舞いに苦しみ、余計な対立を産む可能性が出てしまう。

 ガーランド領は盗賊などを除いた領民全員が税金を払い、互いの結束も高い。


 その固い結束に穴を開けるのは……今後を考えるとやらない方がいいと思うんだよなぁ。


 後は技術が定着しないとか、

 スラム住人の反乱とか、

 冒険者などがスラムに悪印象を抱いて来なくなるとか


 とりあえずウチではやらない方針だ。

 面白いアイデアだと思うけどね。


 コンコンッ


「来たか」   


 考え込むこと数十分。

 遂にイバール伯爵が来たらしい。


 机の上に今月分のお金は出している。

 そこまで話す事はないだろうけど……穏便に済んでほしいな。


 警戒心を持ちつつ、開く扉と共に現れるであろうイバール伯爵を迎え入れる準備をした。


「初めまして、クロト様」


 ん? こいつがイバール?


 かしこまった服装だけど、妙に紳士的というか。

 細かい作法や態度から、どちらかといえば領主より執事っぽい感じだ……

 

「あぁ、すみません。私はイバール様ではなくローエンと申します。最近この家に仕えたばかりの執事です」


「執事……という事は取り込み中か?」


「おっしゃる通り。イバール様は今、新しい宮殿の計画やお金を貸している侯爵家との準備に時間を取られていまして」


 イバール本人を見れなかったのは少し残念……だが、お金を返すだけだ。

 別に執事が相手をしても問題はない。


「借りている立場としては少し生意気かもしれんが、一度お目にかかりた……」


 お世辞を入れつつ、素直な感想を口にしていた時だった。


「っ……!?」


「イヴ?」


 イヴの様子がおかしい。


「ぁ……ぁあ……」


「どうした? すまない、ウチのメイドが体調を崩したみたいだ」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 呼吸を荒くさせ、必要以上に目を開きながらうつむいている。


 いつもの落ち着いたクールなイヴじゃない。

 何かがイヴを刺激している。


 原因は何だ?

 何をキッカケに?


「ふふっ」


 まさかこいつか?

 ローエンという執事が部屋に入ってからだ。


 それまで僕とイヴはいつも通り会話をしていたのに、この男が入ってからおかしくなった。


「久しぶりですね、”イヴ様”」


「っ!!」


 それが真実であるかのように、イヴの事を意味深な呼び方をするローエン。


「二人は知り合いか?」


「えぇ」


 不敵な笑みで彼は返事をする。

 そして明らかにされる、イヴと謎の執事の関係。













「私は昔、”侯爵令嬢だった”イヴ様に仕えていました」

 

 その衝撃的な事実は、僕ですら数秒固まってしまう程だった。


◇◇◇


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m(_ _)m

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