第3話 聖女は領主に文句がある

「今回はここまで……ですかね?」


 地面に倒れ込み、むせている僕を逃さずイヴは接近する。


 剣も何も持っていない。

 己の身体で決着をつけるつもりだ。


「当たれぇ!!」


「おっと、まだ隠し持っていましたか」


 だけど黙ってやられるワケにはいかない。

 僕は懐に隠し持っていた小さい鉄球を、イヴに向かって思い切り投げる。


「いけぇえええええ!!」


 イヴは完全に決着をつける為、真っ直ぐ突撃している。

 ここから姿勢を変えるのはかなり難しい。


 確実に当たる。

 そう確信していたのだが。


「甘い」


 イヴは姿勢を変えるのが難しい状態で、身体をひねった。

 しかも前方への速度を落とさずに。


 回避と突撃を両方成功させるって……どんだけバケモノなんだよ。


「狙いはいいですね。鉄球というのも持ち運びやすく、威力が高いですし」


 もう終わりだと言わんばかりに、イヴは僕の行動を評価していく。

 ボロッカスに言われていた三ヶ月前に比べたらかなり前進している。


 さぁ、イヴの拳が僕に命中し、これから反省会へ向けて準備を……










「か、ら、のー……」


 って流れにはならないんだよね。


「?」


 何かを感じ取ったイヴが空を見上げる。

 そこには先程投げた鉄球が浮いていた。

 

「一体何を……っ!?」


 それだけじゃない。

 周りにある石ころが僕の重力魔法によって浮いていく。


 ただ浮くだけじゃない

 標的であるイヴを囲むように、だ。


「”グラビティガトリング”!!」


 ビュン!!

 ビュン!!

 ビュン!!


 イヴの中心へ向けて鉄球や石が一気に発射される。

 

 加速力は勿論、重い物が一つ一つ弾丸のように彼女へ迫る。

 逃げ道は……どこにもない。


 あの時、僕は鉄球をただ投げたワケじゃない。

 鉄球にイヴを集中させ、僅かな時間を利用して周囲にあった石ころに重力魔法をかけた。


 全てはこの弾丸の雨をイヴに浴びせるため。


「フハハハ!! これでどうだー!!」


 悪あがき、と思わせておいて計画していた作戦だ。

 流石のイヴも対処できないだろう。


 鉄球や石は物凄い勢いと共にイヴへ急接近し、その綺麗な素肌に傷をつける……

 と、思っていたのだが、


「”アイスシールド”」


「あっ」


 カンカンカンッ!!

 全部、イヴが周囲に展開した氷の盾であっさり防がれてしまった。


「あー!! ダメだったかぁ!!」


 今度こそ決まると思っていたのに!!

 すっかり気を落とした僕は勢いよく地面に寝転がった。


「模擬練習での魔法を禁止する。それが私の縛りでしたが……破ってしまいました」


 そんな僕の元へ近づくイヴ。

 身体を起き上がらせ、わざとらしく僕の頭を豊満な胸元へ寄せる。


「私の負けですご主人様。よくぞ、ここまで成長しましたね」 

 

 とりあえずイヴの合格ラインは達したらしい。

 これで本格的に森の魔物を退治できる。


 三ヶ月もかかったけど、これで領地改革への第一歩が踏み出せそうだ。

 長かったなぁ……












「しかし、相変わらず荒れてるなぁ」


「今の私達では現状維持が精一杯ですからね。潰れるよりマシかと」


「領民は相当恨んでるだろう……クククッ」


「何故嬉しそうなんですか?」


 修行を終えて僕は領内をイヴと散策していた。

 

 三ヶ月間、ここで生活しているけど本当に何もない。

 飯屋は勿論、家すらボロボロで宿だって数件のみ。


 いつかはエッチなお店含めた娯楽施設を建てたいけど、その為には領内を豊かにしなければ。


「で、森は確かあっちだったよな」


「はい……まさか本気で倒しに行くとは思いませんでしたが」


「今ならギリギリ勝てるだろ。こーいう面倒ごとはさっさと終わらせよう」 


 別に一人で戦おうと言っているワケではない。

 何せ僕を鍛え上げたイヴがいる。

 前までは戦力外だった僕の実力も、今ならそれなりに戦える。


 それにだ。

 いつまでも修行を続けて、収入が不安定な生活を送り続けるのは嫌なんだよ。


 せっかく転生して好き放題しようとしてるのに、これじゃ何の為に生きてるのか分かんないし。


『あいつ……ここの領主じゃ……』


『しっ!! 黙ってろ殺されるぞ!!』


『あーあ、なんでこんなとこで生まれたんだろ』


 領内を歩く度に聞こえてくる不満の数々。

 クックックッ、まさに悪徳領主って感じだな。


(文句は言うが外へは出て行かない……今の僕にとっては都合のいい存在だ)


 あいつらは外に出て行くお金も覚悟もない。

 何もかも諦めてしまい、ただ朽ちていくのを待つばかり。


 だが、生きた人間。

 貴重な人材だ。

 

 僕の思い描く未来には間違いなく必要な存在。

 さーて、こき使う為の動機をさっさと作らないとな。


「ちょっと待ちなさいよ」


「ん?」

 

 そんな陰口ばかりの領民の中に、直接物申してやろうと前へ踏み出す金髪の少女が一人。


「みんなが飢え死にしそうな時にお散歩? それでも領主なの!?」


「ほぉ……なかなか言うじゃないか」


 彼女はソフィア。

 ガーランド家の領地に昔から住んでおり、更に聖女と呼ばれる貴重な存在。

 

 何者にも恐れないその強気な態度と皆を思いやる優しさから、彼女は周りから慕われていた。


「ご主人様に対する無礼……排除します」


「待て、面白いから喋らせろ」 

 

 ソフィアが僕に突っかかるのはこれが初めてではない。

 以前から領内を歩く度に彼女は小言を直接ぶつけ、時には手が出そうになる所をイヴや周りの領民に止められていた。


「残念ながら散歩じゃない。これから北西の森に生息する魔物を討伐する所だ」


「ふーん、領主様自ら?」


「金も人も、何もかもないからな。後、メイドのイヴも一緒だから一人ではない」


 僕はソフィアをかなり気に入っている。


 だって、領主様に対して強気な態度で接してくるんだよ?

 隠し事ばかりより、こーいう素直で感情豊かなヤツの方が好きだ。


 後、超絶かわいい。

 

「どうせアピールでしょ? 今まで何もしていないから、森まで討伐しに行ったって事実を作りたいだけ」


「そんな無意味な事に時間を使うバカがどこにいる」


「アンタしかいないでしょ!! 今日という今日は……!!」


「ご主人様、これ以上は流石に」


 ソフィアが杖を取り出す。

 対するイヴも剣を抜いて構える。


 領民達はこの殺伐とした状況をただ見守るだけ。


「ソフィア姉ちゃん……」


「ソフィア様……」


「大丈夫よ、皆はアタシが守るから」


 怯え続ける領民達にとって、前に立つソフィアの姿は頼もしく見えるだろう。


「フハハハ!!」


「ご主人様?」


「何笑っているのよっ!!」


 素晴らしい。

 やはりソフィアは僕の計画に必要だ。


「ソフィア」


「っ!?」


「ご主人様、今の彼女に近づくのは」


「大丈夫だ」


 まずは彼女をこちら側に引き込む所から、だ。

 僕は戦闘態勢に入ったソフィアの元へゆっくり歩み寄る。


「何のつもりよ」


 警戒しているが、その杖を振り下ろす事もしなければ、魔法を出す事もしない。

 

 ソフィアに本気で僕を倒すつもり等、一切ない。

 だから言葉で簡単に引き込める。


「本気かアピールか、知りたいのならついてこい。それで全てが分かる」


「……分かったわ」


 よし、これで戦闘要員が一人加わった。

 ソフィアのような癖の強い人間を引き込むには、高ぶる感情を利用した方が手っ取り早い。


 魔物に対する勝率もグンと上がるだろうし。


「あまり焦らせないでください」


「へぇ、イヴも焦るのか? 僕との戦いではいつでも冷静なのに」


「メイドがご主人様を思うのは当然です」


 イヴの表情に変化はない。

 しかし、僕は見ている。


 魔眼を通して見た彼女の色が、変わっていた事を。

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