【声劇台本】映画くらげと花火製作委員会
澄田ゆきこ
本編
佐藤(N):文化祭。暗闇に沈む体育館の中で、静かに高揚感が渦巻いている。
永野:それでは、待ちに待った各クラスの出し物の発表です! まずは1年A組から!
佐藤(N):今から何が始まるんだろう。そんな期待で薄くざわめきが起き、静まっていく。むせかえるような熱気の中で、俺だけがぽつんと取り残されている気がする。
ダンス、劇、プロジェクターを使った映像作品。どれもよくできているが、釘付けになって見ている周囲の生徒たちの中で、俺は異物だ。ばれないようにすることくらいは、造作もないけれど。
永野:いやあ、1年生とは思えないクオリティでしたねー! 続いて2年生の発表です。……おっと、プロジェクターがうまく動いてないな。ごめんなさい、少し待っててくださいねー!
佐藤(N):実行委員会の
永野:お、動いた。よかったー! お待たせしました、いよいよ2年A組の映像作品です。どうぞ!
佐藤(N):これが終われば、舞台裏への移動の時間か。発表が始まる前は、正直、そんなことしか思っていなかった。
あの映像を見るまでは。
(文化祭後、放課後)
永野:佐藤?
佐藤:……。(考え事をしていて気づいていない)
永野:さとーー!(肩を小突く)
佐藤:うわっ、なんだよいきなり。
永野:いきなりじゃねーよ、さっきから呼んでた。どうしたのさ、ぼーっとしちゃって。
佐藤:ぼーっとしてた? 俺。
永野:そりゃもう。なんだよ~最近変だぞ? 文化祭の時も人とぶつかってポップコーンこぼしたりさ。
佐藤:ああ……。
永野:ほら、生返事! ……本当どうしたんだよ。なんかあったんなら、聞くぞ。
佐藤:いや、そういうんじゃない。大丈夫だから。
永野:ならいいけどさ。ちゃきっとしろよ。そういえば、この後暇? 井上たちにカラオケ誘われてんだけど、いかね?
佐藤:……俺はやめとく。
永野:なんだよ~ノリ悪ぃな。打ち上げ第二弾しようぜ~。
松浦:(通りがかりに教室を覗きながら)……打ち上げ?
永野:げっ。
松浦:げっ、とはなんだ永野。打ち上げは禁止って、文化祭の後のホームルームでさんざん言っただろ。
永野:いやぁ~松浦先生、そんなまさか、ハハハ……。
松浦:しかも第二弾だって? もしかしてお前ら、第一弾もしたのか?
永野:だからぁ、違うんですって、ねっ。
松浦:どうなんだ、佐藤。
佐藤:……。(また考え事をしている)
松浦:佐藤?
佐藤:……! はい、なんでしょう。
松浦:なんでしょうじゃないだろ。C組は打ち上げ、やったのか、どうなんだ。
佐藤:さあ……やってないんじゃないですか……?
松浦:なんだよそのはっきりしない返事は。……まあいい、やってないんだな。
永野:はい、神に誓って!
松浦:じゃあ、そういうことにしといてやるよ。……くれぐれも寄り道するなよ。あと2週間でテストなんだから、勉強もしっかりな。
永野:はーい。
(松浦先生、去る)
永野:はー、危なかった……。おい佐藤、やっぱお前ぼーっとしてんな。
佐藤:そうかな……。
永野:そうだよ! ……本当、どうしちゃったのさ。恋の悩み?
佐藤:それは違う。
永野:んだよ、即答かよ。……じゃあ、なんなのさ。
佐藤:……引いたり笑ったりしないなら、話す。
永野:バーカ、そんなことするわけないだろ。
佐藤:……。
永野:で、何。
佐藤:……俺さ。
永野:うん。
佐藤:映画、作ってみたい。
永野:……マジ?
佐藤:マジ。
永野:なんでまた。
佐藤:お前も見ただろ、A組の映像。
永野:ああ、あれな。すごかったよな確かに。本物の映画みたいだった。
佐藤:だろ?
永野:……それで映画作りたくなっちゃったわけ?
佐藤:……悪いかよ。
永野:(小さく笑う)
佐藤:笑うなって言っただろ。(不貞腐れながら)
永野:いや、違うんだって。馬鹿にしてるとかじゃなくてさ。……なんか、嬉しいっつーか。
佐藤:は? 嬉しい?
永野:だってさ、お前ってなんでもできるけど、なんかずっとつまんなそうな顔してたじゃん。部活だって入ってないし、正直、心配っつーか。……えーと、なんか違うな。まあとにかく、そんな感じだったわけ。
佐藤:どんな感じだよ。
永野:うーん、うまく言えないけど……。正直さ、オレ佐藤と1年の頃から一緒にいるけど、お前が何が好きとか、全然わかんなくて。謎だったの。なんつーか、冷めてる感じ? っていうか。ほら、部活とかも入ってないじゃん。で、仲間内で話してるとそれなりに話合わせるけどさ、なんかいつも他人事っぽいなって思ってた。
佐藤:そう見えてた?
永野:うん。
佐藤:永野……。
永野:……何さぁ、怖い顔しちゃって。
佐藤:いや、お前って案外、周りのことちゃんと見てんだなって思って。
永野:何よもう、照れちゃうじゃないのっ。
佐藤:その喋り方、キモいからやめろ。
永野:えっ、唐突に塩対応じゃん。傷つくんですけど。
佐藤:(少しの間の後、小さく笑う)
永野:もー。
佐藤:……お前の言うとおりだよ。確かに俺、何にも夢中になれてなかった。勉強はやれって言われてるからやってるだけだし。運動は、たまたまできるだけだし。正直、部活に一生懸命な奴らとか、眩しいなって思って見てた。羨ましいなって。
永野:そうかい。……で、どうすんの。作るの? 映画。
佐藤:できたらそうしたいけど……。永野、お前さ、A組の映像撮ったやつ誰だか知ってる?
永野:バーカ、オレを誰だと思ってんの? 次期文化祭実行委員長様だぞ。
佐藤:お、職権乱用。
永野:おい、教えねーぞ。
佐藤:ごめん。
永野:許す。
佐藤:ありがとう。
永野:教えてやってもいいけど……条件がある。
佐藤:……なんだよ。
永野:オレも、映画作りの仲間に入れろよな。……できること、あるかわかんねーけど。
佐藤:……! いいのか?
永野:いいから言ってんだろ~。だってぶっちゃけ、超面白そうじゃん。俺もスターウォーズとかハリーポッターとか好きだしさ、一緒にやろうぜ。
佐藤:永野……!
永野:へへっ。……おし、じゃあ、さっそく行くか?
佐藤:いや、もう4時だし、みんな部活行ってるだろ。邪魔すんのは悪い気がする。
永野:じゃあ早くて明日の昼休みだな。オレも一緒に行こうか?
佐藤:助かる。
永野:おっしゃ! ……うわ、井上からLINE来てる。行こうぜ、佐藤。
佐藤:おい、引っ張んなって!
(翌日、昼休み)
理菜:はーーーー。
惟:どしたの、理菜。すっごい長い溜息。
理菜:いや、文化祭終わっちゃったなーと思って。味気ない。文字通り味気ない。お弁当の味がしなーい!
惟:今更。
ひより:でもわかる、なんか寂しいよね。
理菜:クラス発表も終わったし、演劇部の公演も終わったし……。なんか気が抜けた。かと思えば、次のイベントは定期テストじゃん? 萎えるーーー。
ひより:理菜ちゃんの出てた舞台、よかったよ。
理菜:めっちゃ脇役だけどねー。主役級は全部3年がかっさらってったし。……正直、演技はあたしの方がうまいと思うんだけどな。
惟:それは思った。理菜の方が目を引いてたから。
ひより:仕方ないよ、3年生だもん……。
理菜:そーいうのが嫌なんだよー! 時代は実力主義! 年功序列なんてくそくらえだ!!
惟:でも来年は3年生でしょ。
理菜:やだやだ~! あたしは今すぐ演技したいの~!
ひより:落ち着いて、理菜ちゃん。
理菜:だってえ~!
惟:でも、わかるな。文化祭終わっちゃうの、寂しい。
理菜:
惟:そうだったんだ。……でもあれは、主役の理菜のおかげもあると思うな。
理菜:えへへー。
ひより:ビデオカメラ持ってる時の惟ちゃん、すっごいイキイキしてたよね。
惟:そう?
ひより:うん。
理菜:確かに! さすが、写真部もやってるだけあるよね~!
惟:写真と映像は、全然違うけどね。……でも、あれでわかった。私、写真より映像の方が好きなんだなって。
ひより:来年が待ち遠しいね!
惟:ほんとにね。写真部だと映像は撮れないから……。
理菜:お、我らフラストレーション仲間だー! ひよりは?
ひより:わたしは……3年生になるの、ちょっと怖い。
理菜:どしたん? 話きこか?
惟:唐突なクズ男ムーブ。
ひより:(小さく笑い)いやね、文芸部って2年生ひとりだし、来年部長なんだよなって思って……。
惟:ひよりなら大丈夫でしょ。しっかりしてるし。
ひより:そうかなあ……。
理菜:そうだよ! いつもノート見せてくれるじゃん! ひよりの板書、いつもきれいでわかりやすいんだよ~! 助かってる!
惟:そういう問題?
理菜:まあ、あたしは田上ひより先生のファンでもあるし? 文芸部でも信頼と実績はあるでしょ!
ひより:だといいけど……。
永野:亀田さーん。
ひより:あっ、惟ちゃん、呼ばれてるよ。
理菜:あれ、C組の永野じゃない? 美術部の話かな。
惟:永野はもう美術部やめてるよ。
理菜:えっ、そうなの? じゃあもしかして? もしかしてー???
ひより:でも、隣に佐藤くんいるよ。C組の委員長。
理菜:えっじゃあそっち?
惟:……そういうのじゃないと思うけど。
ひより:まあ、とにかく行ってきなよ。待たせるのも悪いし。
理菜:ひゅー! がんばれよ!
(惟を見送る)
理菜:あれ、やっぱり告白かなあ?
ひより:どうだろう。でも、佐藤くん、ちょっと怖い顔してたね。
理菜:緊張してたよね~、あのクールな委員長くんがさ。ってことはやっぱりそうなんじゃん?
ひより:理菜ちゃんってけっこう恋愛脳だよね……。
理菜:日常にロマンスを求めてこその青春でしょうよ~。っていうか、恋愛脳ならひよりも負けてないと思うけど?
ひより:へっ?
理菜:だってさ、ひよりの書く小説って――
永野:丹羽さーん。田上さんも。
理菜:あれっ、呼ばれた?
ひより:手招きしてるよ。
理菜:んー? なんだろ。
ひより:……? とりあえず行こっか。
(教室の外へ)
理菜:どしたのー? 珍しいメンツだけど。
佐藤:それは……。
惟:なんか、映画撮りたいらしいよ。
ひより:映画?
永野:そうそう、こいつさー、亀田さんの映像に一目惚れしちゃって。急に映画作りたいなんて言い出してさー。
佐藤:急にじゃねえよ。映画は前から好きだった。
永野:そうなの? そんなこと一言も言ってなかったじゃん。水臭えなあ。
惟:そこ、いちゃいちゃしない。
佐藤・永野:してねえよ!
惟:(咳払い)……それで、私に声がかかったんだけど、私は脚本も演技もできないから。文芸部のひよりと、演劇部の理菜も一緒でいいならって言った。
理菜:何それ、面白そう!
永野:だろー?(ドヤ顔)
惟:理菜ならそう言うと思ってた。
理菜:ねえねえ、せっかくなら、あたし主役にして!
永野:だってよ、佐藤。
佐藤:……まあ、適任だよな。
理菜:やっふー! 念願の主役だ~!
惟:ひよりは、どう?
ひより:……わたしに脚本なんてできるかな……。小説しか書いたことないし……。
永野:それがさ? 佐藤、けっこう田上さんのファンみたいだよ?
ひより:えっ?
佐藤:いや、文芸部の部誌何度か読ませてもらっただけだけど……。田上さんの小説、面白かったよ。文も読みやすかったし、キャラクターも立ってたし。
ひより:あれ読んでる人いたの!? うそ!? えっ、えっ。
理菜:(笑い交じりに)ひより、慌てすぎ。
ひより:だってぇ……。うー、恥ずかしいよぉ……。
永野:そういうわけで、亀田さんの推薦もあって、田上さんに脚本やってもらおうかって。
ひより:うう……。面白そうだけど、わたし一人だと、正直荷が重いなあ……。
理菜:じゃあみんなでストーリーのアイデア出しあえばよくない? んで、それをまとめて脚本の形にするのがひよりの仕事。
佐藤:確かに、みんなで案を出し合ったほうが、より面白いものになるかもしれないな。
永野:決まりだな! じゃあ早速、今日の放課後、話し合わない? 今日は水曜だから、みんな部活ないだろ?
佐藤:俺は7時から塾だけど……。
理菜:あっ、あたしもそうだった!
永野:つっても、3時間くらい時間あるじゃん! そこで作戦会議しようぜ!
理菜:さんせーい! そうだ、せっかくだから、駅前のマックでやらない? 塾のすぐ隣でしょ?
ひより:そっか、佐藤くんと理菜、同じ塾なんだっけ。
理菜:クラスはぜんぜん違うけどねー。佐藤は選抜クラス、あたしは下から二番目。
ひより:そうなんだ! さすが佐藤くん、頭いいんだな……。
佐藤:いや、たまたまだから……。
惟:……とにかく、放課後、駅前のマックね。
理菜:ポテト食べたーい!
永野:オレ新作のバーガー食べたーい!
惟:はいはい。じゃあ決まり。お昼食べる時間なくなっちゃう。解散。(手を鳴らす)
(放課後、マクドナルドにて)
永野:お、来た来た。おーい!
理菜:お待たせ~。いやー、ホームルーム長引いちゃってさ。C組は松浦先生だっけ、あの人話短くていいよねー。
永野:それな。助かってる。
佐藤:亀田さんも、田上さんもいるね。じゃ、そこ座って。
ひより:なんか、緊張してきた……。こんなのバリバリ校則違反じゃん……。
惟:バレないから大丈夫でしょ。みんなやってるし。
永野:そーそー、大丈夫大丈夫! オレもこの間、佐藤とカラオケ行ったし!
惟:へえ、それはすごい。ていうか、佐藤も歌とか歌うんだ。
永野:それが案外うまいんだよ~。本当、こいつ、何ならできないんだろうな?
佐藤:いいから、始めるぞ。時間は限られてるんだから。
永野:はーい。
佐藤:それじゃあ、映画の内容から考えていこうか。
理菜:その前に質問! いいですか?
佐藤:どうぞ。
理菜:あたしは主演、ひよりは脚本、惟は監督。じゃあ永野と佐藤は?
惟:ほかに必要なのは助監督と、音響、照明あたりかな。
永野:助監督って何やんの?
惟:監督の補佐。具体的には、最初にスタートを切ったり。
永野:お、あのカチンってやつ? はいはい! オレやりたーい!
惟:決まりだね。……佐藤くんは、どうする? 言い出しっぺだし、やっぱりプロデューサーかな。
佐藤:たいそうな肩書だな。
惟:まあ、代表者というか、責任者というか。そういうのには適任じゃない? 委員長だし。
佐藤:まあ……いいよ。あとは現場ではこまごました雑用やるよ。
惟:おっけー。
永野:おし、じゃあ次は脚本だな。田上さん、なんか浮かんだ?
ひより:うーん。映画ってやっぱり難しいよね。小説とは違って、予算とか、場所とか、いろいろと制約があるし……。現実的な線を考えると、学校を使って、青春モノを撮るのが無難かなあとは思ったんだけど。
永野:おっ、いいじゃん。
佐藤:それならロケハンの手間も多少省けるな。
理菜:ロケハン?
佐藤:ロケーション・ハンティング。要は現場の下見。
永野:よく知ってんねー。
佐藤:……話戻すぞ。青春モノって言っても色々あるけど、他になんか浮かんでる?
ひより:そうだなあ……。永野くんも惟も美術部でしょ? あっ、永野くんは元なんだっけ……。
永野:げっ、もうその話広まってんの。
理菜:惟がいるからねー。
ひより:そう、惟ちゃんから聞いた。それでね、美術部の話はどうかなって。
理菜:いいじゃん、面白そう! ……でもあたし、絵なんか描けないよ? 選択科目も音楽選んじゃったし。
ひより:そこは……どうしようかな。
惟:青春モノとして定番なのは、ボーイ・ミーツ・ガール系だけど。男子陣は撮影周りのことやるし、できるとしたらガール・ミーツ・ガールかな。
ひより:なるほど。
佐藤:撮るとしたら夏休みだろうし、夏の話はどうだろう。
ひより:いいね。
佐藤:あと、主人公の女の子は、美術部じゃない方がいいと思う。日々をなんとなく生きてきて、これでいいのかなって思っていた主人公が、美術部のすごい絵に出会うとか。どう?
ひより:すごくいい!
永野:お、佐藤、ノってんねー。
佐藤:まあ、ほぼ実体験だし……。俺の場合は絵じゃなくて映像だったけど。
理菜:へー、佐藤、そんなこと思ってたんだ。意外。ただの秀才くんだと思ってた。
ひより:じゃあ、タイトルには「くらげ」入れたいな。くらげってふわふわ漂うものでしょう? 主人公の比喩としてもいいし、夏っぽいし、いいかなと思うんだけど……。
惟:いいじゃん。じゃあ、主人公が出会う女の子の比喩も入れよう。そうだなあ……。
佐藤:花火。
ひより:花火?
佐藤:華やかで、どかんとインパクトがあって、なおかつ夏っぽい。
一同:……。
佐藤:(不安げに)……どうだろう。
ひより:いい! すごくいいよ!
惟:うん、すごくいい。
理菜:じゃあタイトルは、「くらげと花火」だ。うちら、「くらげと花火製作委員会」だね!
永野:おっ、なんかめっちゃそれっぽい!
ひより:あとあと、花火ってなんか儚いイメージもあるから、美術部の女の子は難病で、っていうのはどう?
理菜:もう、ひより、すぐそうやって悲しい話にしたがるんだからー。
ひより:うっ。
永野:そうなの? ごめんオレ、田上さんの小説読んだことないから……。
理菜:そうだよー。この子の書くの、いっつも悲しい恋愛ものなんだから。部誌に投稿してないやつも、すぐ人を難病とか事故とかで殺しちゃうし、それはそれはもう悲しい結末を迎えるBLで――
ひより:わーっ! わーっ!
惟:しー。大きい声出さない。
ひより:うう……ごめんなさい。
佐藤:……とにかく、脚本のあらすじはこんなところでどうだろう。
ひより:大丈夫だと思う。これでだいぶやりやすくなった。あとは脚本の書き方とか勉強して、とりあえず書いてみるね。みんな、ありがとう。
理菜:そうだ、せっかくだしLINEグループ作ろうよ!あたし全員の分知ってるし、招待するね。
佐藤:ありがとう、丹波さん。
理菜:これをこうして……っと。みんな入れた?
永野:ばっちり!
惟:おっけー。
理菜:うん、大丈夫そうだね。
永野:それじゃあ、「くらげと花火製作委員会」始動、だな。脚本出来上がったらまた教えて!
ひより:うん、がんばるね!
惟:気負いすぎないでね。
理菜:そうそう、なんかあったらこのグループでいつでも相談して!
ひより:ありがとう、助かる。
佐藤:……あ、俺たち、そろそろ行かないと。
理菜:ほんとだ! じゃあみんな、またねー!
ひより:ばいばーい。
永野:がんばれよー!
(翌週、放課後のマックにて)
永野:よし、今日もみんなそろったなー。それでは第2回作戦会議、開始っ。
佐藤:今日は台本の読み合わせだよな。
理菜:ひよりってば頑張ったよねえ。1週間で完成させるなんてさ。
ひより:へへ……。昨日の夜データでも送ったけど、これ、一応、人数分印刷してきたよ。(やや緊張しながら)
佐藤:おお、助かる。ごめん昨日寝てて、確認出来てないんだ。
惟:そりゃ、夜中の2時に送られてきたら、そうなるよね。
ひより:ごめん……。
理菜:こら、しゅんとしないの! あたしは授業中に読ませてもらったけど、マジいい出来だから! 胸を張りなさい!
ひより:もう、ハードル上げないでよぉ……。
惟:ていうか理菜、真面目に授業受けなよ。テスト前だよ。
永野:(咳払い)とりあえず、最初のページからだな。お、登場人物一覧、助かる。どれどれ……主役はとりあえず、「
理菜:もうここがいいよねえ~! 海に月で「みづき」! くらげも確か同じ字でしょ?
佐藤:だな。「花」は花火からとったの?
ひより:うん……。
佐藤:いいと思う。センスいい、さすが文芸部。
ひより:(ややほっとしながら)ありがとう。
惟:それで、最初は海月のモノローグか。ここちょっと長いし、少し削ってもいいかも。せっかく映画なんだし、もっと映像で魅せたい。
ひより:(神妙な顔つきで)わかった。
永野:それで、文化祭の展示で、海月が花の絵を見る……。これ、相当うまい絵用意しなきゃだよな。どうする?
理菜:そこはほら、ここには絵描ける人が2人もいるんだし、なんとかなるでしょ。
惟:私は絵コンテ書かなきゃいけないから、永野、よろしく。
永野:えー! オレ美術部やめたんだけど……。美術室入りづらいじゃん……。
惟:つべこべ言わない。絵なら家でも描けるでしょ。
永野:家で描くの、嫌なんだけどなあ……。(不満げに)
理菜:大丈夫だって! 永野、絵うまいじゃん。
永野:でもさあ……。
佐藤:先進めるぞ。次は……海月が花と距離を詰めていくシーンか。放課後に語る二人。けどある日突然、花が倒れる……。見舞いにいく海月。
惟:ここ、場所「病院」ってなってるけど、保健室の方が撮りやすいんじゃない?
ひより:そっか! じゃあここは保健室だね。確かにその方が許可取りやすいし。
惟:授業中に倒れるシーンは、教室を押さえて……エキストラもいるね。
永野:そこは佐藤とオレがかき集めるよ。案外みんなノッてくる気がする。
惟:だといいけど。
永野:だってこんな面白そうな企画そうそうないぜ? うちの学校って映画部ないしさ。前代未聞じゃね?
佐藤:まあそこは、なんとかなると仮定して……続き。その後。実は花が難病で、余命いくばくもないとわかる。彼女の絵は未完成のまま、死んでしまう。
惟:お葬式のシーンが一番難しそう。
理菜:そこは、体育館借りよう。演劇部の同期とか後輩にも声かけてみるから、それっぽく小道具とか作れば、いい感じになると思う。
佐藤:……茫然自失の海月。周りが泣いている中で、ひとり泣くことができない。――ここ、さすがだな。普通なら号泣させそうなところを、あえて泣けないことで悲しみを表現する。
理菜:まあそのへんは、ひよりのオハコだよね~。
ひより:へへ……なんか、手癖で……。
佐藤:そして最後、美術部に入ることを決意する海月。最初に彼女が描いたのは、死んだ花への献花だった。――これも、いいな。絵で始まって絵で終わるの、すごくきれいな気がする。やっぱ田上さん、物語作るのうまいよ。
ひより:そうかな……。
惟:そこは素直に「ありがとう」って言っときなよ、ひより。
ひより:あ、ありがとう……。
惟:よくできました。
永野:いやほんと、すげーわ。泣き映画決定だろこれ。オレすでに泣いちゃいそうだもん。
理菜:ね。――これで、土台が出来上がったわけだ。あとは惟が絵コンテ描いて、それから撮影?
惟:いや、そんな余裕ないし、同時進行かな。みんな忘れてるかもしれないけど、テストまであと一週間だからね。
永野:うわ、そうじゃん。現実に引き戻されたわー。
佐藤:そういえば、海月役は丹羽さんがやるとして、花役はどうする? 誰かに声かける? 演劇部でできそうな人とか――。
理菜:はいはーい! それに関しては、あたしにいい考えがあります!
永野:おっ。
理菜:ひよりがやればいいと思う!
ひより:ええっ!?
惟:ひより、声大きい。
ひより:ご、ごめん……。でもなんで、わたし? 演技なんかしたことないし、絵も描けないし……。
理菜:えー、だってさー、花って儚げな女の子なわけじゃん? ひより、絶対合うと思って。声も涼やかで、花っぽいなーってずっと思ってた。
ひより:無理だって……!
理菜:それにさ、脚本って書ききっちゃったらもうあとは役者にバトンタッチじゃん。でもうちら中心で映画撮りたいじゃん。せっかくなら、ひよりにも、最後まで参加してもらいたいじゃん。
ひより:でもぉ……。
佐藤:俺も賛成。
ひより:佐藤くん……!
惟:私も。
永野:はーい、じゃあオレも。
ひより:そんなあ……!
永野:……いやノリじゃなくて、本気でそう思ってるよ。田上さんって、花、ぴったりだと思うもん。なんつーか、ビジュアルイメージ的に?
惟:私も、理菜が言わなかったから私から言おうって思ってた。ひよりって色素薄いし、優しい顔してるし、華やかで強い顔の理菜と対照的で画面映えする。
ひより:うう……。
佐藤:どうしても嫌なら、代案考えるけど……田上さん、どうしたい?
理菜:大丈夫だって! 一緒に練習しよ! 誰だって最初は素人なんだから。撮影でもあたしがついてるし、心配いらないって!
ひより:……わかった。頑張る。
理菜:よく言った! えらい!
佐藤:じゃあ、主役2人はこれで決まりだな。
永野:あ、そーいえばさー。佐藤って、映画作って、それでどうしたいわけ?
佐藤:どうしたい、って?
永野:いや、なんか、目的? どこで上映すんのかなーとか。放課後、教室のプロジェクター借りてやる?
佐藤:考えてなかったな……。
永野:おい。
理菜:文化祭の自主企画で出すのはどう? ちょうど1年後だし、撮り終わるのが夏だとして、そっから編集するわけでしょ? その間にもテストとか課題とかあるわけだし、時間的にも余裕をもってできる気がする。
永野:お、いいねー。文化祭実行委員長の権限、使っちゃう?
ひより:いいの? そんなことして……。
永野:不正はしねーよ。でも、ちょっと宣伝くらいならできるかもな。
理菜:おし、決まり~!
永野:いぇーい!(理菜と永野、ハイタッチ)
惟:……映画甲子園。
佐藤:ん?
惟:映画甲子園にも、出したい。
永野:何々、映画に甲子園なんてあんの?
惟:要は高校生の映画コンクールなんだけど。尺的にもちょうどよさそうだし、せっかくなら自分の実力がどこまで通用するのか試してみたい。
永野:ひゅー! あちー! いいねえ。
惟:いい? 佐藤。
佐藤:え? ああ、うん。
永野:なんだよ、その気の抜けた返事。
佐藤:いや、そんな選択肢があるなんて思いもしなかったなって……。
(テスト後)
理菜:はー、やっとテスト終わったー! あらゆる意味で終わった……。
ひより:さっきの数学はわたしも自信ないかも……。大問5、全然わかんなかった……。
惟:あれ、大学の入試問題だよね。右下に小さく「東北大」って書いてあった。
理菜:げっ、マジ? 松浦先生きつ~! 鬼畜!
惟:あれに関してはほとんどの人が解けてないだろうし、大丈夫じゃない? ……理菜はそれ以前の問題だと思うけど。
理菜:ひどっ。……まあ、否定はできないけどさー。昨日の夜はほとんど日本史やってたから、数学ノータッチだし……。
惟:普段から課題やってないからだよ。
理菜:ぐっ。
ひより:まあまあまあ……。
理菜:ああ、神様仏様……どうか赤点は回避できますように……。
永野:丹羽さーん! 亀田さんと、田上さんも!
ひより:あ、永野くんだ。
理菜:お、佐藤もいるな~。おっしゃー! 映画だー!
惟:切り替え早。
(教室の外に出る)
理菜:何々、また作戦会議? まだ話すことあったっけ?
佐藤:色々確認したくて。演劇部ってスポットライトあったっけ?
理菜:うん、公演で使ってるのがあるよ~。
佐藤:なら、夏休みの間、それを撮影用に借りれないかなって思って。機材をイチからそろえられる余裕はないし。演劇部の顧問って、誰だっけ?
理菜:……松浦。(苦々しげに)
永野:そういや今日の数学キツかったよな~! マジで最後の問題無理だった! なんだよ入試問題って! 鬼か!
佐藤:あれは三角関数と三角形の性質使えばできるし、そんなに難しい問題じゃないだろ。バッチリ今回の範囲内だし。基本的なことができて、やり方を思いつけば誰でも解けるよ。
理菜:うわ、イヤミっすか。
惟:佐藤ってやっぱすごいんだな。
永野:(声をひそめながら)ここだけの話、国立の推薦狙ってるらしいっすよ。
理菜:わ~お。
佐藤:(咳払い)とにかく、松浦先生に交渉して、機材借りれないか聞きに行きたいんだけど、一緒に職員室行ってもらえない?
理菜:えー、数学爆死したから行きづらいんですけど……。
佐藤:演劇部の丹波さんがいないと始まらないでしょ。
理菜:ぶー。
ひより:……松浦先生、機材貸してくれるかな。
理菜:そこはまあ、大丈夫だと思うけど。……ああ見えて意外と融通きくし。
惟:じゃ、行こ。もたもたしてても仕方ない。
(職員室)
佐藤:(ドアをノックする)失礼します。2年C組の佐藤幸太郎です。松浦先生はいらっしゃいますか?
松浦:お、佐藤じゃないか。なんだ、ぞろぞろ引き連れて。
佐藤:(やや緊張しながら)僕たち、実は映画を撮ろうと思っていまして。
松浦:映画?(怪訝そうに)
佐藤:はい。文化祭で上映したり、映画甲子園に出したりしたくて……それで、夏休みの部活がない日に、演劇部の機材をお借りできないかと。
松浦:それは別に構わないけど……。(少し考えこむ)……映画を撮るって、お前ら、誰か責任者はいるのか?
佐藤:それは、僕が。
松浦:違う、違う。大人の話だよ。
佐藤:え?
松浦:何せ前例がないことだし、生徒だけでやるのはさすがに厳しい。……確認するけど、同好会や部を作ろうってわけじゃないんだよな?
佐藤:は、はい……。
松浦:だとしても、公式に動くためには、監督してくれる大人が要るだろ。何かあった時の責任、お前だけでちゃんと取れるのか? その辺、ちゃんと考えてるか?
佐藤:……考えてませんでした。
(沈黙)
永野:あ、あのぉ。
松浦:ん、どうした、永野。
永野:せんせーに責任者をやっていただくことって、できないんすかねえ?
松浦:俺に?
永野:だって、演劇部の顧問じゃないすか! 映画とかもたぶん好きでしょ、先生。
松浦:まあ、そりゃ見ないことはないが、だからって……。
惟:お願いします、先生。私たち、本気で映画を作りたいんです。
理菜:お願いします!
ひより:お願いします。
佐藤:……引き受けていただけないでしょうか。忙しいとは思うので、名前を借りるだけでも。
松浦:(しばらく考えた後)条件がある。
佐藤:……なんでしょう?
松浦:映画を理由に成績を落とさないこと。勉強をサボらないこと。佐藤、お前は推薦受けたいんだろ? 夏休み、油断できないからな。
佐藤:(真剣に)はい。
松浦:あと、丹羽!
理菜:ひゃいっ!
松浦:一番心配なのはお前だからな。提出物も出さない、授業に集中しない、テストも真っ白……。
理菜:それは、その……これから、がんばります!
松浦:言ったな? 一度でも課題の提出をしなかったら、その時点で俺は降りる。いいな。
理菜:はいっ!(声が裏返る)
松浦:以上。俺の名前を借りるなら好きにすればいい。できることがあったら協力もする。
佐藤:(ぱあっと顔を輝かせ)ありがとうございます!
永野・理菜・ひより・惟:ありがとうございます!
佐藤:お忙しい中ありがとうございました。では、失礼します。
(立ち去ろうとする)
松浦:佐藤!
佐藤:(振り返り)はい?
松浦:……がんばれよ。楽しみにしてる。
佐藤:……! はい!
佐藤:失礼しました。
(しばらくの間)
ひより:ふー、緊張したあ……。
理菜:ね、言ったでしょ? 大丈夫だって。
惟:あんた釘刺されてたじゃん。
理菜:それは、まあ……。あはは……。
惟:理菜のせいで企画がおじゃんになったら、洒落にならないからね。
永野:そうだぞー、がんばれよー。
理菜:そこはまあ、助け合いってことで……佐藤サマ、勉強教えてくださいませんか。
佐藤:まあ、いいけど……。
理菜:おっしゃ! これで百人力~!
ひより:佐藤くんも推薦がかかってるんだから、邪魔しちゃだめだよ。
佐藤:別にいいよ。教えるのも勉強になるし。
理菜:いや、マジで頭あがらねえっす……。よろしくお願いします、先生。
永野:こりゃ、撮影後は勉強会確定だな~。
(夏休み)
佐藤:いよいよクランクインか……。
永野:緊張するねえ~。
佐藤:そう言ってるわりに、お前は余裕そうだな。
永野:だって楽しみだったもん! ほら見ろよこれ、今日のために用意してきたやつ!
理菜:お、カチンコだ~! 張り切ってるねえ。
永野:そそ。親に頭下げて、アマゾンでポチってもらった。助監督ってこれをカメラの前でカンってするだろ? あれやりたくてさ~!
惟:無駄に本格的。
永野:やっぱ入るなら形からっしょ~。いや、わくわくするな~!
佐藤:緊張してるのは俺だけか……。
惟:いや、あそこに一人、真っ青な顔でセリフ唱えてる子がいるよ。
ひより:「海月ちゃんだよね? 隣のクラスの。絵、見に来てくれたんだ。そう? ありがと。きれいな名前だなって思ったから覚えてたんだ。私、くらげ好きだし。海月って、海に月だから、くらげとも読めるでしょ」(小声・早口・棒読みでぶつぶつ呟く)
永野:ははっ、なんだあれ、念仏みてえ。
理菜:ひーよりっ!(抱きつきに行く)
ひより:ひゃあっ!
理菜:も~、アガりすぎだって。一緒にいっぱい練習したじゃん! 大丈夫だよ!
ひより:もうっ、今のでセリフ全部とんだ~!(泣きそうになりながら)
理菜:ははっ、大丈夫だよ、手元に台本もあるし、映画って何回でもやり直しきくし!
惟:時間の制約はあるけどね。夏休みに撮りきるってけっこう無茶なスケジュールだよ。
理菜:こら、惟! 余計なこと言わない!
永野:おーし、時間ねーしそろそろ始めんぞー。
惟:海月が絵を見るシーンは映像だけで大丈夫だから、最初に撮るのは2人が会うシーンかな。
理菜:ほら、ひより、やるよ。
ひより:うう……大丈夫かなあ……。
佐藤:亀田さん、準備は?
惟:カメラのセットはオッケー。佐藤、マイクの位置もう少し上げれる?
佐藤:こう?
惟:うん。あと、ライト少し壁際に寄せて。
佐藤:こんな感じ?
惟:おっけー。理菜、もう少し右に寄れる? そうそう。じゃあひよりは、カメラ回しはじめたら、入り口の方から歩いてきて。
ひより:はいっ。
永野:みんな準備できたー? じゃあ始めんぞ。シーン
(カンッ!)
ひより(花):海月ちゃん、だよね? 隣のクラスの。
理菜(海月):え……?
ひより(花):絵、見に来てくれたんだ。
理菜(海月):見に来たっていうか、たまたま……。すごいね、これ。きれい……。
ひより(花):そう? ありがと。
理菜(海月):ていうか、私のこと知ってたんだ。
ひより(花):きれいな名前だなって思ったから覚えてたんだ。私、くらげ好きだし。海月って、海に月だから、くらげとも読めるでしょ。
惟:カット!
(カンカンッ)
ひより:はーーー。
理菜:おつかれー。いい感じじゃない?
惟:待って、今映像確認する。
永野:いや、丹羽さん、やっぱすげーな。
理菜:えへへー、まあね。ひよりもよかったよー!
佐藤:うん。ちゃんと「花」だった。
ひより:ならよかった……。
惟:確認終わった。いいね。次いこう。
永野:シーン8、テイク1、3、2、1、(カンッ)
永野:シーン13、テイク4、3、2、1、(カンッ)
永野:シーン24、テイク2、3、2、1、(カンッ)
永野:シーン36、テイク3、3、2、1、(カンッ)
(最終日)
永野:お、今日も早いな~佐藤。単語帳なんか見ちゃって~。必死かお前~。
佐藤:必死だよ。夏休み明けのテスト、しくったら終わりだ。
理菜:おはよー。お、勉強中? 偉いねえ。
永野:丹羽さんはずいぶん余裕そうっすねえ。
理菜:えへへ、佐藤大先生のおかげっすよ。塾のクラスもいっこ上がったし。おかげさまで課題も終わったし。あたし、夏休みの間に数学の偏差値10上がったかんね!
永野:へー! すげーじゃん。
理菜:ほんともう、佐藤には足向けて寝らんないわー。マジありがとう。感謝。
佐藤:いいって。俺も勉強になったし。
永野:お、田上さんと亀田さんも来た。おはよー!
ひより:おはよう!
惟:おはよー。
永野:よし、みんなそろったことだし、やるか。最終日。
佐藤:今日で全員クランクアップか……。なんか、あっという間だったな……。
理菜:今日は最後の、海月が出来上がった絵を見て泣くシーンだけだもんね? いやー、夏休み終わるまでにギリギリ間に合ってよかったー!
ひより:今日は天気もいいし、本当よかったよね。
永野:外で撮る予定の日に土砂降りになった時は最悪だったよなー。
理菜:あれね! 今となっては笑い話だけど、ほんと焦った!
惟:喋ってないで準備して。理菜、画角入って。
理菜:はーい。
佐藤:照明とマイク、これで大丈夫?
惟:うん、オッケー。
永野:んじゃ、行きますか。最後のシーン。
(少し沈黙)
永野:シーン45、テイク1、3、2、1、(カンッ)
理菜(海月):花……。(呟いたあと、声を上げて泣き出す)
惟:カット!
(カンカンッ)
惟:確認します。
(一同、固唾を飲んで見守る)
惟:うん、オッケー。
理菜:っしゃー! 終わったー!
ひより:理菜ちゃん、お疲れ~!
理菜:ひよりー! ありがとー!
佐藤:丹羽さん、本当お疲れ様。クランクアップおめでとう。
理菜:へへっ。これでオールアップだねえ。
永野:うひー、終わった終わった。
惟:私はまだ終わってないけどね。
佐藤:そっか、亀田さん、これから編集か。……ごめん、なんか、全部押し付ける形になっちゃって。
惟:大丈夫。編集、好きだから。むしろ楽しみだよ。
佐藤:ならいいけど……。
永野:打ち上げ行く?
ひより:……それは映画が出来上がってからじゃない? ……いや、文化祭が終わってから? あ、でも、映画甲子園もあるのか……。
永野:打ち上げなんて何回やってもよくない? 全部やろうぜ。
佐藤:それは暴論だろ。
惟:でもまあ、お疲れ様会くらいはやっていいんじゃない?
理菜:お、惟が乗り気だ。珍しー。スタバ行こスタバ! 新作のフラペチーノ飲みたい!
永野:えー、オレ、ラーメンがいいんだけど。
理菜:えー、やだ、あついじゃん。
惟:めんどくさいしファミレスでいいんじゃない?
松浦:なんか聞こえたけど、空耳か?
永野:げっ。
松浦:なんだよ、その顔。
永野:なんで今更くるんスか先生~。ほとんど顔出さなかったくせに。
松浦:最終日だって佐藤から聞いたからな。少しは労ってやろうかと思ったんだよ。
永野:あらやだ、優しい。
惟:てかなんで佐藤から聞いてたんですか?
佐藤:ああ、今朝、進路の相談に乗ってもらったから。
惟:なるほど。
松浦:……そうだ、丹羽、課題はやったか?
理菜:ええ! そりゃあもう!
松浦:丸写しじゃないだろうな?
理菜:んなわけないじゃないですか~! 企画倒れしないよう、あたし必死だったんですから! 毎日、撮影終わった後みんなで課題やったんですよ! ね?
永野:そうそう! 佐藤がほぼつきっきりで教えてましたけどね!
理菜:余計なこと言うなっ! でも、おかげで私、数学の偏差値が10も上がっちゃって!
松浦:ほほう……。そりゃ、夏休み明けのテストが楽しみだな?
理菜:うっ……また入試問題とか出さないでくださいよ……。
松浦:それはどうかなあ?
理菜:ひー! 悪魔!
松浦:なんか言ったか。
理菜:いいえ! なーんにも!
松浦:そうか。ならよかった。……そうだ、くれぐれも制服でファミレスは行くなよ。
永野:やっぱ聞こえてたのかよ……。
松浦:大声で喋ってるのが悪い。やるならせめてバレないようにやれ。マックでお前らのことを見つけたのが俺でよかったな?
永野:うわっ、バレてる!
理菜:せんせー、前から思ってたけど、うちの学校ってなんでこんな校則厳しいんですか? スカートの長さもセンチ単位で決められるし、制服で買い食いだめとか、校内でスマホ禁止とか、さすがにキツすぎません?
松浦:上の方針だよ。仕方ない。
佐藤:……先生方の中には、僕たちが映画を撮ることに対していい顔をしない人たちもいたって聞きました。松浦先生がそれを説得してくれてたってことも。
ひより:えっ、そうなんですか?
松浦:……まあな。若人の青春を潰したくはないだろ。大人として。――「映画を撮ってはいけない」なんて校則はないしな。
永野:せんせ~!!
佐藤:本当にありがとうございます。
松浦:佐藤。
佐藤:はい。
松浦:楽しんだか。
佐藤:はい。
松浦:ならよし。……文化祭で見れるの、楽しみにしてるぞ。
佐藤:はい! ありがとうございました。
(映画甲子園、授賞式当日)※映画甲子園は、結果発表と授賞式を同時にやります。
惟:お、永野だ。あんた、背高いから目立って良いよね。
永野:だろ? おはよー。
惟:おはよう。みんなまだ?
永野:まだ。うひー、寒ぃー。早く来ないかな。……なんかさあ、いよいよ結果発表かあって思うとさ、緊張するよな。
惟:まあね。授賞式当日になるまで結果がわからないの、すごいドキドキする。
永野:やっぱお前も緊張とかするんだ。
惟:するよ。人間だし。
永野:だよなあ。
惟:まあでも、いいところまでは行くんじゃない?
永野:「私が撮ったんだし」ってか? 文化祭も大盛況だったしなあ。
惟:いや、永野が絵を描いたから。
永野:……。
惟:ねえ、永野。
永野:なんだよ。
惟:なんであんた、美術部やめちゃったの。
永野:聞いちゃう?
惟:うん。
永野:別にたいした理由じゃねーよ。美大行けって言われ続けるのに疲れたから。
惟:そりゃ、言いたくもなるでしょ。あんな絵を描くんだから。
永野:絵は好きで描いてただけ。でもみんな、なぜか「好きならプロになるでしょ?」みたいな前提で話すんだよな。
惟:私は、プロになりたいけどね。
永野:映画監督?
惟:うん。
永野:すげーな、お前。
惟:別に。好きだからね。
永野:なんだよそれ、眩しー。
惟:……あ、LINE来た。「今どこ?」だって。
永野:ほんとだ。「亀田さんと永野以外、みんないるよ」って……オレたちもしかして集合場所間違えてる?
惟:みたいだね。ここ北口だっけ。とりあえず南口の方行こうか。
永野:うへえ、だるー。この駅、南北に長いからなあ。
惟:……永野。
永野:ん?
惟:絵、続けてよ。別にプロにならなくてもいいから。
永野:……おう。
(合流する)
理菜:おそーい!
永野:ごめんごめん、北口の方行っちゃってた!
佐藤:みんなそろったな。……会場、行くか。
惟:ひより、大丈夫? 顔色悪いけど。
ひより:昨日あんまり寝られなかった……。もう手が震えてる……。
理菜:大丈夫だって! 学年最強のメンツをかき集めた最強の映画なんだから! そんじょそこらの映画部なんかには負けないって!
永野:こらこら、他校の生徒に聞こえたらどーすんだよ。喧嘩売ってると思われるぞー。
佐藤:それに、そこまで大口叩いてさんざんだったら笑えない。
理菜:……だよねー。いやあ、あたしも柄にもなく緊張してんのかも。カメラの前にいるときより心臓がやばい。……うわ、自覚したら余計に緊張してきた。どうしよー。
惟:落ち着きなよ。いくら緊張したところで結果はもう決まってるじゃん。
理菜:惟はなんでそう割り切れるのかなあ?
惟:さあ。
理菜:「さあ」ってあんた……。
佐藤:あ、会場、あれか。
ひより:佐藤くんもなんだかんだ落ち着いてるよね……。
佐藤:いや、俺は今これを上回る緊張があるから。逆に無敵。
ひより:あ、そっか。推薦入試の合格発表、明後日だっけ。受かってるといいね。
佐藤:ありがとう。あ、座席表出てるな。うちの学校は……後ろの方の席だ。
佐藤(N):全員が席について間もなく、照明が落ちた。暗闇に沈む会場の中で、静かに高揚感が渦巻いている。俺はその中で、目が痛いほど画面に釘付けになっている。
アナウンス:まずは、入選作の発表です。
佐藤(N):まだか。まだか。他校の作品名が呼ばれるたびに、胸が焦げつきそうなほどじれったい。
アナウンス:続いて――「くらげと花火」。
永野:っしゃ!(小さめの声で)
ひより:わあ……!(小さめの声で)
理菜:よしよし……。(小さめの声で)
惟:……。
佐藤(N):永野は小さくガッツポーズをし、田上さんはぱっと顔を明るくし、丹羽さんはにやりと笑い、亀田さんは無表情で画面を見続けていた。
永野:なんだ佐藤、余裕そうだなあ。(囁き声で)
佐藤:正直、入選は間違いないと思ってた。他校の作品も見たけど、うちはクオリティ高い方だったから。(囁き声で)
永野:だよな、正直オレもそう思ってた。(囁き声で)
アナウンス:では続いて、各部門、優秀賞と最優秀賞の発表に移ります。名前を呼ばれた学校の代表者は、ステージまで登壇してください。
佐藤(N):いよいよ――始まる。俺はごくりと固唾をのむ。手を祈りの形にしながら。
(授賞式後)
ひより:(声をあげて大泣き)
理菜:もー、ひより、そんな泣かないでよー……。こっちまで泣きそうじゃん。
ひより:だって、悔しくて……! 脚本賞、絶対とれると思ってたのに……! みんなで一生懸命考えたし、わたし、たくさん勉強もして……!
理菜:よしよし。悔しいよね。頑張ったもんね。わかるよ、私も主演女優賞ほしかった!
ひより:うえーん!
理菜:あー、悔しい! 悔しいよお! 何が悔しいってさ、今ならもっと上手くできそうなのが余計悔しい!(涙声で)
佐藤:……。
永野:……女子が泣いてんのって、なんか困るよな……。
佐藤:うん……。
惟:永野が言うとイヤミだよね。優秀美術賞。
永野:最優秀撮影賞とっといて何言ってんだおめー。
松浦:お疲れ。
ひより:松浦先生……!
松浦:田上、そろそろ泣き止めよ。みんなで作った映画で、入選合わせて3つも賞状もらったんだ。入選までできたのは田上の脚本がよかったからだろ? 台本って、文字通りの「台」なんだよ。台本がしっかりしていないと、作品はいいものになりようがない。自信持て。
ひより:ぐすっ……はい!
松浦:丹羽も。よく頑張ったな。約束通り、成績を落とさないどころかむしろ上げながら、あれだけの演技ができたんだ。うちの演劇部のエースは間違いなくお前だよ。
理菜:もう、先生、泣かせないでよお……。(余計に泣きながら)
松浦:永野、亀田、おめでとう。佐藤も、今までよくみんなをまとめてきたな。お前なら明後日の合格発表も心配いらないよ。
佐藤:ありがとうございます。
永野:先生、急にどうしちゃったの。怖いよ。
松浦:永野、お前は受験まだなんだから、今日が終わったらちゃんと受験生に戻って、気を引き締めること。亀田も。いいな。
惟:はーい。
永野:今のでなんか逆にほっとしたわ……。……てか先生、結果発表見にわざわざ来てくれてたんすか?
松浦:お前らの雄姿を見届けたくなったんだよ。悪いか。
永野:もー、ツンデレなんだから。
松浦:そういえばお前ら、打ち上げはするのか?
永野:え!? いやいや、そんなまさか、ハハハ……。
松浦:そうか、残念だな、せっかくなら俺から金一封をやって、「これで旨いものでも食って帰れ」って言うところだったのに。
永野:めっちゃ行きます! 高い寿司とか焼肉とか!
松浦:馬鹿言え、高校生なんかファミレスで十分だ。……ほら。
永野:うお! いちまんえん!!
惟:ひとり2000円か。まあまあ贅沢できるね。
佐藤:先生、いいんですか……?
松浦:生憎、もう内申書は書き終わってる。……いいかお前ら、ハメを外すのは今日までにしとけよ。かといって、馬鹿なことやってネットに晒しあげられるんじゃないぞ。最悪入学取り消しだからな。
永野:はーい。
理菜:先生、やっぱ一緒に来ましょうよ~。
松浦:ばーか、俺にもプライベートってもんがあんの。休日返上でここまで来たんだよ。これ以上お前らに付き合ってられるか。じゃあな。帰り道気をつけろよ。
理菜:はーい!
佐藤:先生、ありがとうございました!
松浦:おう。
(松浦、去る)
永野:……まったく、あの人もたいがい素直じゃないねえ。今日もたぶん心配して来たんだろ?
惟:でもって、私たちだけで打ち上げが楽しめるように、憎まれ口をたたいて先に帰ったと。
永野:あ、そういうこと?
惟:気づいてなかったの? 永野ってほんと馬鹿だよね。
永野:んだとこら。
佐藤:おいそこ、イチャイチャすんな。
永野:してねえよ!
惟:……。
理菜:ねね、帰りどこ寄る?
ひより:わたし、カラオケ行きたい……!
理菜:あ、そうじゃん! 佐藤の歌、聞かせてよ~! 上手いんでしょ?
佐藤:えー……。まあいいけど。
永野:じゃ、決まりだな! レッツゴー!
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