第3話:第一の戦士、”伊400”

 霧深き夜。

 伊400は海上を航行しながら高天原要塞の外周を慎重に進んでいた。

 外壁に取り付けられた無数の探照灯が、霧を切り裂くように光を放っている。

 水面には要塞を警護する防御艦の姿がぼんやりと映っている。


 司令塔甲板に立つ『日下敏夫』は、鋭い視線を艦橋の前方に向けていた。

 その隣に立つのは、新任先任将校の『富下貝蔵』。

 別世界では海上自衛隊の潜水艦艦長であった。

 若いが、その表情には並ならぬ緊張感と責任感が滲んでいる。


「……艦長」

 富下が静かに口を開く。


「どうした?」

「この作戦……本当に成功するのでしょうか?」

 日下は視線を前方に向けたまま、冷静に答える。


「成功させる」

「ですが……既に日本は分断統治されてから数年は経っています。相当、難しいかと?」


「それでも、やるしかない」

 日下は無言のまま、手すりを握りしめる。


「先ずは拘束拘禁されている裕仁陛下を救出するのが先決だ! そして皇族方をも救出するのがこの作戦の第一前提だ。そうしなければ、この分断された日本を取り戻すことはできない。皇族の方々がいなくなった時こそ、日本の終わりなのだよ」


「……はい」

 富下は目を伏せたが、再び視線を上げる。


「ですが……私はまだ、この伝説の英雄艦伊400の先任将校としての責務を十分に果たせているとは……。前任の橋本先任将校と比べるとまだまだ私は……」


「富下先任将校!」

 日下がその名を呼ぶ。


「はい!」

 日下はゆっくりと富下に向き直った。


「お前はまだ若い、経験も浅いだろう! しかし……俺はお前を副長としてこの艦に迎え入れたがそれには理由がある」


 富下は戸惑いの表情を浮かべる。


「俺が必要としているのは、ただ命令に従うだけの副長ではない! 状況が変わったとき、自ら判断し、最良の手を打てる人間だ」


 日下の瞳が鋭く光る。


「……君はこの伊400に乗る前は海上自衛隊の潜水艦艦長で優れた指揮と部下たちに慕われていたのだったのでは? そういう人間にしか、この艦に乗せることはできない」


 富下の胸が激しく鼓動する。

 日下艦長の言葉には、確かな信頼が込められていた。


「富下、怖いか?」

「……正直に言えば、怖いです」

「なら、それでいい」

「え……?」

「恐怖を知っている者ほど、正しい判断ができる。恐怖を感じない奴に、部下を率いる資格はない」


 日下は富下の肩に手を置いた。

「だが、恐怖に支配されるな! 恐怖を超えるために、この艦の先任将校として……俺を支えろ」


 富下はしばし沈黙した後、深く頷いた。

「……艦長の期待に、必ず応えてみせます」

「よし」


 日下はあまり見せない笑みを浮かべ、再び前方を見据えた。

「伊400、まもなく高天原要塞に進入する」


「橋本君が去ってから20年ぶりというとこかな? 富下先任将校は初めてだろう。きっと吃驚する」


「機関出力ダウン! 艦首を前方、探照灯をかいくぐって進め!」

「了解!」


 艦内に緊迫した空気が張り詰めるが久々の要塞入港の為、乗員達の表情も明るく期待していた。


 海上を切り裂きながら、伊400がゆっくりと進む。

「あの要塞で俺達とともに戦う戦士と合流する!」


 日下の目の奥、その先には……分断された日本を取り戻すための戦い……そして、歴史を取り戻すための決戦が待っている。

 富下は振り返った。

「……艦長」

「なんだ?」

「必ず勝ちましょう」


 日下は微かに笑い、短く頷いた。

「……当然だ!」


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