特別編 第3話 ドイツのクリスマス

 俺はこの街のクリスマスマーケットを沙也加さまに連れられて歩く。


「あれはモミの木。日本ではプラスチックなんかで作ったクリスマスツリーが多いと思うけど、ドイツでは多くが自然のモミの木を飾るのよ。各家庭のクリスマス需要に耐えられるだけの供給が毎年用意されているわね。しかもそんなに高くはないの」


「ほう」


「あれはアドベントリース。アドベントカレンダーは聞いたことあるでしょ。クリスマスまでのカウントダウンをするカレンダーね。毎日1つずつ日付が書かれた窓を開けるとチョコレートやお菓子が出てくるの、見たことあるかしら?」


「いや。名前は聞いたことあるけど。なんだか楽しそうだね」


「私も昔を思い出してロイズのを通販で取り寄せたわ」


 ロイズって、外国っぽいけどたしか北海道の会社だった気が、父さんが何故かお土産で持って帰ってきたことがあったな。


「アドベントリースはあそこに見えるようにリースの上にふつうは4本のキャンドルを乗せたもの。毎週日曜日に一本ずつ灯していくのよ。アドベントカレンダーが一日単位で、アドベントリースが週単位。それでゆっくりクリスマスがやってくるのを楽しみに待つの」


「へえ、面白いね」


 純粋にこれは勉強になるな。来年はウチでもやってみようか。母さんあたりはすぐに食いつきそうだ。さらに沙也加さまのドイツのクリスマスに関する説明が、実際にお店に並んでいるものを使って進行していく。


「あ、あのさ。もしかして、俺をこのクリスマスマーケットに誘ってくれるために外で待ってくれてたとか? い、いや、まあ、そんなことはないよね……、ごめん、ごめん。いまのは忘れて」


 何を俺は言ってるんだ、沙也加さまがクリスマス・イブに俺なんかの相手をするわけがないだろうに。ああ、これは慣れない労働、いや勤労による後遺症によるものか。


「むぅ」


 ん? なんだ? 沙也加さまの顔が急に不機嫌になった。何か失言でもしたか?


「そうそう、思い出したわ。私と一緒にいた男の人、あれは私の叔父さんだから! 駅前で獣医さんをしているわ。私がひとりだと心細いだろうからついてくるって言ってきかなかったのよ。もう、子どもじゃないのに。本当に腹が立つ。ひとりで大丈夫だって言ったのに!」


 今度は怒り出した。いやいや、ケーキ屋さんでは特にそんな雰囲気は感じられなかったと思うのだけど。うん。お嬢様というのは、ひとりでお使いに出るのも大変らしい。これは上流階級あるあるなのだろうか? まあ、たしかに身代金目当てに悪いやつが誘拐するかもしれないか。おおっ、もしかして俺って、この場合ボディガード的な立ち位置なのか? ボディガード、いい響きだぜ。


「そうなんだ、てっきり大学生の彼氏かなんかだと思ったよ。叔父さん、若くみえるんだね」


「な、何を言ってるのかしら? か、彼氏なんていないんだから! ご、誤解しないで、ほ、欲しいわね、森はじめくん!」


 ちょっと大きな声でびっくりした。前を歩いていた家族連れの男の子が振り返って俺を見た。いや、俺じゃなくて彼女のほうを見なさい。


「ああ、変なこと言ってごめん。叔父さんだね。でも、あんなイケメンの獣医さんが叔父さんなんていいよね。友だちとかに自慢できるじゃん」


「別にあんなのイケメンじゃないし、私は、はじめくんのほうが……」


 最後のほうは、ゴニョゴニョと小さな声でよく聴き取れなかった。沙也加さまくらいの美形になると、顔面偏差値というか基準も俺なんかの考えるそれとは大きく違うらしい。それはそれで大変そうな気もする。


「なんにせよ、ちゃんと誤解が解けて、本当に良かったわ」


 彼女は胸に手を当てて、心からホッとしたようにそう言った。


「もしかして、俺が勘解由大路さんに年上の彼氏がいるとか、言いふらすって思ったの? それはちょっとショックかも……」


「ち、違うから! そんなんじゃないし。はじめくんがそんなことをする人だなんて、私、絶対に思わないんだから!」


「お、おう……」


 顔が近い。目の前に沙也加さまのお顔が、ああ、心臓の鼓動が激しい。こんな間近で沙也加さまのお顔を拝顔できるなんて、これは夢? なのか?


「あっ」


 沙也加さまも同じことを思ったようで、すっと俺の隣、やや後ろに引いた。 

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