019 牛頭
あれは、そうだよな。ああ、そうに違いない。
「何をこんな状況でニヤついているのかしら?」
「はっ!? どうしてお前がいるんだよ!」
「それは私のほうが聞きたいのだけど……。まあ、キミトに自分の命を託すよりも、自分で何とかしてやるわ!」
俺だけが幽世だったか、あの世みたいな場所に移るはずだったのだが、なぜ沙也加も一緒に飛ばされた?
「後学のために初キッスの感想を聞きたかったけど……。それよりも今は生き残ることが優先ね。私だってきっと……」
何かゴニョゴニョ言っているようだが、まあいい。それにしても池はどこに行った? 見渡す限り草木の生えていない赤褐色の大地が広がっている。空に太陽が確認できないが夕焼けのような色をしている。
「俺達ってその幽霊みたいな状態なんだよな?」
「たぶん……、小夜ちゃんが言う通りならだけど」
俺はスッと手を伸ばした。
「えっ? きゃっ! ちょっとキミト、どこ触ってんのよ!」
うん、柔らかい。俺のいとこは、ちゃんと成長していたようだ。
「ああ、ごめん。沙也加の身体を俺の手が通過してしまうのではないかと思ってだな……。ぐへっ!」
「いまのは絶対に違うわ! 意図的に揉んだし、もう、サイテー!」
高速で放たれた強烈なビンタを俺は、やはり回避することはできなかった。叔母さんから習っているというジークンドーは本物のようだった。だが、揉んだというのは正確ではない。ただ押してみただけである。その弾力は俺を変な気分にさせることは、やはりなかった。俺達の身体は霊だとかそういう感じでもなく、服もさっきまでと同じだ。この無機物の繊維に魂が宿っているとは比喩的な意味を除いてあり得ないとは思うし。この俺が腰をついてしまっている地面もリアルなそれである。あの視界、視点が変化したときの浮遊感みたいなものは一切感じないし、どういうことなのだろうか。ふと、平行世界、多元宇宙、マルチバース、シミュレーション仮説といったよくは知らないが、雰囲気だけはそれっぽいワードが頭に浮かぶが、沙也加の長々とした説明を聞いている場合でもないので、言葉にはせず俺は頬をさすりながら立ち上がった。
「ん? キミト、何か聴こえない?」
「ん? ああ、何だろう……」
耳をよく澄ますと、何かを叩くような乾いた音が遠くから聴こえていた。だが、遮るもののない大地はずっと遠くまで広がり、どこにも人らしき姿は見えない。
とにかく俺達はその音のする方へと進む。
「何かあるわ」
どれほど歩いたろう、沙也加の言うように先の方に白いものが見える。岩なのか人工物なのか、危険なものには感じられなかったのでその近くまで走る。さっきまで聴こえていた音はいつの間にか聴こえなくなっていた。
「住居かしら? でもうっすら光ってない?」
見た感じ、北極に近いところで作られる、『エスキモーの家』と呼ばれるイヌイットの住居イグルーに似ているが、雪や氷でできてるわけでは無さそうだ。
「げっ……!? これって
「ひっ……」
触れようとしていた沙也加が手を引っ込める。白いブロック状のレンガのようなものは、人骨らしきものを集めて凝縮し切り出して作られているように思えた。それが淡く発光している。誰がこんなものを? 外の入口から中には誰もいないことが確認できた。
俺は中に入ってみることにする。
「ちょっと、大丈夫なの?」
俺の服を握っていた沙也加に、とりあえず笑顔で頷く。俺が中に入ると遅れて沙也加も入ってきた。二人でちょうどくらいのスペースだ。薄気味悪い骨のレンガは内側も発光していて中はほどほどに明るい。奥に何かある……。
「が、
「ああ……」
その側には古びた木の棒が二本転がっていた。墨で何か書いてあるが古文書にあるような文字で読めない。沙也加にも見せるが首を傾げている。
キキキキキッ、キキキキキッ、キキキキキッ、キッ、キッ、キッ。
「何なの?」
「何だろ」
動物の鳴き声のようなものが聴こえた。鳥? 猿? 子どものころから動物に興味があって、親にせがんで何度も動物園に連れて行ってもらったり、ネット動画でも世界の動物の映像をいくつも観ているが、一致するものが思い浮かばない。
「何か通り過ぎた!」
入口の方を向いた沙也加が叫ぶ。俺にも見えたが動きが速くてはっきりとは分からなかった。犬? 猫? 俺はさっきの棒を一本握ると表に顔を出した。
「えっ?」
そいつと目が合った。
「ちょっと……、気持ち悪いんだけど……。あれは本物? 作り物じゃないの?」
沙也加の言う通りだ。あんな生物が存在するはずない。
キキキキキッ、キッ、キッ、キッ。
喜んでいるのかソレはその場で跳ねた。
頭部? それを頭部といってよいものなのか。形は牛の頭によく似てはいるが直接その側部から人間の太く毛深い腕のようなものが生えていた。計四本、そのすべての先にあるのは同じ、右手であるように見える。
「ふ、増えたよぉ」
沙也加が俺の服を強く引っ張る。
眼の前のソレの周辺に、黒い
キッ、キッ、キーーーーッ!
はじめの一体が雄叫びのようなものを上げると、そいつらは一斉にその右手たちを激しく動かし、俺達の方へ走り出した。
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