女神エルスの雑談室

えころけい

転生担当女神の鬱憤

 私は毎日、神々の話を聞いている。

 神の話を聞く、というと、何か重要なお告げを受け、伝える者のように思えるだろう。しかし、私はそういった存在ではなく、ただ文字通り神の話を聞いている。


 私は、『女神の雑談室』という領域を持つ女神だ。私が管理しているこの雑談室には、ただ話す相手が欲しい神や、誰かに相談したいことがある神に、ただ愚痴を聞いてほしい神など、毎日あらゆる世界の、あらゆる目的を持った神が誰かしらやってきて、私はその話を聞くことを仕事にしている。

 そんなことをしているから、周りは私のことを雑談の女神と呼ぶようになった。

 

 雑談の女神などと言われている割に、実は特に優れた話術を持っているわけではないのだが、話した相手の心を軽くし、なんとなく私と会話していると気持ちが上向きになり、心地よくなってくるという能力を、私は生まれながらに持っていた。

 その能力を生かしたいと思い、私はこうして雑談室というものを開いたのだ。


 さて、そんな自己紹介もほどほどにしていると、今日もいつものように、誰かが談話室の扉を叩いた。

 今日はどんな神が、どんな話をしてくれるのだろう。

 私は少しだけ、胸を弾ませながら、談話室の扉を開いた。


「あ、あのっ! エルス様、ですか?」

「ええ、はい。エルスです」

 扉を開くと、そこには純白の衣を纏った、黄金色の美しい髪を持つ女神が立っていた。


「私、サーヴァと言います。エルス様にお話を聞いていただきたくて、雑談室に来ました」

「サーヴァさんですね。どうぞ入ってください」


 私はサーヴァと名乗る彼女を雑談室の中へ案内して、椅子とテーブルを創り、その上にお菓子とお茶を出現させて、彼女に自然な表情を意識して笑いかけた。

「どうぞ、座ってください」

「あ、はいっ。し、失礼します!」

 

 サーヴァが座るのを見届けると、私も彼女の対面に座って向かい合った。

「お茶とお菓子はご自由にどうぞ」

「あ、いただきます」

 サーヴァはお茶に口をつけ、ほうっと、穏やかな表情で息を吐いた。どうやら、お気に召したようである。


「サーヴァさん、この辺りでは見ない顔ですけど、普段は別のところにいるんですか?」

「あ、はい。私は普段トラスラーヴァという場所に居まして……」

「ああ、トラスラーヴァですか。この統合神界まで来るのは少し面倒な場所ですね。ここまで来るのは大変だったでしょう?」

「あはは、まあちょっとだけ大変でしたね……」


 サーヴァはそう言って、頬をかいた。


「それで、そんな場所からどうして今日はここまで?」

「それが、エルス様に私の仕事の愚痴を聞いてほしくて来たんです」

「仕事の愚痴、ですか?」

「はい、私、人間を転生させる仕事をしているんですけど、その愚痴を言える神が周りにあまり居なくて……。

でも、統合神界にはあらゆる世界の神のどんな話でも聞いて下さる女神様がいる、という話を聞いて、これだと思ったんです!」

「なるほど、嬉しいですね」

「聞いて、下さいますか……?」


 サーヴァはそう言って、上目遣いで私に聞いた。

 愚痴であろうが、神の話を聞くのが私の仕事だ。私は、笑顔で頷く。

「勿論、お聞きしますよ」

「ありがとうございますっ!」


 彼女は嬉しそうに、笑顔を見せた。


「まず、私の仕事について説明しますね」

「お願いします」

「私は、十個の世界を管理している神界、トラスラーヴァで転生担当をしてます。私がやっている仕事は、人間を別の世界に転生させる仕事ですね。所謂、異世界転生というやつです」

「世界を跨いで転生させるんですね」

「そうです。それで、この異世界転生が色々問題でして……」


 そう言って、サーヴァは苦い顔をした。

 

「どう問題なんですか?」

「いや~、その、ぶっちゃけなんですけどね?」

「はい」

「私のやってることって各世界の偉~い神様の尻ぬぐいなんですよ」

「尻ぬぐい、ですか」

「例えば神様のミスで人間を殺しちゃった! とか、この人とこの人の運命が何故か入れ替わってしまった! とかですね。そーの尻ぬぐいを、させられるんです。お詫びとして、この人をこういう条件で別の世界に転生させておいて~って」

「あ~……謝罪まで丸投げされるわけですか」


 それは確かに、嫌だな……。


「そう! そうなんですよぉ! 私がその死んじゃった人へ会いに行って、死んじゃった経緯を説明して、お詫びに転生させます~って説明しなきゃいけないんです。私がやらかしたわけでもないのに! でも、私がやったわけじゃないですから~とかも言えないですし、そうすると人間の方にも色々文句を言われるわけなんです! まったか、知るかってーの!」


 サーヴァは大きな声で言う。かなり今の仕事に対してストレスが溜まっているようだ。


「大体、詫び転生ってなんだよって話ですよ! 同じ世界に戻してあげればいいのに!」

「確かに……」

「なんでそうしないか分かります?」

「……いえ、分かりませんね。どうしてですか?」

「面倒だからですよぉ。一人の人間のためだけに自分の管理する世界を神様パワーで弄って、時間を戻したり辻褄を合わせたりするのが面倒だから、身元不明の人間として他の世界に飛ばしたり、テキトーに別の世界でその日に産まれる予定の命に魂を入れたりするんですあの神々は」

「面倒だからって……」


 聞いている限りだと相当な問題行為のように思えるが、大丈夫なのだろうか……。


「それで、ただ転生させるだけじゃ文句も出るだろうけど、適当に神器とかチートスキルだとか特典つけて黙らせちゃえばOKみたいな思考で、バンバン転生させるわけです。転生させた後は、その人物がその世界でどんな事をしようが、まあそれも世界の流れのひとつだよね~ってことで管理しなくていいし楽だと思ってるんですよ」


 全く大丈夫じゃなさそうだ。明らかに大問題だろう、それは。

 

「案の定、送り込んだ世界の環境とか結構変わるんですよ~。それぞれの世界を管理する神様同士が納得していようと、どこぞの世界で死んだ一般人が、別の世界で並外れた力をもって、元の場所で生きていた時の価値観で色々なことを成し遂げてしまうのって、何もしてないのに神様のミスのしわ寄せを受ける世界が可哀想じゃないですか?」


 確かに、理不尽ではある。


「それでその世界の人々が幸せになることもあるんでしょうけど、なんというか、凄くルール違反な気がするんですよね。神から力を授けられた、別の世界出身の人間が転生してきてしまったばっかりに、その人の価値観に合わせてその世界の常識が更新されたり、今までとは段違いなスピードで文明が発展したり、悪い時は逆に文明が滅んだりもするんです」


 不満気な表情で語るサーヴァの声に、段々と感情が乗っていく。


「他の世界に住んでいたのに、神のミスと怠慢によって神為的じんいてきに持ち込まれ、結果環境を激変させてしまう異世界人は、もはや侵略的外来種と言っても差し支えありません!」

「そ、そうなんですか……」

「私が転生させといてなんですけど、転生した人間の干渉によって大きくその世界が動いてしまったときとか、毎回ショックなんですよ。あー、あの世界はあのペースで前に進んでいってほしかったのにな~……って」


 サーヴァは、世界はその世界のペースで発展していくべきと考えているらしい。他の手が加わることを好まない彼女にとって、今の仕事は確かに好ましいものではないだろう。


「それに、転生した人間って、世界の秩序とか知ったこっちゃないから自由に過ごすんですよ。そもそも神がミスったお詫びでこの世界に転生したんだし、神様が力を与えてくれたんだし、力を使って自由に生きても大丈夫だろうって」


 ため息をついてから、サーヴァは続ける。

「いやほんと、悪いのはやらかした神だから、文句は言えないんですけどね。でも、もう少しこう、身の程を弁えてほしいというか……。お前、神によるミスが無かったらただの一般人なんだぞって意識を持ってほしいというか。

何者でもなかったくせに、偶然で力を手に入れた瞬間、『前の人生でうまくいかなかった分自由に生きるんだ!』って貰い物の力で舞い上がっちゃって、そもそも前の人生で自由に生きる努力してきたんですかねって感じじゃないです?」

「う~ん、ちょっと言いすぎかも……」


 そこまでにしてくれないかなぁ……。女神の勘だけど、なんだかその話題は危ない気がしてきた。

 

「サ、サーヴァさん! い、色々な方面に喧嘩を売っているようでこの話題はなんだか良くない気がます……!」

「へ? 女神の雑談室って、誰であっても中の声を聞くことが出来ない領域なんですよね? そう聞きましたけど」

「そ、そうなんですけど……!」


 違う、そうだけどそうじゃないんだ。作品的に良くない気がするんだ。


「なら、私が何言っても大丈夫じゃないですか、何を恐れることがあるんですか」

「いやほら、その、第四の壁的な、ねっ?」

 頼む、伝わってくれ!

「なーによく分からないことを言ってるんです?」

 くう、ダメか……。


「……やっぱりなんでもありません。そ、それよりも! サーヴァさんは今のお仕事を辞める気は無いんですか?」


 このまま愚痴ばかり喋らせていては危険と判断して、私は作戦を変更。それとなく話の方向を逸らすことにした。

 するとサーヴァは、私の予想を超える言葉を返してきた。


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。実は……あ、これ本当に内緒ですよ?」

 サーヴァは口の前に指を一本立ててから堂々とした表情で言い放った。


「実は、転生する人間に好みの子がいたら、駆け落ちしてやろうと思ってるんですよ!」

「え゛っ」


 まさかの言葉に私は汚い声しか出なかった。


「こほん、失礼。――に、人間と駆け落ち、ですか……?」

「はい! いきなり転生の仕事を放棄して、好みの人間の子と駆け落ちしたいんです!

あ、私結構少年っぽい可愛らしいお顔の男の子が好きなんですけどぉ、そんな子が来たら一緒に転生先までいって、そのままちょ〜っと強引に……えへへへへ……」

 本当にそういう性癖を持っているのだろう、欲望のままに語るサーヴァは、色々とアウトな顔をしていた。そこで私は確信する。


 この子、本気だ……!

 

 でも――。

「それは、不味いのでは……」

 流石に仕事の放棄は、神々から怒られる気がする。

 世界を運営するレベルの神の怒りを買うと、大抵ろくなことにならない。彼女の為にも、ここは私が止めてあげなければ!


「いや、大丈夫ですよぉ。私の仕事には後釜も居ますし、どうせ上の神々は面倒臭がりなんで、私が居なくなったくらいでわざわざ私を探して罰とか与えに来たりしないんです」

「えっ?」

「前も他の仕事をしていた神が仕事を放棄して行方不明になったんですけどね、みんな『まーいっか!』みたいな感じで探そうともしなかったんですよ」

「そ、そう、なんですか……」


 それはそれでトラスラーヴァの神々には問題があり過ぎると思うのだが……。

 行方不明の神を探しもしないとか、本当に世界の運営を任せて大丈夫な神なのだろうか。


「ええ、だから大丈夫なんです。あとは好みの男の子を待つだけ! 夢のおねショタ生活ですよエルス様! 好みの子にとりあえず不老不死かなんかのスキルを与えて、一生好みの顔から変わらない子と暮らすんです!」

「ゆ、夢がありますね……?」


 どうしよう、止めた方がいいのだろうか。神々の罰を気にしなくてもいいのなら、別に止めなくても大丈夫なのでは?

 人間に手を出すような欲望に忠実な行動は、神々の中ではあるあるだし、正直、私もその辺りの、神々の性に対するだらしなさについてはあまり強く言えないし……。

 何故かって、身に覚えがあるので……。


「ま、まあ、怒られないなら……いいんじゃないでしょうか……」

 そうして、止める理由を見つけられなかった私は、ついに彼女を肯定してしまった。


「ですよね!? いや〜、エルス様に言われて自信がつきました! 私やっぱり好みの少年が来たら駆け落ちしておねショタライフを楽しむ事にします!」

 すると、私の言葉でサーヴァはもう完全にそっちの方向に進むことを決めてしまったらしい。

 どうやら私は、女神を堕落へと導いてしまったようだ。


「目指せ、ショタハーレム!」

「一人だけじゃないんですか!?」

 やる気に満ち溢れた顔の彼女が叫ぶ野望は、先程聞いた時よりもスケールアップしていた。欲望は留まるところを知らないようである。


「エルス様と話していたら、なんだか行ける気がしたんで!」

「そ、そうですか……あー、そういうこと……」


 なるほど、どうやら私の女神としての能力が働いてしまったらしい。

 先程も少し言ったかもしれないが、私には会話をしているだけで相手の心を上向きにする力がある。


 この力は、基本的には悩みを解決することに役立つ力なのだけれど、偶に相手を焚きつけてしまうことがあり、今回はよりにもよってそのケースを引いてしまったようだ。

 常時発動する能力なので制御できないというのが、ここで仇となってしまった。


 と、色々話して満足したのか、サーヴァは清々しい笑顔で椅子から立ち上がった。

もう帰るつもりらしい。

「は~っ、なんだかすっきりしました。エルス様、今日はありがとうございます。エルス様のおかげで私、欲望のままに生きることを決められました!」

「そ、それは良かったですね。あははは……」

「それでは、私はこれで。ふっふっふ、待っててね、可愛い可愛い少年たち~っ!」


 サーヴァはハイテンションでこの雑談室を出ていった。

 私はそれを見送ると、深く息を吐いて、まだ見ぬ人間の少年たちの事を考えた。


 少年たちよ、ごめんなさい。私はとんでもない獣を檻から解き放ってしまいました……。




 その後、しばらく経ったあと、とある世界で「少年を集めて欲の限りを尽くす淫蕩の女神」の神話が作られ、淫蕩の女神として再解釈されて新たな力を手に入れた女神が、少年をぞろぞろと引き連れ、神の世界に戻ってきたという話を聞きました。


 その女神の名は、サーヴァというそうです。


 私は冷や汗をだらだら流しながらも、自分には全く関係のない話だと思うことにしました。

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