第10話 第一階第八号室~笑う絵~

「この試練について分かってきたから一回おさらいしよう。」


 沙月は第八号室の扉の前で止まり、周りを見渡しながら独り言を呟く。


 「このマンションはただ「悪霊が住んでいるだけだ」と母さんから聞いてこの場所まで来たけど、どうやら第三次世界大戦が影響していた。そして、この島では日本人が強制労働・・・いや強制収容所っていうべきか。男女問わず働かされていた。でも一つ気になるんだよね。鏡の部屋でみた大量の女の霊。砂の部屋にいた女もそうだ。男の霊がもっといてもいいはずなのに、なぜ女性ばかり・・・?」


 確かに沙月の言う通りだ。戦争が原因なら男女問わず殺されるはず。そして早苗がその真相を教えずに送りだした意味。そこが謎だった。


 「まぁ今そんな事気にしたらしきたりを踏破出来ないか、頑張ろう!」


 沙月は自身の頬を両手で叩き、気を引き締め第八号室の扉を開けた。するとそこにはアトリエが広がっていたのだ。


 「これは・・・美しい絵だ。麦わら帽子を被っている黒の長髪の女性の絵。その隣には男の人が楽しそうな顔をしている。青春だなぁ・・・。」


 沙月はその絵に惚れる。するとその絵に描かれている2人の霊が同時に絵から飛びだしてきた。


 『私達の絵を気に入ってくれるなんて。嬉しいわ。』


 『あぁ、神条さんの家系か?俺達はこの島で死に、一時期離れ離れになっていた。でも君の母さんのお陰で愛する彼女に逢えたんだ。本当に感謝しているよ。』


 二人は驚いている沙月の顔を見るなり、感謝の意を述べた。その2人はとても幸せな顔をしている。何故成仏していないのか不思議なくらいだ。


 「あの、その・・・お二人は何故成仏しないのですか?そんなに幸せそうな顔をしているのに。私の母さんが成仏させていてもおかしくなかったのに。」


 『・・・それは、私達がこの島で生まれ育ち、戦争でカトという国に占領されるまで平和だったから。死んでからもこの地を離れたくなかったの。多量な呪いに蝕まれる島に変貌したとしてもこの島を愛しているから。』


 カトとはかつて大西洋に浮かんでいた大国だ。今はコルドと同じでもう跡形なく消されているが、その国は西ヨーロッパを統治していた国だった。ちなみに東側に位置していたストロンガーとは昔から友好関係を築いていた。その為当時起こった事件はカトの心にダメージを負わせ、コルド撲滅という名を掲げたカトの政策に反抗心を向けた日本を全力で倒しに来たのだ。


 「カト・・・。聞いたことあります。コルドの核爆弾によって滅ぼされたヨーロッパの国々の憎しみを力に変えて、全力を尽くしてコルドに攻撃をした国ですよね?」


 『そうだ。カトもかなり戦闘力の高い国だった。だからこそその国同士のぶつかり合いが世界を包み込み、大惨事を招く事になったのだ。そしてカトの標的対象に日本も含まれていた。島自体が小さくても、世界上位に食い込む軍事力を有していたからな。今はほぼ田舎になっているが。』


 今の日本は主要都市を除いて、ほぼ田んぼや畑が広がっている。東京都は潰れ今の日本の首都は京都になっている。東京は全て焼き払われたのだ。


 「なるほど・・・。でもこの島に残っている事に疑問です。私の母さんが貴方方を引き逢わせてくれたお陰で、未練が残っていないはずなのに。何か事情があるのですか?」


 沙月はどうすればいいのか分からず、困った顔をしながら問う。すると二人は沙月の予想を超える返答をした。それは『最後に私達の笑顔満点の写真が欲しいから撮ってくれる人をずっと待っていた。』というものだった。


 「えっと、私にはそのような能力はないですし、攻撃、封印、成仏の術しか知りません。ですので、力になれないです。ごめんなさい。」


 沙月は力になれないと二人に謝る。すると二人はやっぱりかという顔をしながら笑いだした。


 「えぇっ!?そこ笑うところですか!!」


 『いいや、ごめん。早苗さんの時もそう返答が来たから、つい・・・ね。』


 「うぅ・・・霊能力者に伝わる霊鎮の術は10個しかないのですよね。さっき言った通りです。複写する技がないのですよ。」


 沙月は頭を悩ませる。技を融合して使えないかと。その時ある事をひらめいた。霊鎮の術その2の存在に。


 「あ、もしかしたら出来るかもしれません。しかしその場合貴方方は・・・その、これから先天へと昇る事が出来なくなります。それでもいいのであれば力になれます。」


 その言葉を聞いた二人は一瞬驚いた表情をしたがすぐに元の顔に戻り、是非そうしてほしいとお願いをした。


 「・・・分かりました。辛くはさせません。ではいきます。霊鎮の術その2・幽冥の旋律。」


 沙月が今繰りだした幽冥の旋律は、本来その霊のトラウマを引き出す為に不協和音を奏でる。しかし今は違った。優しい音色を口笛で奏で、彼らに幸せいっぱいな過去を映しだしたのだ。その時二人はその映像に感動していた。


 「では最後に封印の技を使います。その・・・覚悟はいいですか?」


 『はい。お願いします!』


 『あぁ!頑張ってこのマンションをクリアしろよ!』


 その言葉を聞いた沙月は少し顔を曇らせながら、霊鎮の術その4・不滅の鎖を唱えた。するとその部屋に散らばっていた幸せの塊が二人を包み込み、その暖かい光と共に2人は幸せという名の封印によってその部屋から消え失せた。


 「ごめんなさい、お二人さん。複写能力がなかったせいで、このような結果になってしまって。安らかにお休みください。」


 沙月は涙をこらえながら第八号室の扉を開け、第九号室へと向かった。


・・・


 「ねぇタツキさん、見てこの花!とても綺麗よ!」

 「本当だ!サヤカにそっくりで素敵だな!」

 「ちょっとやめてよ!恥ずかしい!」


 『懐かしい記憶だな。サヤカ。』

 『えぇ、タツキさん。これからも一緒にいようね!』

 『あぁ!』


 2人は沙月の繰りだした不滅の鎖の中で抱き合い、静かに泣きあった。

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