神条家のしきたり

青鳥翔(あおとりかける)

第1話 悪霊の暴走

「はっ・・・!」


日本屈指の霊能力者・神条早苗は一瞬で理解した。彼女が20年もの間張り巡らせていた結界が突然崩落したのだ。それと同時に日本各地に散らばる心霊スポットから舞い出てくる悪霊達。悪霊は恐ろしい。実に強力な殺意を持っており、近くにいる人間に憑りつき事故や事件を引き起こす原因を生み出すのだ。


 「まずい・・・!早く結界を張り直さないと・・・!」


 早苗は焦りながら急いで霊鎮の術の構えをする。しかし間に合わなかった。テレビには既に大量の事故中継が拡散されており、それはもう地獄絵図だった。


 「そんな・・・。私の力ももう限界なのね・・・。」


 次々に流れる凄惨なニュースを見て落胆する早苗。しかし、彼女にはある秘策があった。それは自身の子供である沙月に霊の制御を任せるというもの。神条家屈指の実力を持つ早苗の血を継ぐ沙月はそれ以上の能力を有していたのだ。


 「沙月―――!!話があるから早くリビングに来て!」


 早苗はリビングを抜け家の階段へと走り、大声を出しながら沙月の事を呼ぶ。


 「なにー?今勉強中なんだけど・・・?」


 2階から我が子の声が聞こえてくる。彼女は課題に追われていた。母親の除霊に付き添いほとんど学校に行く事が出来なかったからだ。しかしこの非常事態。早苗は焦りながら彼女に対し言葉を放った。


 「私の張った結界が崩落して悪霊が日本中を彷徨い始めたの!!だから怖がりの沙月にその仕事を請け負ってもらいたくて!!」と。


 その瞬間沙月の叫び声が家中を飛び回った。そう、神条沙月は善良な幽霊でさえ直視出来ない程の怖がりだったのだ。そしてその叫び声が周囲に轟いたと思ったら、今度は拒否の言葉を早苗に対し言い放った。


 「嫌だ!私は幽霊を見たくないの!今だって窓を開ければ空中に沢山の幽霊が浮かんでいる!それに話しかけてくるんだよ!?母さんは怖くないの!?」


「・・・そうやっていつも逃げて母さんの力頼りじゃない!貴方が初めて行った除霊式だって結局貴方は何も手が出せずに他の皆に任せてしまった!あの時はまだ皆がいたから無事に儀式が終わった!だけど今回はその比じゃない!霊鎮術という仕事も廃れてきているんだよ?今日本を救えるのは沙月、貴方だけだ!」


 早苗は沙月の実力を間近で見てきたから分かる。沙月は怖がりである事を除けば最強の霊能力者であり、悪霊からの攻撃も無効化してしまう。だからこそ、早苗は沙月の事を鼓舞した。しかし・・・。


「絶対に嫌だ!日本が終わるなんて私にとっては知らない事!どうでもいいの!ただ平和な生活を送れればいい!!」

 

 沙月は悪霊の恐ろしさを知らない為今回の騒動からも目を背けようとした。その言葉を聞いた早苗はため息をつく。


 「はぁ・・・。沙月、自室のテレビをつけなさい。ニュースを見るのよ。」


「わ、分かったよ。そこまで言うなら・・・。」


沙月は自室に置いてあるテレビをつけた。すると既に大量の事件、事故が各地で100件以上起こっており、取り返しのつかない状態となっていた。それに戦慄する沙月。

 

「沙月。貴方の友達を守れるのは貴方自身。もう中学生なんだから、やりなさい。神条家に代々伝わるしきたりを。その試練をやっている間は母さんが日本を守り抜くから、今から挑むのよ!!」

 

「・・・うぅ、分かったよ。学校の皆も日本の皆も・・・勿論母さんも救う!だから、そのしきたりを受けます・・・!!」


 沙月は怖がりだが正義感溢れる子だ。自身の能力を高める為、そして日本にいる悪霊を喰いとめる為にしきたりを受ける事となった。


・・・


 「以上がこの家に伝わるしきたりよ。私もこのマンションで試練を受けた。さぁこの荷物を持ってそこに行くのよ!」


 早苗は沙月に軽量のリュックを持たせ、頼れる召使いにその場所に沙月を置いてくるよう命じた。まだ緊張している沙月を宥めながら。


 「さぁ沙月様。行きましょう。東京都と小笠原諸島の真ん中に位置する島“恐ヶ島”へ。」


 「はい。」


 沙月と召使いは家を出て行った。それを真剣な顔で見送った早苗は、自身も日本を汚す悪霊達の封印の準備を進めていく。


・・・


 早苗と沙月が話し合い、それから12時間が経った頃。召使いの操舵する船で恐ヶ島へと着いた沙月は、既に緊張で吐きそうだった。そこでは数えきれない量の霊が飛び回っていたのだ。それに近くに寄ってきていたずらをしてくる。しかししきたりはこれからだ。やっぱり無理だと召使いに助けを求める沙月だったが、召使いはそれに対し会釈だけして日本本土へと戻っていった。


 「来ちゃった・・・来ちゃったよ!あの場のノリで行くって言ったけどやっぱり怖い・・・。うわっ、話しかけないで!!気持ち悪い!!」


 沙月は手を震わせながらリュックに手をかける。そしてチャックを開けた。しかしそこに入っていたのは目的地が表示されている地図と懐中電灯のみだった。


 「う、嘘でしょ・・・。しきたりってこんなに厳しいものだったんだ・・・。」


 あまりにも粗雑なリュックの中身を見た沙月は、その厳しい試練に絶望する。そう、このしきたりは死者が出る程の難易度であり数多の霊能力者が行方不明になる場所だった。それでも前に進まなければいけない。すると沙月の持っていた携帯から声が聞こえてきた。


 『沙月!まずは島を結界で張って、霊達をその島から出られないようにして!それが完了したら、山の頂上に建っているマンションへと向かうのよ!!』


 「うわっ、驚かせないでよ・・・。分かった。霊鎮の術その10・禍払いの結界!」


 右手を虚空に翳し、そう唱える沙月。すると沙月を中心に青白い光の壁が形成され、島を覆いつくした。それによって霊達は結界の外に出る事も出来なくなり、その光に触れるだけで消滅していった。ちなみに霊鎮の術は10個ある。その中で一番強力な技が10番目の技、”禍払いの結界”だ。


 「母さんやったよ。なんか悪い事している気がするけど・・・。でも悪霊の方が悪いんだよね!!」


 『そうよ。悪霊の過去は辛いが上に鬱憤を晴らそうと全力で人を不幸に落とそうとしてくる。沙月、くれぐれも情に流されないように!』


 早苗がそう伝えると電話が切れ、静寂が辺りを覆った。そして試練が始まった。

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