第45話 叔母様! オバサンは禁句です!
「入りなさい」
「失礼します」
ノックをするとクニークルに促され部屋に踏み込む。そこはとても質素な部屋だった。壁は本棚で埋め尽くされ、調度品の一つもない飾り気のない場所だ。
「久しぶりねオリクト」
部屋の中央に置かれた大きな机、その前に立っていたクニークルは滑るように足音を立てずに歩み寄る。
マムートまでとはいかないが、女性の中では高身長に入る。わずかに下がった視線はオリクトのルビーのような瞳を捉え、同じ色のな事もあり鏡写しのようだ。
「お久しぶりです叔母様」
「入学おめでとう。発明姫と名高い貴女がどんな活躍をみせてくれるか楽しみです」
「うふふ。私は常に成長していますから。いずれはコーレンシュトッフの歴史に名を残す傑物となるのですよ」
鼻高々にふんぞり返る。少々だらしないかもしれないが、オリクトが求めているのは
名声。承認欲求。王女なんて高貴な産まれであるが彼女の本質は前世のもの、日本人の感性が根幹にある。だからこそ俗物的に富や名声を求める。そこに妥協はない。努力は絶対に惜しまないのだ。
「まったく。そのようなはしたない言動は控えるものですよ」
「お言葉ですが叔母様。自信に満ちた姿は民に希望を与えます。下を向いている王に誰も着いてきませんわ」
「だとしても淑女として問題があります」
(あ、あれ?)
ドルドンの頬に冷や汗が流れる。空気がおかしい。どんどんとオリクトが喧嘩腰になっていっているのだ。
叔母と話しに来たのではなかったのか。もしくは学園長から小言を聞きに来たのではなかったのか。二人の空気は熱を帯びていき気迫を増していく。
「そもそも貴女は自身の名声に執着し過ぎています。そんな邪な想いで良いと思っているのですか?」
「口先だけの善意よりも、結果を出している偽善の方が価値があると思いますわ」
ドルドンの心臓が、胃が痛くなる。いくら王女とはいえここは学園。教師の地位は決して軽いものではない上、彼女は実の叔母。立場以上のものがあるはずだ。
あわわと視線が慌て始める。その様子を横目にオリクトは頬を緩ませる。
「叔母様、この辺りにしましょう。そろそろドルドンがかわいそうになってきました」
「そうね。ちょっと遊び過ぎたわ」
ウフフと笑いながら二人は顔を見合わせた。その様子に思わず首を傾げる。
「さっきの言い合い、私達の挨拶みたいなものなの。ほら、私って(転生者だから)ちょっと変り者でしょ? だから叔母様と合わないところがあったんだけど」
「これが良い刺激になってね。話していると若返ったような気分になるのよ」
「は……はあ」
少なくとも喧嘩をしている訳ではない。内心胸を撫で下ろし肩が軽くなる。
ああ良かった。身分が上の者達の争い、その渦中にいるなんて耐えられなかった。
「さて。はじめましてドルドン卿。改めて自己紹介させてもらいます。私はクニークル・へーリム。ルプス王妃陛下の妹、そして当学園の園長を勤めています」
「ドルドン・マグネシア。オリクト様の婚約者です」
「ふふふ。この子って変り者だから大変でしょう?」
「いえ、寧ろ……」
ふと頬が緩む。彼の頬が僅かに赤らめる。ああ、この貌を知っている。
好意だ。
「これがオリクト様の魅力だと思っています」
耳を赤くしながら、消え入りそうな声で呟く。
彼は本気だ。心の底からオリクトを想っているのだ。
「興味深いですね。クド族の殿方はこういった娘を好むのですか?」
「そうですね。良くも悪くも実力主義なもので。オリクト様から発明品の設計図が届く度に、皆湧き上がってますよ」
えへへとオリクトは照れるように頬を掻く。軽くだがクド族から好意的に受け入れられているのは知っていた。それをドルドンの口から聞けるとなると、結婚後の不安も吹き飛ぶ。
「今やオリクト様はクド族の女神です。その名声はもはや崇拝と言ってでしょう」
「まぁ。ここまで来ると、発明姫の名も捨てたものではないわね」
半ば呆れたような、それでいて姪の未来を喜んでいるようにも見える。
しかしこれで終わるとは思っていない。クニークルはとても真面目な人物だ。オリクトもそれを忘れてはいない。
「ところで叔母様。私だけでなくドルドンも呼んだ理由は? まさか姪とその婚約者に会いたいだけではありませんよね?」
「もちろん。貴女もお察しの通り、カルノタス・オーラム殿下の件です」
ため息を溢し肩を落とす姿に、やはりかと苦笑した。
あれだけの事をしでかしたのだ。学園長の立場としても無視できないだろう。
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