第34話 親子仲は良くしなきゃ

 王位を狙っている。まあ予想はしていた。

 コーレンシュトッフは現状ラゴスが唯一の王子であり王位継承権第一位だ。


「私にはラゴスしか男児が産まれなかった。兄弟間で王位を争う事が無いのは良いが、の事があれば……王家の血を引く公爵家から選定しなければならん」


「確かアンガス様も」


「ああ。シルビラとの結婚もアンガスを保険にする為でもある。シルビラならアンガスを上手く導くだろうし、彼も適材適所を理解しているからな。政治に関しては娘に頼るはずだ」


 思った以上に思慮深い男だ。オリクトからは軍事的な意図が大きいと聞いていたが、こんな裏事情があったのは驚きを隠せない。


「まあ、今ラゴスを蹴落とせばオキシェンとの関係は崩壊する。お前も解ってるだろ?」


「王女のドークス様がラゴス様の婚約者だから……ですね。結婚目前でラゴス様が即位しなくなったら、オキシェンも黙っていないでしょう」


「そうだ。流石に馬鹿ではないが、グラファイトは軽快すべきだろう。それと」


 今度は呆れたような顔だ。


「カルノタス・オーラムも諦めるとは思えん」


 思わず目が点になる。先日オリクトにあれだけボロクソに言い負かされたのだ。普通なら諦めるはずだろう。ドルドンがあの立場だったら心が折れ自力で立ち去るのも不可能だったはずだ。


「いくらなんでも身を引くのでは? オリクト様への想いがただの本能だと一蹴され本人も認めています」


「そんな常識がひっくり返る程、竜の花嫁とは厄介なのだよ」


 確かにあの執着心は異常だ。普通ならあり得ない。


「解り易く言うなら……そうだな。オリクト以外の女性が全て人間ではなく見える。そんなとこか?」


「それは…………苦しいですね」


 そんな状況で王族故の後継ぎ問題。確かに何がなんでもオリクトを娶りたいだろう。


「だからだ。ドルドン、これからは一層オリクトを守るよう努めてくれ。オーラムに売りたい貴族、血筋や地位を狙う者が今後も現れる。そしてそいつらはお前の命も狙うだろう」


 正にそのとおりだ。現在の婚約者、ドルドン自身を消してしまうのが一番手っ取り早い。

 自身の危機に冷や汗が流れる。


「勿論私も君を守る。私は、王家の兄弟姉妹が協力し、コーレンシュトッフを栄えさせてくれるのが夢なのだ」


「夢ですか」


「ああ。恥ずかしい話だが、私は兄弟仲が悪くてね。王位争いはそれこそ殺し合いだった」


 とても悲しそうな目だ。王位争い、それがどれだけ苛烈なものかドルドンには想像できない。

 しかし血を分けた兄弟でとなると、悲しいなんて一言で済ませて良いものなのだろうか。


「ドルドン。君には妹と弟がいるね。仲は良いのかい?」


「はい。二人共やんちゃで、貴族社会になじめるのか不安です」


「ははは。そうだそれがあるべき姿だ」


 笑いながら肩を落とす。


「シルビラが軍を支え国を守る。オリクトは魔法具で国民を豊かにする。そしてラゴスが皆をまとめ上げ国を作る。私はそんな未来を見てみたい」


 優しい目で手を差し伸べる。ああ、これがどんな意味を持っているのか考えるまでもなかった。


「君もその未来に必要な欠片だ。協力してくれるね?」


 そうだ、彼もドルドンに利用価値を見出したからこそオリクトと婚約させた。クド族がほしいから手を差し伸べた。

 だがこの手は救いだ。そして願いだ。


「はい。必ずお力になります。そして」


 大きく深呼吸をし真っ直ぐ視線を交差させた。


「オリクト様を幸せにします。彼女の夫として、必ず」


 夫婦となる、その責任を全うする。これは愛する者の父への誓いだ。


「ああ、期待しているぞ義息子ドルドンよ」


 そう笑う姿はただの中年男性だ。ただ一つ、ウルペスは小さく呟く。


「環境でこうも変わるとはな。これでは狼でなく猟犬だ」


 その言葉はドルドンには届かなかった。ただの独り言、泡沫の言葉だ。

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