【完結】是清の道:希望と挑戦の物語
湊 マチ
第1話 是清に誕生
1854年の江戸、芝中門前町。商人たちの呼び声や物売りの声が響く賑やかな市場の中、一軒の家から力強い産声が響いた。
川村庄右衛門は、江戸城の御用絵師として忙しく働いていた。彼の家は、芝中門前町の一角にあり、家族が穏やかに暮らしていた。この時代、江戸は日本の政治と文化の中心であり、幕府の統治下にあった。市場では新鮮な魚や野菜が並び、人々が行き交い、商売の声が絶え間なく響いていた。
「きん、今日の具合はどうだい?」庄右衛門が筆を休めて尋ねる。
「ありがとう、庄右衛門さん。今日は調子がいいわ。もうすぐ生まれてくるわね。」きんが微笑んで答える。
「そうだな。楽しみだな。元気な子が生まれてくれるといいが。」庄右衛門は、筆を握り直し、再び絵に集中する。
きんは、優しい笑顔で家事をこなしながら、お腹の子供の誕生を心待ちにしていた。近所の人々も、彼女の無事な出産を祈っていた。
「きんさん、大丈夫?何か手伝えることがあったら言ってね。」隣家の女性が声をかける。
「ありがとう、大丈夫よ。でも、あなたの気持ちが嬉しいわ。」きんが感謝の気持ちを込めて答える。
その日の午後、きんは急に痛みを感じ始めた。隣家の女性がすぐに駆けつけ、庄右衛門に知らせた。
「庄右衛門さん、大変です!きんさんが…」
庄右衛門は慌てて家に駆け戻ると、すでに産婆が到着しており、きんは布団の上で息を整えていた。
「大丈夫だ、きん。ここにいるよ。」庄右衛門はきんの手を握りしめた。
「庄右衛門さん…」きんは微かに微笑んだ。
産婆は冷静に指示を出し、きんを励まし続けた。「深呼吸して、次の波が来たら力を入れてね。」
「はい…」きんは息を整え、全力で子供を産む決意を新たにした。
1854年9月19日、ついに高橋是清がこの世に生を受けた。庄右衛門は、初めて我が子を腕に抱き、その小さな体に未来の大きな夢を託した。この時代、日本は開国前夜の混乱期にあり、西洋文化の影響が徐々に広がり始めていた。
「これが、我が子か…是清、お前はきっと偉大な人物になるだろう。」庄右衛門は感慨深げに語りかける。
「庄右衛門さん、是清は私たちの希望だわ。」きんが優しく微笑む。
是清は、町の人々に愛されながら育っていった。彼は好奇心旺盛で、いつも周囲のものに興味を示していた。
「お父さん、今日は何を描いているの?」小さな是清が父に尋ねる。
「今日は江戸城の風景を描いているんだ。お前も描いてみるか?」庄右衛門が答える。
「うん、やってみる!」是清は嬉しそうに筆を取る。
ある日、仙台藩の足軽である高橋覚治が庄右衛門の家を訪れた。覚治は、この時代においても珍しく、西洋の教育を受けていた。
「庄右衛門さん、久しぶりだな。今日は大事な話があって来たんだ。」覚治が真剣な表情で切り出す。
「覚治さん、どうしたんだい?何か困りごとか?」庄右衛門が心配そうに尋ねる。
「実は、私の家には後を継ぐ者がいなくてな。是清君を我が家の養子に迎えたいと思っているんだ。」覚治が提案する。
是清は、新しい家族との生活に興奮していた。高橋家に引き取られた初日、覚治とその妻は温かく是清を迎え入れた。
「是清君、ようこそ。我が家で楽しく過ごしてね。」覚治の妻が優しく語りかける。
「はい、お母さん。よろしくお願いします。」是清は元気よく答える。
ある日、是清が家の周りで遊んでいると、覚治が冗談を言った。
「是清、お前は何になりたいんだ?」
「うーん、僕は大きくなったらお父さんみたいな偉い人になりたい!」是清が元気よく答える。
「そうか、でもまずはこの魚の骨を上手に取る練習をしないとな。」覚治が笑いながら魚を持ち上げる。
「ええっ、それは難しいなぁ。でもやってみる!」是清は真剣な顔で答え、周りに笑いが広がった。
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