流星の庵 Ryusei no iori  第二部~星の光を拓くもの

Naomippon

第1話 景子 生い立ち

 景子は地元では有数の旧家に生まれた。家は古くからこの一帯の土地を支配していた城主の家系だ。歴史の教科書に出るほどでもない小さな城ではあるが、この土地の人ならば誰でも知っている名前だ。

 もっとも景子の家は本家ではない。本家から分家したのは景子から数えて五代前の先祖になるが、ちょうど明治維新の時代に、その家の三男として生まれた分家一代目が、武家のプライドを捨てて商売を始めたのだ。長男が家系のすべての財産を引き継ぐ時代、実家にいても成功はないと見切りをつけたのだろう。私財を得たあとに分家として独立し、自分の屋敷を建てて妻を迎えた。一代目には人の心をつかむ力と、時代の波を読む力があった。商売で利益を得ては、不動産や新規の商売に投資した。


 それが分家である一之瀬家のはじまりだ。それ以来、分家の一之瀬家は実業家として代々財産を増やすことに成功し、いまや本家より多くの財を成している。景子が生まれた家はその五代前の先祖が最晩年にどうしてもこういう家に住みたいと言い出し、孫にあたる曽祖父が承知して建てた洋館だ。かなり傷んでいる部分もあるのだが、改築と修繕を重ね、現在も一之瀬家は同じ洋館に住んでいる。


 景子は父母の最初の子供としてこの家で生まれた。この洋館を建てた曽祖父は長命で、景子が物心ついたときにもまだ元気で、ことあるごとに景子と遊んでくれ、たくさんの思い出を作ってくれた。いつも洒落た着物を着ていたが、隠居の翁にふさわしくにこにこと温和で優しかった。

 一之瀬家には、曽祖父はいたが祖父母はいなかった。祖父母は景子が生まれるずいぶん前に、車の交通事故でそろって亡くなっていた。高速道路でトラックに追突され、車ごと押しつぶされた圧死だったそうだ。二人の体は見るも無残な姿であり、警察では遺体の確認をせずDNA鑑定をするよう勧められたらしいのだが、曽祖父は巌として聞かず、気丈にも遺体に対面したそうだ。

 景子の父はまだ未成年だったため、曽祖父は父には遺体を見せなかった。曽祖父は曽祖父なりに、こんな事故はもう二度とまっぴらだと強く思ったのだろう。曽祖父は、一之瀬家の人間は日本車には二度と乗ってはならない、ドイツ車以外の車を運転してはならない、という家訓を作り上げた。祖父母の葬儀からまもなく、一之瀬家に数台あった車はすべてドイツ車に変更された。今では日本車もかなり丈夫になったが、当時は頑丈さにかけてはドイツ車のほうが優れていたという背景があった。


 それから曽祖父は、いったんは隠居した仕事に復帰し、景子の父が成人し、一通り仕事ができるようになるまで仕事を続けていた。景子が物心つく頃にはさすがにもう一度隠居の身に戻ってはいたが、それでもいろいろとアドバイスはしていたらしい。だが、基本的にはほとんど家にいて、ひ孫である景子の遊び相手になってくれた。景子は、ひいおじいちゃんだとは知らず、単に「おじいちゃん」と呼んで慕っていた。

 

 曽祖父はいろいろな趣味を持っていたが、もと武家の出らしい趣味として、日本刀を収集していた。本家のほうには先祖伝来の日本刀があったが分家にはなく、曽祖父としては思うところがあったのかもしれない。単に日本刀を収集していただけではなく、剣術も居合術も若い頃からやっていた。仕事の合間を縫って稽古に励み、鍛錬していたそうだ。

 景子は実際に曽祖父が剣術や居合術をしているところを見たことはない。その頃には、武道もすでに引退していた。それでも曽祖父は、毎朝の素振りは決して欠かさなかった。曽祖父の長命と健康は、早朝の素振りの賜物だったのかもしれない。


 曽祖父は、歴史を語りながら日本刀を見せてくれたり、剣術や居合術の大会に景子を連れていってくれたりした。まだ幼かった景子だが、日本刀を美しいと感じる心が備わっていた。武道をたしなむ人たちの所作も美しいと感じていた。凛、という言葉が似あう武道家たちのたたずまいが好きだった。

 景子には二才年下の弟がいたが、この弟のほうはまったく武道にも日本刀にも興味を示さず、友達と遊びに出かけたり、ゲームしたりするほうが好きだった。したがって曽祖父と一緒にいるのは景子だけのことが多かった。


 景子には母の記憶はほとんどない。物心ついたときから、景子の世話をするのは基本的にお手伝いさんで、母親に世話をされることはあまりなかった。母親は、お嬢様育ちであったせいなのか、もともとの気質なのか、世話をすることを好まず、子供にもあまり愛情を示さなかった。父親は仕事でほとんど家におらず、家族旅行もなかった。景子の家族の中では、曽祖父との間がもっとも家族らしい絆がある関係だった

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