屍人の恋
栞田青衣
1. いちょう並木
リビングの窓に日差しが入り込んでいた。
子供は積み木を並べ、その横を妖艶な雰囲気の女性が横切る。
女性は声を発さず、その子供の頭を撫でる。
妖艶な女性の横から髪がさらりと流れた。
俺は並木道を歩いていた。
並木道には、黄色いイチョウや銀杏が落ちていた。
その、横を女子が並んで歩く。
その女子というのが、髪をショートカットに切りそろえた女子。
その女子というのは小さいころから幼馴染で近所に住んでいて、中学生の頃から付かず離れずの関係を保っていた。地域のお祭りがあるとことあるごとに、手伝ったり遊んだりしていた。幼いころの記憶はあまりない。
今年もお祭りがあるので、彼女と一緒に行くことになる。
季節の感覚がバグり始めているのだが、これは高校生の頃からなので、あまり考えないようにしている。
年を追うごとに、彼女が妖艶になっていくのを俺は黙りながら、じっと見ていた。
彼女は高校の学校が異なっていたので、具体的に彼女がどんな友人とどんな趣味で、どんなことを普段しているのかは全くと言っていいほどわからなかったのだが、腐れ縁というのだろうか、そのようなよくわからない関係は今の今まで続いていた。
だが、ごくたまにファッションセンターや飲食店などに行ったりする。
この関係を何というのだろうか。
彼女の首筋から見える高校時代からの妖艶さが自分の目には地獄であり、毒だった。
その並木道を歩くもう端にはもう一人いて、そいつは男であった。
彼もまたそれなりのエリートであり、身のこなしは爽やかであり、道を踏み外さなければ銀行員になれたのではというほどの聡明さであった。
川の水が勢いをつけ音を立て、暗い影を落としていた。
彼女はまた、不可思議な言動をする女子であって、俺はその彼女の行動や性的な発言に常に辟易していた。
「斎条寺くん、オフパコって興味ある?」
「え、何、オフ……?」
「ないならいいよ」
オフパコというのは男女の性行為のことではないか。でも、彼女とっくにjkは卒業しているはずだし、今更オフパコなんていう常套手段を使うはずはないと思うのだが、彼女は河の石の橋を丁寧に歩く。必要以上に。眼前に飛んでいくトンボを見ながら。
そのようにして彼女も卒業していくのかと思うと、苦い涙が浮かんでくる。
いったい僕らの関係というのはなになのだろうか。
彼女に貰った卒業式の写真を、彼女しか映っていない写真を俺は手に取った。
写真に写る彼女は白い顔で真一文字に口を結んでいた。
それをゆっくりと眺めた。
彼女はやっぱり浴衣を着てきた。
天井のぼんぼりがやけに遠かった。
「ね、一緒に回ろ」
「う……うん」
ショートカットの彼女でもない彼女は俺に右手を差し出す。
俺はそっと彼女の首筋を覗く。
そこは艶めかしく、グロイ輝きを放っていた。
俺は生唾を飲み込み、あとちょっとのところで自殺しそうなくらいのめまいを覚えた。
俺は動悸を覚えながら、やっとこさ彼女から離れ、叢のほうに逃げる。
俺たちの関係って何だろう。
どっと疲労感が体を襲う。
彼女が幾何学に見える。
「た、たすけ……」
そのとき一人の女性が自転車を引いて、俺の前に現れる。
「あ、久しぶり」
俺の前に現れたのは、すっきりとした眉とロングの髪を下した女性である。
「は、八九寺さん、お久しぶりです」
突如現れた人間風味の女性である。彼女も近所に住む女性の一人であるが、人妻である。
確か、一人子供がいたような気がする。
人の言葉を話す女性。これが、俺の彼女に抱いた第一印象である。
「今日、お祭り来てたんだねっ」
彼女が自転車を小脇に抱え、へらりっと笑う。
「あ……え……へ、はい」
あまりにも綺麗に笑うものだから、俺はつい同情を禁じ得ないというか、マジで同級生に見える。
女性の神秘をそこに集めたような人だな、と思う。
「あ、こんにちは」
「あら、お友達?」
ショートカットの彼女のほうが、話しかける。
にしても、表情が崩れない。
「ていうことで、うちに遊びに来ない?」
八九寺さんがいつの間にか、ショートカットの彼女と公約を交わしていた。
「楽しそう、いいですよ」
「え、俺もですか……」
「もちろんもちろん」
八九寺さんが後ろを振り向いて、自転車を引こうとする。
「よいしょ」
「手伝いましょうか?」
「あ、ううん、いいよいいよ、自分でやるから」
俺が呆けていると、ショートカットの彼女が八九寺さんの後についてくる。
「痛そうだな……」
「え、どうしたの?」
「あ、いや何でもない」
「なんか、あるのかな」
「何が」
「かわいそうだと思ってるの? 人妻って」
「ど、どういう意味だろう」
「いや、なんでもないけどさ」
どういうこと?
「ちなみに、精神年齢的には私のほうが上だな」
「なにいってんの」
「そういうこと禁止、霊視とかやめてね」
八九寺さんが釘を刺す。
「あのー帰っていいですか」
「えーいいじゃんせっかくなんだし」
「まあ、確かにね」
断る理由がない。
なぜかというと、断る理由がない。
そのまま、俺たちは二人でお茶を飲み、お菓子を食べて、帰ろうとする。
痛そうって何?
自分で言って、自分でキモいなと思う。
「じゃ、ここで別れるか、じゃ」
ショートカットの彼女が手を挙げて、道を分かつ。
俺は、道の真ん中に立っていた。そして、来た道をひっくり返す。
そして、全速力で、八九寺さんの家へ向かう。
俺はピンポンを押す。
「あれ、何でいるの……」
玄関から八九寺さんが出てくる。
「あのっ」
八九寺さんが困ったように眉をしかめる。
「僕は何か間違ったことをしましたか?」
「え、えと、何を言ってるのかな」
「え、えーと、そういうことではなく、」
手のジェスチャーがヤバい。
「えと、それがですね……」
俺は顔を斜めに見上げる。
きっと不細工に映っただろう。
「欲しいんですよ、愛が」
「……え?」
「えと、つまり、この――……」
俺は溜息をつく。
「このご時世ですが」
そして、俺は顔を上げる。
「好きですあなたが」
八九寺さんの顔が困ったように歪む。
「いいよ、別に」
「え」
「だって、私旦那さんに嫌われてるもん」
黒髪ロングの専業主婦はぷいっとそっぽを向いた。
「そんなに暇なんだね、今の若者は」
へ。
「いいよー、中入って、後で旦那さんに怒られてもらわないとね」
あ、はい。
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