1.辺境騎士団とうさぎの従者【Rewrite】

小路つかさ

第1話 プロローグ

 家が燃えていた。


 柱や梁、土壁に混ぜた藁、軒に吊るした洗濯物、干した根菜、あるゆる家財が、赤炎を育ててゆく。

 それは夜の闇を押し退ける灯りとなり、略奪者たちが振り上げる、剣や斧に込められた凶悪な意志を、ギラリと曝け出す。


 町が燃えていた。


 人々は裸足で逃げ惑う。

 ある者は、錯乱した家畜の群れに押し倒され、ある者は、火のついた納屋の軒下に身を隠し、そしてある者は、略奪者に髪を鷲掴みにされ、その場で凌辱された。

 西から襲来した略奪者たちは、辺境のほとりに栄えた豊かで平穏なアマーリエ地方を蹂躙し、瞬く間にその中心地であるハロルド城市を包囲した。周辺に存在する数多の町や村は、堅牢な城市を孤立させるため、徹底的な破壊と略奪を被る。


 領土が、焼かれていく…。


 噛み締めた下唇に、血が滲む。

 アマーリエの平原地帯を見下ろす丘の上で、伯爵位を引き継いだばかりのルイーサ・フォン・アマーリエは、闇の中に蠢く、幾つもの赤い光点を睨みつけた。

 彼女の白銀の髪は月の光を反射し、まるで亡霊のように闇に浮かぶ。

 白い全身甲冑を纏った馬上の亡霊…その元へ、彼女の騎士たちが集まる。

「姫、今は急ぎませんと…」

 長い髪を後ろで結んだ、背の高い騎士の言葉に、女騎士は手に持ったアーメットを固く握りしめる。

「あそこで、叔父は今、戦っているの…」

 声はかぼそく、高く、そして震えている。

「まとまった数の援軍が必要だ。大丈夫、あの街の堅牢さは、俺の耳にも届いているくらいだ。そう簡単には、陥ちないだろう」

 髪を短く揃えた別の騎士が、励ますように声をかける。

「あなたに、何が…」

 振り返った少女の頬には、涙が伝わっていた。

「クラーレンシュロス伯ルイーサ・フォン・アマーリエ殿。今はあなたが、この騎士団の長なのです。皆、あなたが出立の号令を出すのを待っています。それとも、あそこへ引き返すおつもりで?」

 貴族式の軍装に身を飾った女性が、まるで男性のような歯切れの良い口調で語る。

「引き返すこと自体は、賛成です。ですが、それは今ではありません。どうか、心穏やかに。この私が、それを請け負うのです。必ず、2年の後に軍勢を引き連れ、領土を奪還せしめてご覧にいれましょう」

「2年…それまで…」

 女騎士はガントレットで涙を拭い、城市の明かりに背を向けた。

「今から…」

「姫、号令はしっかりと」

 口髭を蓄えた騎士が、そっと伝える。

 女騎士は、改めて息を大きく吸い込んだ。

「これより!辺境征覇の旅に出ます!出発しましょう!」

 まだ少女のあどけなさを残す、成人したばかりの女騎士を先頭に、二十二騎の騎士たちと、その従者五十名ばかりの一団は、松明も付けないまま、夜の闇へと消えていった。

 捲土重来を、胸に秘め。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る