第5話 最近の小学生はデカイので中学生と間違える
(このままだとまずい。何か、何かないか)
周りを見渡せど、何も武器になるようなものはない。
あったとしても、幼いノエルに使いこなせるはずもない。
(――魔法)
念じる。
目の前の女性(ひと)を助ける力。
信じる。
きっと何か、ここが魔法のある世界だというのなら、自分にも何か。
(何も起きない)
腹の中が熱くなるような感覚がするが、それだけだ。
どう使いこなせばいいかも分からないエネルギーが体に充満する。
余りにも無力で小さな自分の情けなさにノエルは腹が立った。
「お嬢様、お逃げ下さいッ……お父様たちの所へ!」
痛みと恐怖に眉をしかめながら、自分を逃がそうとする大人(シーラ)。
(情けねぇ)
5歳のノエルはキッと顔をあげた。
魔法は使えないが、このまま離れてしまえば、女性を見つけたオークは獲物を巣に連れ帰るだろう。
身の保証は何もない。
ノエルは握り拳を作って、オークに突進していった。
「おぉぉぉぉぉっ!」
獲物の腕をつかんでいたオークの手の甲に、思い切り噛みつく。
「グア!?」
オークが怯んで、本能的に突然の痛みに手を離した。振り払われて、ノエルは地面に転ぶ。
その拍子に、シーラもドサッと倒れ込む。
何が起こったか理解したオークの赤い充血した目がギラリとこちらを向いた。
首の入れ墨がオークの体液にじんめりと濡れ光っている。
オークは鼻から血を出し、怒りに満ちている。もう正気を失っているのか、それともこれがオークの本来の姿なのか。
ノエルは豚をにらみ返して不敵に笑った。
もう絶体絶命だ。
だけど、泣いたってどうにもならないなら、ハッタリで取り繕って戦ったほうが100倍良い。
オークのぶよぶよとした大きな手が、ノエルの首を狙ってにゅっと伸びてきた。
自分が息絶えるまで、噛みちぎってやる。
ノエルはシーラの悲鳴を聞きながら、涎を垂らす豚を睨みつけた。
その時、一迅の風が吹いた。
砂煙にノエルが目を瞑ったその一瞬。
バサッ!
と風の音がした。オークの体が揺らいだ。
ドォンッ!!
巨体が真横に倒れて地面に沈む。
地面に血溜まりができて、赤い水たまりのようだ。
ゆっくりと倒れたオークの体は、首を境にして二つに分かれていた。
血溜まりの後ろに、白銀の髪をした人が佇んでいた。
長めの前髪が、残像のように風になびいて揺れる。
鋭い目は凍てつく氷のようだった。
身長はそれほど高くないので女性かもしれない。
「……怪我はないですか」
声変わりをしてすぐの、高くもないが少しばかり不安定な音だった。
(若い男だ)
ノエルは目の前に現れた少年をじっと見た。
まだ幼さは残るものの、ものすごく整った顔をしている。猛禽類のような鋭さのある顔貌だ。成長途上らしく首や手足が長い。
オークの返り血を浴びた肩はべったりと濡れていたが、気にした様子はない。
頬に飛び散った血をぞんざいに指の背で拭いている。
(こいつ、血に慣れてやがる)
ノエルは感心した。
まだ10代の半ばほどだろうか。
この年齢で、これほどの剣裁きとは恐れ入った。
何よりも身のこなしが速い。
シーラはハッと我に返った。
「大丈夫です! 問題ありません。ありがとうございます」
シーラは腕をさすりながら言った。
「そう。よかった」
少年は微笑んだ。
シーラが赤面する。
ついでにノエルも見惚れてしまった。
(うっわ……)
少年の凍てついていた瞳が溶ける瞬間、ぶわっとその辺りの空気に花が咲く。
分かってやっているのかは定かでは無いが、この美貌に気が付かないでいることは誰にもできないだろう。
少年だけが、美貌(そんなこと)を気にかけずに淡々としていた。
「まだ豚はたくさん居る。広場の方へ逃げましょう」
銀髪の少年は先陣を切って早足で歩いた。
ノエルはシーラに抱っこされながら、その後ろを着いていく。
何度もオークが出てきたが、少年はその度、ノエルたちを下がらせて剣を振るった。
豪快な剣さばきによって、オークたちは次々と倒れていく。
ノエルはその光景に圧倒されながらも、彼の勇敢さと強さに感銘を受けた。
(すげぇ、無駄のない動き)
光る刃が、そのまま人になったかのようだった。
そして、広場に着き安全を確保したころ。
「お怪我、ありませんでしたか」
と、シーラとノエルに話しかけた少年の、案外に穏やかな笑みに、ノエルの心の中には、特別な感情が芽生えていた。
(似てる)
「本当に助かりました。あの、お名前は」
「名乗るほどのことはしていません」
「いいえ! このままでは私が、帰ってからご主人様や奥様に叱られてしまいます」
シーラがくいさがる。
銀髪の少年は、困ったように笑って言った。
「レインハルトです」
(ハルさんだ)
と、ノエルが思うほどには、その少年には年齢を思わせない落ち着きがあった。
------------------------- エピソード11開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
縁は奇なり
【本文】
父と母は自宅で待っていた。
「本当に心配したのよ」
と、母アイリーンは、ノエルを抱きしめてわっと泣いた。
「シーラがついているから大丈夫だと思ったけれど、気が気じゃなかったわ! ……あら? あちらの方は?」
レインハルトが慇懃に礼をした。
血だらけのローブを気にしてか、離れた距離にいるのを、シーラが強引に連れてきた。
「もう駄目かと思いました! ノエル様も私も……もう絶体絶命だったところを、こちらのレインハルト様が助けて下さったのです」
「まあ」
レインハルトは僅かに眉間に皺を寄せた。
身を縮めて居心地が悪そうにしている。
ノエルはよかれと思って、母親を無邪気にふりきった。
そして、くるりときびすを返すと、入り口の門のところへ向かって走って戻って、レインハルトの手をとった。服に隠れて分からなかったが、思ったよりも細い指だった。
「わっ……だめです。汚れてしまうよ」
白銀の髪の隙間から、灰色と青の間のような独特の瞳が驚きと戸惑いに揺れていた。
ノエルはハハッと鼻で笑い、ぎゅっと握る手に力を込めた。
「おまえがいなきゃ、俺たちは自分たちの血を浴びるはめになってた」
「……え?」
ノエルは失敗に気付いた。
サアッと血の気がひく。
(俺じゃねーよ! あと令嬢はたぶんオマエって言わないな!)
言い間違い、言い間違いだ、いや、聞き間違いだ。
それで押し通そう。
「っということを、もしワタクシに兄などが居たなら言うだろうなっ、と、思いあそばしたんでございます!」
「はあ……」
「さあ! さあ! お召し物を取り替えさせましょう! 父も母も歓迎いたしますわ! オホホホホ」
不思議な顔をする美少年の手を掴み、いそいそとノエルはブリザーグ家へ引き入れた。
「君は……」
父親のコランドも母親のアイリーンも、冷水を浴びせられたかのように黙った。
乾いてどす黒い葡萄色をした返り血に塗れているレインハルトを間近で見て、驚いたようだった。
レインハルトは諦めたように目を伏せて、
「レインハルトと申します」
と、丁寧に挨拶をした。
「レインハルトが助けてくれたんです」
ノエルは父母に、目の前の功労者を正当に評価して欲しかった。
コランドは弾かれたように、パッと顔をほころばせた。
「いや! あなたがあの豚の大群から助けてくれたんですね。私たちの娘と使用人を。なんと勇敢な方だ」
「お役に立てたならばよかったです」
「ほらみんな、この紳士を綺麗にして差し上げるんだ。丁重におもてなしをして」
「いえ、僕は……」
レインハルトは辞退しようとした。
が、コランドもアイリーンもシーラもノエルも、つまりは全員がそれを許さなかった。
「一等の客間の準備はできているな!? ほら、はやくコックに誰か言いに行ってくれ。一番良い肉を手配しなきゃいかん」
「しっかりしたお洋服と、上等のワインもよ」
「いえ、奥様。私はまだ若輩者ですので、酒は飲めないのです。本当に」
レインハルトが言った。
アイリーンはしげしげと目の前の血に濡れた青年を眺めた。
確かに首や手足など、細いところはあるにせよ、背丈だけ見ればおよそアイリーンと変わらない。
「レインハルトはいくつなんだ?」
ノエルは何も考えずに訊いた。
「12です」
「じゅっ……なんて?」
ノエルは信じられないという声を出した。
どう見ても15,16くらいだと思っていた。
世が世ならこいつがランドセルを背負っていたのか。
そう考えると、ノエルは気が遠くなりそうになる。
目の前の、騎士だと言われても納得できそうなレインハルトがまだ少年だなんて。
「すげぇ逸材だな……」
みんながレインハルトに夢中だったので、ノエルの独り言は誰にも聞かれずに済んだ。
くたくたに疲れ切っていたが、使用人も主人たちも、みんながこの美しい突然の英雄をもてなそうとやっきになっていた。
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