非実験人間
丸膝玲吾
第1話
円筒状の大きな物体が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。それは人間ほどのマクロな物体の原子構造を完全に把握できるという最新の機械だった。世界の何処を探しても見つからない、この研究所にしかないものだった。
レットの手には一本のネジが握られている。目はぐるぐると泳いで、身体中から吹き出した汗でシャツがぐっちょぐちょに濡れている。顔面蒼白、頭の中は空っぽでレットはその場に突っ立っていた。
突如現れた残骸を、研究所の人間は静かに見ていた。レットは心臓が体を突き破って外に出てくるほどの動機を必死に押さえ込もうとした。酔うほどに強い心臓の鼓動で吐きそうだった。
「じゃあ、そちらを持って」
研究所内の人間は粛々と修復作業を始めていった。誰もレットに怒鳴り声を上げることはなかった。世界で有数の頭脳を誇る彼らはレットを完全に無視することに決めたらしかった。
「あ、あの」
レットはようやく口を開いた。人々は誰もレットの呼びかけに反応しない。そのレットの様子はまるで公園で蟻の行列に語りかけている浮浪者だった。
「僕は何を...」
「帰っていいよ」
残骸を片付けるうちの、誰かが言った。瞬間、研究所内の人間の顔が一斉にこちらを向いた。レットは蛇に睨まれたカエルのようにその場から動けなくなった。
彼らの目の一つ一つに怒りと呆れが混ざっているのが感じられた。頼むから何もしてくれるな、これ以上何も起こすな。見開かれた目のそれぞれが、レットにそう語りかけていた。
レットは研究所を出て、帰りのバスに乗った。
<<<チュドーン>>>
激しい地響きと大きな爆発音が背後からした。レットが振り返ると、研究所から黒い煙が上がっていた。微かに叫び声も聞こえる。黒い煙が上がったのは先ほどレットがいた部屋からだった。
「僕のせいだ」
レットは泣き出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
レットは膝に額をあてた蹲りながら、泣いた。
レットはその瞬間、哀れな出来損ないになった。レットは加害者になる勇気すら持ち合わせていなかった。
レットは警察に逮捕されることはなかったし、社会から責任を追及されることもなかった。ただそこには一人の哀れな出来損ないがいただけだった。
非実験人間 丸膝玲吾 @najuna
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます