第二章 ホラー編⑪

 詩録は自分のスマホを回収しようと振り返ったとき。そこにはいた。


 歩いてきた気配はない。物音すらしなかった。


 だが、はじめからそこにいたように、は平然とそこに立っていた。


 自分で仕向けたこととはいえ、一瞬詩録の脳がその光景を理解することを阻む。それほどの異常。


 そこには、まるで瞬間移動でもしたかのように突如として現れた、


「ッッ…………!?」


 驚愕のあまり悲鳴が出そうになるが、一度見たはずなのにの異常な風貌に詩録は恐怖で声が出ない。だがそこからの詩録の行動は速かった。


 制服の上着の内ポケット。そこから、図書室にいる間にマガジンの交換を済ませておいた拳銃──マカロフを取り出し、躊躇なくその引き金を引く。


 狙いは殺人ピエロでも怨霊でもない。


 唯一物理攻撃が有効であることが判明している殺人人形。そいつに向かって全弾撃ちだし、そいつを木っ端微塵にする。


 パンパンパンパンパンパンパンパンパンッ!!!


 乾いた音が響き渡り、少女たちは一斉に後ろを向き。


「「「「っっっ…………!?」」」」


 いくらある程度予想していたとはいえ、実際に『怪物』たちが音もなく背後に出現したのを目撃すれば思考は白く染まる。そのため少女たちは詩録ほど即座に行動できない。


 だから詩録は叫び、指示を飛ばす。


「智慧はそのピエロを頼むっ……! 俺はその怨霊を戦いながら、殺人人形が復元するタイミングで銃弾を叩き込み続けるっ!! 凛は万が一俺が負傷した場合に備えて【コメディー】を発動させといてくれ。波瑠は早く解析をしてくれっっ!!!」


 そう叫びつつ、詩録は慣れた手つきでマカロフのマガジンを交換する。そして、それが終わればすぐさま怨霊に照準を合わせて射撃を再開した。


 パンパンッッ!! 


 乾いた音がまた響く。そして、それを合図に少女たちは一斉に行動を開始した。


 智慧は回し蹴りを躊躇なくピエロに放ち、を本棚の方向へと向けて飛ばす。


 智慧の【ストーリーライン】は【アクション】。その特性は『ヒーロー』。性質はシンプルであり、運動によって起こる現象の誇張だ。平たくいえば、智慧が起こすありとあらゆる攻撃または防御には強力なバフがかかる。


 最初、部室にピエロが侵入したとき。智慧はピエロを窓から外へと蹴り飛ばした。また、詩録が荊華に誤解されかねない発言をした際、智慧は詩録を壁へと殴り飛ばした。


 どう考えても、この現象は物理法則を逸脱している。


 人間どんなに鍛えたところで人を数メートルも殴り飛ばせるようにはならない。だが実際そんなことが起きたということは、そこには物理法則とは違う法則、あるいは世界観や設定は働いている。


 それこそが智慧の【ストーリーライン】である【アクション】。


 アクション映画の主人公は、比喩表現ではなく、拳一つで人間を宙に舞わせ、どんな大爆発からでも無傷で帰還する。


 そして、凛は詩録の背に隠れて、彼を致命傷から守るために【コメディー】の【ストーリーライン】を発動する、


 一方の波瑠は、荊華とともに『怪物』たちから距離をとっていた。


 波瑠はまるで神に祈る修道女のように、天に呼びかける巫女のように両手を胸の前で組む。


 そして一言呟く。


「【ファンタジー】起動」


 そう言うと、彼女の純白の髪が毛先から順に漆黒へと変わり出し、その瞳は煌々と赫く輝き出す。


 彼女の足元には、複雑な文字が描かれた赤い魔法陣のようなものが出現する。それと同時に、波瑠は何人も近寄ることが許されない神々しい雰囲気オーラを纏う。

 

 一目見て、この世界から派生した現象ではないとわかる、明らかに物理法則を逸脱した現象。


 これこそが、【ファンタジー】の【ストーリーライン】。


 すでにある世界の法則ルールをぶち壊し、自分好みに好き放題書き換える文字通りの『魔法』。


 詩録はそんな波瑠の様子に一瞬目線をやり、すぐさま視線を正面の怨霊に戻す。下半身のないは腕だけで床を這い、詩録の方へと寄ってくる。


 混沌より這い寄る怨霊。


 パンパンパンッッ!!!


 詩録はに向けて銃弾を放つ。だが、にとって致命傷にはなり得ない。銃弾が顔面に直撃し、顔にぽっかりと赤い穴が開くが、それしきのことでは怨霊の歩みは止まらない。


 * * *


 【ホラー】の【ストーリーライン】が生み出した『怪物』と詩録たちとの戦いは千日手の様相を呈していた。


 『怪物』たちは【ホラー】に付与された不死性によって倒されることはないが、かといって詩録たちの応戦によって『怪物』たちが詩録と智慧に致命傷を与えることもない。そして、万が一『怪物』が詩録と智慧に致命傷を与えても凛の【コメディー】の【ストーリーライン】がそれを無効化する。


 つまりこの戦いは、擬似的に不死を獲得したもの同士の戦いであり、終着点は見えない。


 だが、千日手は詩録たちにとって有利であった。なにせ、波瑠の『解析』が終われば、『怪物』たちの不死性を引き剥がすことができる。


 そう冷静に戦況を見極め、これは勝負あったな、と詩録が油断したときである。


 目の前の怨霊の瞳が、詩録から近くで砕け散る殺人人形へと移った。


 怨霊は詩録の銃撃によってその顔面が穴だらけ。また殺人人間も復活と詩録による破壊を繰り返され、一切行動を取れずにいた。


 もう『怪物』たちにできることはないはずだ。


 だが──


 次の瞬間、怨霊はその長い黒髪で破砕した殺人人形を絡めとる。黒髪はまるでそれ自体が独立した一つの生物のように蠢き、それは殺人人形の破片を捕え、それをズルズルと気持ちの悪い音を立てて髪の毛の森の中に沈めていく。


「……!! まずいっ!?」


 詩録の頭に一つの可能性が浮かぶ。


 その可能性の実現を阻止するため、詩録はその銃口を怨霊に向けるが、遅い。


 怨霊は今度は智慧と交戦中のピエロの方へと伸び、も絡めとる。まるで幾千の黒い手が寄り集まっているようなその黒く異常に長い髪の毛はピエロの胴、脚、手、首を縛り上げ、ピエロを自分の方へと引きずりこむ。


 怨霊の元まで引きずり込まれたピエロは、次の瞬間黒い蛇に飲み込まれた。


 いや、そうとしか見えなかった。


 ピエロを絡めとったのとは別の怨霊の髪の毛の束が、まるで蛇が獲物を飲み込むようにピエロを包み込んだのだ。


 ピエロを捕食した巨大な蛇が不気味に踊る。その髪の毛の表面に、いくつもの人間の顔のようなものが浮かび上がり、そのたびに髪の毛に包まれピエロの体積が目に見えて減っていく。


 消化。


 その二文字が詩録の頭に思い浮かんだ。


 そして、ピエロを完全に消化し終えたとき、怨霊の全身がボコボコという泡が弾けるような音とともに歪んでいく。


 ああ、これはマズイ。


 まるで他人事のように、その場にいた全員が思った。思ったが、そのあまりにおぞましい光景を思わず見入ってしまう。魅入ってしまう。


 怨霊はボコボコと気味の悪い音を立てながら、そのフォルムを歪ませていく。


 そして────


 そこには、下半身が蛇であり、右手に手斧を左手に包丁を携えた、皮膚が剥がれ肉が剥き出しになっている醜悪な顔を持つ女の『悪霊』がいた。


 * * *


 これはマズイ。素直に一同はそう思う。


 具体的に何がマズイのかはわからないが、が放つ醜悪な雰囲気は今まで相対してきた『怪物』たちの比ではない。


 殺人ピエロ、怨霊、殺人人形が寄り合わさった結果できたのが、この下半身が蛇である女の『悪霊』。


『繝上う繝ャ繧ソ繝上う繝ャ繧ソ繝上う繝ャ繧ソ縲ゆク句濠霄ォ繧呈焔縺ォ蜈・繧後◆縺??ゅ%繧後〒豁ゥ縺代k縲ゅ%繧後↓縺ゅ↑縺溘?蜈?∈豁ゥ縺?※縺?¢繧九?ゅ♀蜿矩#縺ォ縺ェ繧阪≧縲ゅ♀蜿矩#縺ォ縺ェ繧翫∪縺励g縺??ゅ〒繧らァ√?縺薙?蟾昴r貂。繧後↑縺?°繧峨≠縺ェ縺溘′蟾昴r貂。縺」縺ヲ縺阪※縲らァ√→荳?邱偵↓縺ェ繧翫∪縺励g縺??らァ√→荳?縺、縺ォ縺ェ繧翫∪縺励g縺』


 『悪霊』は複数の人間の声帯を束ねその上にノイズ加工を施したかのような、聞くものの脳を削り取る声を出し、理解不能な言葉を叫ぶ。


 その声は聞くものの魂を陵辱する悪夢。


 それを聞いた詩録たちは、まるで金縛りにあったようにその場に縫い止められた。


 そして──


 ドンッッッ!!!

 

 鈍い音が図書室に反響する。詩録の身体が宙を舞い、図書室に並ぶ本棚に衝突。ドミノ倒しのようにいくつもの本棚を押し倒した。


 



 

 

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