1-7 行商人役

 王子とヴィンセントの家の庭に来る角ウサギはお庭番である。

 当番制でこの家にやってくる。

 基本的に庭にある家庭菜園の雑草をもしゃもしゃしているだけだが。

 俺は石に座ってその働きを見ている。


「あー、超可愛い」


「この魔物、何?」


 ヴィンセントの絡みつくような視線が痛い。

 口調もキツイ。

 魔物はこの敷地に入れないはずなのに、いつのまにか居座っている角ウサギ。

 我が物顔で雑草食っとる。

 雑草だからいいじゃん、庭の手入れに一匹は欲しいじゃん、という意見をヴィンセントは受け入れないらしい。


 もしゅもしゅ。


「俺の子だよー。はっ、まさか、捨てて来いなんて非人道的なことを言うつもりじゃ」


 ががーんっ。

 可愛くとも、魔物だから?

 それ以外の理由がないが。。。


「俺の子?って、いつの間に産んだの?認知してない」


 ヴィンセント、その慌てよう、冗談なの?本気なの?演技なの?


「俺の魔力で産まれた子だよ。ヴィンセントの認知はいらないよー。この家のお庭番してくれるんだよー。可愛いでしょー」


「くっ、私たちの子だと思ったのに。私の魔術があればお庭番なんて必要ないよー。可愛いのはレンで足りているよー」


「ヴィンセントは格好良いけど、可愛いが足りない」


 可愛さは王子で充分だけど。


「カッコイイ?」


 ヴィンセントが聞いたので、俺は強く頷く。


「なら仕方ないかー。今度から産むときは事前に申請してね」


 役所かな。


「善処します」


 確定できないときに相手に言う魔法の言葉。

 以後気をつけます、努力します、とかも同じ意味。


 英雄時代にはよく使ったなー。

 特に国王に。

 遠い目。。。





 俺は台所に立つ。

 冒険者はそんなに料理しないが、俺は野営時に時間があれば簡単な料理をした。

 携帯食だけでは味気ないし、ある程度の数の魔獣を討伐していれば肉も出せる。スープかシチューは時間が許す限り作っていた。

 そう、俺が作るのは簡単な料理だ。


 ヴィンセントの味覚は微妙だ。

 ヴィンセントが料理すると、とりあえず食べられればいいといったシロモノが出てくる。生、焼く、茹でるが基本。

 寝たきりの間は食べるのもやっとだったのでまったく気にならなかったけど、味付けは各自テーブルにある塩を好みでどうぞ、というのは悲しくなった。


 素材の味を大切にするのが神聖国グルシアの料理だっけ?


 宗教国家の聖職者たちの上の方は、信者が想像できないほど超贅沢な料理を口にしているはずなのだが。

 ヴィンセントはまだその地位にはいないのだろうか。

 けれど、保冷庫に詰められている食材や、棚に入っている調味料は豊富。


 これだけあるのだから、せっかくだから料理の本を買ってきたいなー。


「料理の本?」


 ヴィンセントが聞いてきた。


 あ、口に出していたようだ。


 ヴィンセントに背中から抱きつかれている。

 疲れたから、俺成分を補給しているのだそうだ。

 今日もまた分厚い手紙がヴィンセント宛に届いていたな、郵便受けに。

 配達員の来訪を感知していないから、魔術で転送してくるのだろう。毎日届く神聖国グルシアの新聞も郵便受けに入っている。


 で、ヴィンセント、包丁持っているときに抱きつくと危ないぞ。

 間違って、変なところを切り落とすぞ。


「俺、冒険者だったから、外で作る料理ぐらいしかできないし、料理のレパートリーを広げたいなーと思って。他にも服とか下着とか買って来たい」


 ぎゅっ、と俺を抱く力が強くなる。


「レン、」


「ん?」


 ヴィンセントは俺に何か言おうとした。

 口を動かそうとした。

 何かを伝えようとしたのは確かだ。


「レンー、今日のお昼ご飯は何ーっ」


 それを声にする前に、王子が台所にやって来た。

 お腹が空いてしまったか。

 この頃、王子はよく角ウサギとおいかけっこしているからなー。良い遊び相手になっている。

 以前は食が細かったが、この頃よく食べる。

 はっ、味付けの違いか?

 もしかして。


 文字を教えていることはなんとなーくヴィンセントに言いそびれているので、庭の地面に字を書いて王子に教えている。絵を描いて遊んでいるように見えなくもないだろう。

 俺が街に出る機会があれば、角ウサギがダンジョンで育てている薬草を売って、そのお金で本とかノートとか買えるのだけど。


 ヴィンセントは俺が買い出しに行くのは嫌なようだ。

 買って来たいと言ったときに、彼の腕の力が強くなった。

 街に行かれるのが嫌なのだろうか?

 俺、ごくごく普通に街に出入りしていた人間なんだけど。というか孤児だったからスラム街も問題なく歩けますけど。

 安全とはいえなくとも危険はないと思うんだけどなあ。

 浮気するほど甲斐性ないし。


 王子と一緒に行きたいとか言われると説明が面倒だから嫌なのかな?

 他人が寄り付かない森のなかにある一軒の家。

 その意味を考えないほど、俺は無神経じゃない。


 けれど、まだまだ俺は信用されていないってことか。


 仲間に殺されかける人間の何を信用しろということだろう。

 俺のことも、隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレンと同一人物かどうか精査中として、ヴィンセントはこの国の大教会に報告している。


 英雄と同一人物の方がヴィンセントにとって都合が良いのか、悪いのか、まだわからない。


 ただの孤児だった俺が、英雄のギフトを持っていただけでアスア王国の英雄に担ぎ上げられた。

 俺は英雄でさえ演じきれたのだから、どんな役でも演じる。

 ヴィンセントが望むように。


 それでも。

 いつか俺はヴィンセントに捨てられる日が来るのかもしれない。

 そのときすがりついたりしたら、ひたすら迷惑になる。


 彼は街に出れば、他人が放っておかないだろう。

 女性にも、男性にもモテるはずだ。そうなれば、俺は必要のない人間だ。

 祖国で死んだ扱いになっている人間なんて、一緒にいても面倒なだけだ。


 笑って別れられるように。

 彼の重荷にならないように。

 心の準備だけはしておかないと。





 この二日後に、行商人と紹介された男が馬車でこの家にやって来た。

 どこかで見たような顔の気もするが、そういう風に装っているのだろう。

 警戒心を抱かせないように。

 料理の本や俺の着替え等を持ってきた。真っ先にテーブルに置いている。大量の服の山である。

 この中から選べってことだろうか。


「俺のことはククーと呼んでくれ。他に必要なモノはあるか」


 ククーは人好きのする笑顔で言った。

 黒髪で日に焼けた肌の色が親しみやすい印象を受ける。

 細身のようだが、均整の取れた筋肉がついており行商人を演じるのには最適だろう。

 ククーも教会の神官だ。

 こんな場所に来れるのは神官しかいない。


「持ってきてもらって悪いけど、俺は今、お金を全然持っていない」


 ツケはきくのだろうか?

 こんな胡散臭く、稼ぎのない人物に。

 難しい話だ。


「それらは全部、注文してきたコイツが支払うから大丈夫だ。着替えもずっとコイツの使っていたんだろう?普段着だって堅苦しいのばっかりだ。嫌にもなるさ」


「ククー、私の服にケチをつけるな。自分に一番似合うものを着ているだけだ」


 服も下着も二、三着選べというわけではなく、この山すべてが俺用なのか?

 手に取ってみると、質もかなりいい代物だ。

 これはかなりの高額になる。


「王子様、どうぞ」


 ククーはにっこり笑って、わくわく顔の王子に大きめの紙袋を渡した。

 王子は袋を開けて、中身を見て喜ぶ。

 中には甘いお菓子が詰まっている。

 王子の服も成長に合わせて持ってきているようだ。


 食材も箱で持ってきている。

 台所へかなりの量を運んでいた。


 俺は手伝いもせず、それをぼんやりと見ていた。


「料理以外の本も馬車に積んであるし、見れば必要なモノを思い出すかもしれないぞ」


 ククーの申し出を受けて、王子と馬車を見に行く。

 本当の行商人と思えるほど、多彩なものが積まれている。


 俺は馬車の荷物のなかから一本の剣を手に取る。鞘から取り出すと、その刃はボロボロだった。


「ああ、それな。まだ積んであったか。飾りならともかく使い物にはならない」


「まるで俺のようだな」


 ボソリと呟く。

 この剣はまだ使える。

 魔物相手ならば太刀打ちできないだろうが、人間相手なら研がずともコレでも充分だ。

 静かに鞘に戻して、元の場所に置く。

 俺は馬車の中から少し汚れた大きめの黒い布を見つけた。


「黒い布だったら、こっちに綺麗なのがあるぞ」


「いや、俺、お金持ってないから」


 ククーが困った顔をした。

 それもそうか。

 彼は行商人役だ。

 物を買わない人間が馬車で物色していても困るだけだ。


 俺は馬車から離れようとした。


「ほら、」


「?」


 俺が手にしていた剣と黒い布をククーが差し出した。


「アイツがアンタの服を山ほど購入してくれたからな。お近づきの印だ。その剣だって訓練ぐらいには使えるだろう」


 それでも受け取ろうとしない俺に、ククーはぐいぐい押しつけてきた。


「あ、ありがとう」


 俺は剣と黒い布を手にした。


「レン、その剣を振ってみせて」


 王子が無邪気に言った。

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