第123話 それで女性の胸に興味を持つようになったの?(エカテリーナ視点)

 バーニィは時々情報共有の為にマクレガー領にやってくる。前世は体が弱くて何も出来なかったから、動ける事が嬉しいと言っていたけれど、ワーカーホリック気味じゃないかと思う。


「肥料を作る方法?」

「えぇ、マクレガーでは小魚を干してそれを肥料にして売ってたのだけれど、小魚を獲りすぎれば成魚も減ると思って制限を考えているのよ」

「堆肥を作るって事なのかな?」

「えぇ、前世では園芸部にいたって聞いたから知ってるかと思って。私は窒素とリンとカリウムが土の三大要素っていうのは聞いた事があるけど、それの補い方はホームセンターで肥料を買うぐらいでしか知らないのよ」

「なるほどね・・・」


 バーニィは何やら難しそうな顔をしていた。作り方を知らないのだろうか。


「火薬を作りたい訳では無いんだよね?」

「どういう事?」

「肥料に使われる自然由来の窒素って硝酸塩なんだよ」

「あっ・・・黒色火薬が作れちゃう訳ね」

「そういう事」


 硝石と木炭と硫黄を混ぜたものが火薬になるという事は何となく知っていた。配合までは知らないけれどね。


「さすがに火薬を作りたい訳じゃないわ。それがどれだけ戦争を悲惨にしたか知っているもの」

「それなら生ごみを土に混ぜるべきだね。有機物を地中の微生物と土壌菌の作用で硝酸塩にしたものが堆肥だからさ」

「それだけ?」

「屋根をかけた所で作る事かな。硝酸塩は水で流れやすいからね」

「なるほど・・・」


 肥料の窒素が水に溶けやすいというのは私も聞いた事があった。だから水を好む観葉植物なんかは水をあげるたびに追肥が必要になるので、スポイトのような液体の入った容器を土に挿しておくと良いと聞いた事があった。


「窒素はタンパク質に多く含まれるから、窒素が多い肥料を作りたいなら魚を捌いたあとの頭や骨や内臓を細かく砕いて土に混ぜれば良いと思うよ。あと肉食や雑食の動物の糞なんかも土中で分解させれば窒素が多い堆肥になるよ」

「カリウムは?」

「カリウムは食物繊維に多く含まれているから、生ごみと一緒に小さく裁断した草やオガ屑や草食動物の糞を混ぜると硝酸カリウムになるよ」

「リンは?」

「リンは動植物とその排泄物に含まれているからわざわざ入れる必要は無いと思うよ。化学肥料として一般的な硫化アンモニウムや尿素だとリンが含まれていないから、リン酸塩の鉱石を砕いて入れる必要があるけどね」

「リン酸塩の鉱石?」

「有名なのは南の島とかに長い間鳥が糞をして堆積してできたグァノって石がリン酸の鉱石だね」

「随分と詳しいわね・・・」

「もし異世界に生まれ変わったら田舎でスローライフなんて考えてたからね・・・」

「そうなのね・・・」


 なるほど・・・バーニィの知識は体が不自由だったからこそ得て来たものなのね。辺境のナザーラ領にいるのは願いが叶った状態って事なのかな。


「わざわざ鳥の糞が固まって鉱石化したものなんか使わず、堆肥に鶏糞を混ぜたら良いんだけどね。まぁこっちの世界の家禽は放し飼いだから鶏糞を集めるっていうのは難しそうだよ」

「なるほど・・・確かにこっちの世界の家禽はアヒルかガチョウの放し飼いだわね」


 アヒルやガチョウは気配に敏感で非常にけたましく鳴く。だから貴族や大聖人の屋敷の庭には放し飼いにされていて侵入者の警報装置として使われていた。そんなアヒルやガチョウも育ったら料理人達によって御馳走にされてしまうのだけれどね。


「人糞をたい肥にするのはお勧めしないよ、寄生虫が蔓延するからね」

「えっ?」

「消化器官で繁殖している寄生虫の卵は、糞に混じって出て来るものなんだよ。人以外の生寄生虫の卵なら人の体はあまり寄生しないけれど、人の寄生虫の卵は人の消化器官に耐性があるから孵化しちゃう訳だよ。まぁ野菜をちゃんと洗って火を通して食べればいいんだけど、農家の人達に寄生虫の被害が広がるね」

「なるほど・・・」


 人糞堆肥にはそんな欠点があるんだ・・・昔は肥溜めがあってそこで人糞を肥料にしていたと聞いた事があったけど・・・そういえば小学校の頃にギョウ虫検査とかあったわね。

 なんとなくそんな事を思い出したら股のあたりがムズムズしてしまった。少し腰を浮かせて座り直すとバーニィの目線の方向が私の胸に移動した。私の胸が揺れたのでそれが気になったのだろう。

 バーニィは前世が女性だった事もあり女性の胸に興味が無いのかこういう視線を送って来る事は無かった。


「バーニィも女性の胸に視線を送るようになったのね、兄貴と何かあった?」

「えっ?」


 バーニィはあからさまに動揺して赤面していた。


「ごめん・・・無意識だった・・・デリカシーが無かったね」

「別にいやらしい感じはしなかったわよ、ただ珍しいなって思ってね」

「ごめん・・・」

「それで何かあったの?」

「この前アニーに抱きしめられたんだ、その時に胸が柔らかくて温かいって思ったんだよ」

「何故抱きしめられたの?」

「前世の話をしていたんだけど、どうやら悲しい表情をしていたみたいで、急に胸に抱き寄せられたんだ」

「なるほど・・・」


 さっきの「もし異世界に生まれ変わったら田舎でスローライフなんて考えてたからね・・・」って感じの話かな?

 バーニィの前世の話は、結構辛い状況の話なのに、あっけらかんと話すし、今が楽しいと言うので私は悲哀を感じた事が無い。でも涙ながらに話されたら、私も貰い泣きしてしまうような話だと思う。

 だから兄貴はバーニィの言葉に悲しさを感じて思わず抱きしめてしまったのかもしれないな。


「それで女性の胸に興味を持つようになったの?」

「またあの時みたいにアニーに抱きしめられたいなと思っていたけど、僕が女性の胸に視線がいくようになってる事は今知ったよ」

「そんなに兄貴の胸は良かったの?」

「うん、とっても良かったよ」

「デカいとは思ってたけどそこまでなのね・・・今度抱き着いてみようかしら?」

「前世は兄妹だったんだし良いんじゃない?」

「あんまり仲が良くなかったけどね」


 兄貴と私は仲が悪かった。というか私が一方的に嫌っていて、兄貴がそれを察して関わらないようにしてくれていたという感じか。


「アニーからはそんな感じは受けないけどね」

「そうかもしれないわね・・・」


 確かに私が一方的に嫌っていて。兄貴はそれを察して無理に関わらないようにしてくれていた感じだ。ストーカー事件の時に助けて貰った事が蟠りを持つキッカケになっていたけれど、完全に溶ける前に私は死んでしまった。


「アニーは結構長く生きたからリーナの事は多分過去の思い出になってると思うよ、アニーからリーナの性格がどうとかという話は聞いた事が無いからね」

「そっかぁ・・・兄貴は私が死んでから40年も生きたんだもんね・・・」


 40年というと前世と今世を丁度合わせたような期間だ。はっきりいってとても長い。


「僕は体が不自由だったから元気に生きたかったっていう未練があったんだ、だから少し生き急いでいる気がしているんだよ。でもアニーには全くそういう感じが無い。僕はアニーは前世を懸命に生きて悔いなく死んだんじゃないかなって思ってるんだ」

「私は何で私が殺されなきゃならないのって思いながら死んだわね、だから今世でも殺されるのは嫌だって思っているわ」

「うん、アニーはそういうのが無く穏やかに死んだんだよ」

「なんとなく分かるわ」


 兄貴は最後に私の仇を取った。もしかしたらそれが兄貴の未練で、最後までやり切ったから悔いが無く死ねたのかもしれない。

 そう考えると私がいつまでも蟠りを持っているのは馬鹿らしい気がする。兄貴を見てイラっとする事はあるけれど、それは殆ど言いがかりみたいなものなのだから。

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