第99話 随分と贅沢ね・・・(エカテリーナ視点)
「そこで兄貴達は、雪豹のユキたんと温泉に入ったの?」
「うん、だって臭かったからね」
新学年が始まるため学園に戻った。寮が違うマギ君と別れ、青薔薇領に入り、新しい寮長に挨拶に行くと、不在の間に私宛に届けられた手軽を受け取った。その中には2年はS組である事が書かれていた。
部屋に入り換気のために窓を開けると、校庭で白い大きな獣と兄貴たちが見えた。その獣は何かと気になり寮の部屋を出て校庭に近づくと、白い獣の体に背を預けて眠っている兄貴とフローラとウサたんとチーたんで。そんなみんなを愛おしそうに見ているバーニィだった。
この大きな白い獣はどうしたのか聞いた結果フェンリルは見つからなかったけれど、雪豹を見つけてバーニィがテイムしたそうだ。
「最初は温泉に入るの嫌がってたんだけど、すっかり気に入ったみたいでね、こんなにフワフワした毛並みになったんだよ」
「特別な効能とかある温泉だったんじゃないの?」
「傷を受けた動物や魔獣が入りに来るって言ってたね、でも僕たちはチーたんに癒やして貰ってるから傷とか無くて分からなかったよ」
「なるほど・・・」
兄貴は楽天的な性格で気がついていないみたいだけど、結構な大騒ぎになると思う。
雪豹はヤハウエ聖国にとっては神獣だ。ヤハウエ聖国の初代教皇がヤハー様に授けられたといって雪豹を従えていたからだ。
かつてヤハウエ聖国の前身になる国を、フェンリルが3日氷に閉ざして滅ぼしたという伝説があり、それを退治したのが雪豹という事になっている。
「それでその従魔は危なくないの?」
「えっ?ユキたんは氷を出せる程度だよ?」
「えっ?雪豹の力は何でも引き裂く爪じゃないの?」
「違うんじゃないかな・・・だって戦う時噛みついて来たよ?」
「あれ?何か変じゃない?」
雪豹の力はフェンリルみたいな凍らせる力を持ってて、フェンリルがいるとされる山に行っても、フェンリルがいなかった?
「その辺はデリケートだから後で話した方が良いかな」
「えぇ・・・」
フローラ寝返りを打って兄貴の胸に顔を埋め、その刺激で兄貴がビクッと体を震わせて目を開けた。兄貴が起きた事で、聞かれてしまうかもしれないと中断させたのだろう。
私の想像が本当なら、今私が考えている事は国家を揺り動かすような話では無いかと思う。けれどバーニィが兄貴にそれを知らせたく無さそうなので話題を変える事にした。
「兄貴、すごい気持ちよさそうに寝てたわよ?」
「ん・・・あぁ、ユキたんの毛皮すごい手触りが良いんだよ〜」
「そうみたいね」
「チー・・・」
兄貴が起きた事で、チーたんも起きたようだ。
けれどフローラとウサたんはまだ気持ちよさそうに眠っている。従魔と主人というのは睡眠がリンクしているのだろうか。
「2人は、マグロの神経締めって知ってる?」
「僕は知らないな」
「マグロ?あの脳天に針を刺して麻痺させる奴か?」
「えっ!」
「あっ! そういえばネットの動画でそういうの見た事がある」
「マグロの頭の皮の部分を切って見ると分かるんだが、額の所に半透明な部分があるんだよ。そこの先にあるのが神経らしくて、そこに長い針を刺してやるとマグロは麻痺するんだ、小さいマグロならエラの方からナイフを差し込んで脊髄に当たる部分を切ったりもするな」
なるほど、それで神経締めか・・・。
「サッと釣り上げて、血抜きと神経締めをして氷水で冷やすっていう言葉の意味が分かる?」
「さっと釣り上げられず暴れさせた魚は体温があがって勝手に身が焼けてしまうんだよ。だからサッと釣り上げた魚の方が旨い。あとは血抜きと氷締めの事だな、エラと尻尾の付け根を切って氷水に漬けると魚の血が抜けて血生臭さが減り、身が冷えて鮮度が保ちやすくなる。自分で食べる時は、頭と尾っぽを折って、そのまま氷水に漬けたりするな。見栄えは悪くなるけど捌けば味は同じだしな」
兄貴は相当釣りに詳しいらしい。私が死んだあと車から釣りに趣味を変えたのだろうか。
「詳しいね」
「前世で働いてた所の社長が釣り好きだったんだよ。だから取引先の釣り接待に同行させられてたんだ」
「兄貴が社会人みたいな事を言うなんて信じられない・・・」
「一応65歳の定年まで土建屋で働いてたんだぞ?歳を重ねれば、若い時と同じようなヤンチャは出来なくなるもんだよ」
「そっか・・・」
ただの土方だと思ってたけど、兄貴は思ったより立派な社会人してたんだと初めて知った。
△△△
フローラとウサたんが起きた事で解放されたユキたんが体を伸ばしたあと木陰を提供してくれていた木の樹皮で爪とぎを始めた。爪が樹皮に引っかかっているので、確かに何でも引き裂くという爪ではないように思う。
兄貴とフローラは、ユキたんに「ありがとう」といって撫でたあと、チーたんとウサたんを伴って寮に帰っていった。
「さっき口止めしたのは、初代教皇は従魔にした雪豹の力で国を滅ぼし、その責任を架空の魔獣フェンリルに押し付けたという事で良いのよね?」
「うん、その可能性が高そうだね」
ファンタジーでフェンリルといえば氷を出す攻撃をすると表現される事が多いけど、北欧神話ではフェンリルは神を食い殺す魔獣達の一族として描かれるだけで、氷と関連付ける逸話は書かれていない。フェンリルの妹であるヘルという女神が追放された地が、氷の王国と言われるニブルヘイムだったという逸話があるぐらいで、フェンリルと氷は何の関連も無い。
どちらかというと神をも嚙みちぎる巨大な顎がフェンリルの真骨頂だ。
「それってヤハウエ聖国にとってかなり隠したい事じゃない?」
「そうだね・・・まさか自分たちの神獣が災厄の魔獣の正体で、それを従えていたのが初代教皇なんて言えないよね」
「プリエデって鬱展開の多いゲームではあったけど、なんか背景の闇が深すぎない?」
「追加コンテンツの為に色々世界設定が作り込まれていたのかもね。アニーとフローラみたいな聖獣が欲しいと思って探しに行ったら、こんな藪蛇を知るとは思わなかったよ」
確かにすごい藪蛇だ。だけどプリエデでもヤハイエ聖国は、枢機卿の息子ビリー・フォロールートではトラウマものの胸糞シーンがある最低な国だ。
「それでどうするの?」
「ヤハイエ聖国が隠蔽しようと動き出す前に公にしてしまった方が良いと思ってるよ、隠せなくなれば秘密なんて意味が無くなるからね」
「初代教皇の悪事を暴露するの?」
「そんな事はしないよ、雪豹の力を分かりやすく示すだけだよ」
「具体的には?」
「マクレガー領で獲れた鮮魚を王都で売ってみない?」
「はぁ?」
何でそんな話になるの?
「ユキたんの力で凍らせた魚を、王都まで新鮮なまま運ぶんだよ、領の収入が上がるよ?僕もマグロの話を聞いて久しぶりに新鮮な海魚食べたくなっちゃったしね」
「後半の理由が本音だったりしない?」
バーニィはその質問にも答えずニヤっと笑った。
「ユキたんは白身魚の刺身が好きんだよね。だけど試しにあげたら、小骨が喉に刺さるから取ってと言われて困ったんだよ。僕は料理は不得意だからね」
「随分と贅沢ね・・・」
面白いアイディアだと思うけれど、従魔というものは主人の近くにいるものだと聞いた事がある。そんな事が出来るのだろうか。
「従魔って主人から離れられるの?」
「アニーは良くチーたんをフローラに預けているよ?」
「そういえばそうね・・・」
「いつの間にか聖獣から主人として決められて会話が出来るようになるみたいだけど、お互いに何かが縛られてる感じはしないね」
「そうなのね・・・」
「最初は広い所が良いのかと馬術場に連れて行ったら、馬達にパニック起こされちゃったんだよ」
「草食獣の中に肉食獣を放り込んだらそうなるわよ」
「だからユキたんは、問題になる前に外で預かって貰いたくもあったんだよ。新鮮な白身魚をあげれば喜ぶと思うしお願いできないかな」
「考えておくわ」
私達も新たな収入源が増えるのは嬉しい。一部の高級魚や加工品用の魚介類以外は天日干しして肥料に加工されている。もっと高値で取引されるようになれば領内の産業の1つとして花開いてくれるだろう。
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