第94話 少し前の時間まで戻すもの

 登山を続け周囲の山より僕達のいる場所が高くなっている、半分ぐらいの所にあるなと思っていた大きなオーバーハングになっていたあたりから風の影響をモロに受けるようになってて。風の結界がゆらゆら揺れて維持するのに少しだけ魔力の消費が増えていた。

 バーニィはグラグラする浮石など怪しいものを土魔術で固定したり、僕達の手足の長さでも伸ばせる位置に持ち手となる窪みを作ったり、闇魔術の収納から取り出した鎖を岩に打ち付けるながら先行してくれた。

 こういうのって前世のロッククライミングの知識なのだろうか。それともこの世界にも岩壁を登る知識があるのだろうか。


 そんな事をしながらも、バーニィは身体強化の精度も高いので軽快に壁を越えていった。

 僕とフローラはバーニィが作った足跡を辿るだけでそこを越える事が出来た。


「1番の難所を越えたねぇ」

「鎖なんてどこで用意てたの?」

「王都の鍛冶屋に注文してたんだよ、未踏破の山だったら必要だと思ってね」

「どこでそんなの知ったの?」

「体が弱い分、健康になったらあれもしたいこれもしたいって知識だけは貯めてたんだよ」

「そうなんだ・・・」


 1番の難所を超えた今は多分8000mを超えているのではないかと思う。

 登っていくと風の影響は強くなるけれど雲や雪に当たる事は無くなっていた。多分雪を降らせる雲より高い所にいるからなのではないかと思う。踏みしめるのは固い氷と岩ばかりでさらっとした雪は全くないため、それを同じくバーニィが鍛冶屋に作らせていたアイゼンとピッケルに引っかけて登っていた。


 これまで、落氷や雪崩にも何度か遭遇したけれど3人で全力で三重の結界を張る事で何とかなった。今はサラサラとした雪は無いので落石や落氷だけなので、雪に埋もれてしまって出るのに時間がかかるという事はもうないだろう。


「休憩!」

「風の結界を解除、空気圧縮だけにするよ」

「よろしく」


 風の結界と空気圧縮を併用しているため魔法の持ち時間は2割短くなっていた。そのため交代時間の間隔を短くして対応している。


「ふー・・・暑い・・・」

「本当だね・・・こんな登山になるなんて思わなかったよ」


 バーニィによると、空気を圧縮すると断熱圧縮という作用で暖かくなるらしい。だから僕達はかなり暖かい環境で山に登っている。

 さすがに岩や氷を触れば冷たいため、ワイバーン革のジャンプスーツと手袋をつけているのだけれど、断熱性がありすぎるため熱気がこもってしまい、時々ボタンを開けて外気を取り込んだり氷や岩に触れて体を冷やしたりする必要があるぐらいだった。


「チーたんはまだ平気?」

「チーチー!(大丈夫だよ!)」


 チーたんは岩や氷に長く止まると冷たく感じるらしいけれど、みんなの頭や肩に止まれば平気らしく元気にしている。

 結界の外は暴風なので外に出たら一瞬で逸れてしまうけど、結界内は穏やかなので僕の頭や肩に乗って「チーチー!(頑張れ!)」と声援をおくっていた。

 ウサたんも岩や氷が冷たいのが苦手で、長く同じ体勢で捕まっている事が辛いらしく、フローラが収納から取り出した革製のリュックの中に入って過ごしていた。


「こんな環境だしフェンリルいないよね? 苔すら生えてないしご飯なんか無さそうだもん」

「確実にいると言われていたけれど、噂だけではあったもんね」

「この景色見れるだけで良かったよ」

「それもそうか・・・とりあえず山頂に行って、征服した証拠を残してやろう」


 僕たちは山頂に残すために「リンガ帝国第二皇子バーナード、エメロン王国エルム子爵家フローラ、エメロン王国ナザーラ男爵家アニー、リンガ帝国歴318年3月、婚前旅行で登頂」と刻まれた巨大な石碑を作り収納リングに入れていた。マシロが後の人が初登庁だと思い訪れた時に先に登頂されていたと知ってガッカリさせようと言い出し、山頂の一番目立ちそうな場所に登頂記念の石碑を置いて帰る事ていた。


「チーたん、癒しをお願い」

「チー!(任せて!)」


 雪山に登る時は紫外線で目がやられるためサングラスになっているゴーグルが必要となる事は僕でも知っていた。この世界で類似のものを探したら、鍛冶屋が使っている色ガラスのゴーグルぐらいしかなかった。だから鍛冶屋にお願いして同じものを3人分作って貰って持って来ていた。最初は目の周り以外が日焼けみたいな状態になりヒリヒリし始めた。水魔術の癒しは自然回復力を高めるものなので日焼けによる火傷を治癒すると日焼けが残る。けれどチーたんに癒しを使って貰ったら赤みがおさまって美白のままだった。

 今まで僕やフローラが日焼けをした覚えが無かったのは、定期的にチーたんに癒されていたからなんだと今回分かり、ゴーグル無しでもチーたんの癒しを定期的にかけて貰えば大丈夫なのではと思い実験していた。チーたんの癒しはエバンスの視力を回復は出来なかった。だから欠損すら治せる完全治療薬とは違うと思い水魔法による治癒と同じものだと思っていた。けれど今回の治癒で、事前治癒ではなく損傷個所を少し前の時間まで戻すものに近いと分かって来た。完全回復薬は短時間でその効果を発揮するものだと言われているので、チーたんの癒しは完全回復薬のゆっくりバージョンではないかとバーニィは考察していた。それならばチーたんの癒しで僕の月のものによる不調にあまり効果が無い事にも理由がつくようなきがした。


「今日はもう1回頑張って、明日山頂を目指そうね」

「「おー!(キュー!)(チー!(おー!))」」


 道具関係は収納リングに入れているため食べ物や飲み物を全て収納に戻し、手袋をつけピッケルを持ち出発した。

 さっきは僕が先頭だったけど、順番に交代しているため、今回はバーニィ、フローラ、僕の順となる。フローラの背中のリュックの口からウサたんが顔を出してキョロキョロとしていた。ウサたんはずっとフェンリルを探していた。けれど結構山頂に近くなっているけれど関知出来ていない。一応ウサたんの額の目での視覚的な関知範囲は球形に約500mだ。指向性を持たせればもっと先まで届くけれど、動き回っている対象には曖昧になるらしい。

 そろそろ山頂が500m圏内なのでウサたんはかなり集中して山頂の方に視覚を飛ばし続けていた。

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