第60話 前世と同じ肩ぐらい(エカテリーナ視点)

 アニーが馬車に乗ってエルム領に向かった、そこでフローラと合流してから王都の学園まで向かうらしい。

 空間移動が使えれば一瞬だけど、これは奥の手で、私とエバンスとアニーとフローラとバーニィの5人だけの秘密だ。

 同郷のよしみでビリーはどうかと思ったけれど、彼は善人らしいけどあまり口が固い方じゃ無いらしい。転生者であるという秘密は共有しているけれど、ここがゲームの舞台であるとかダンジョンの秘密であるとか、狂言誘拐の件とかそういう事は、伝えないほうが良いと兄貴にしては賢い事を言っていた。もしかしたら前世のビリーの口の軽さに痛い目見たことがあったのかもしれない。


 エバンスお兄ちゃんはマグダラ公爵家の王都屋敷に居ながら冒険者登録して私を捜索するという活動を始めた。自由な時間を作る事と、アリバイ作りのためだ。


 王家と公爵家が身代金をまんまと取られたうえ逃げられたという話が既に出回っていた。マグダラ公爵家の粉飾の証拠と贋金が国王の執務室に置かれていたという情報は出回っていないようだ。

 私直筆で、「入学式の日に開放してくれるそうです」と書いた手紙と私の髪を入れておいたけど、生存確認の代わりになっただろうか?私の金髪は結構特徴的なので、カール殿下であればすぐに私のものだとわかると思うのだけれど。


 私の現在の髪型は前世と同じ肩ぐらいまでになっている。この世界の貴族の女性は髪を伸ばし続け、毛先を整えるぐらいしかしない。アニーでさえ2年ぐらい前から髪を伸ばし始め今の私よりも長い。偽装誘拐から戻った私の髪型は、周囲からかなり奇異なものに見えることだろう。


「じゃあ僕も行くよ、10日後にエバンスが隠れ家に迎えに来るはずだから」

「分かってるわ」


 無人となったアニーの部屋にいつまでもいられない。影に隠れてやり過ごせるけど、人がいるという痕跡がどうしても残ってしまい違和感を持たれてしまうからだ。

 バーニィはリンガ帝国の王族の留学生として学園に入学するため、帝国側から馬車で王都に向かわなければならないらしい。

 私の話し相手として残ってくれていたけれど、そろそろ帝国に戻って準備をしなければならないそうだ。


 バーニィが窓から外に出ようとした所で、ドアの向こうに人の気配がしたため、ふたりとも闇魔術を使い影に潜った。

 ドアがノックされたあと入って来たのは、アニーのお爺さんとお婆さんだった。


「隠れたままでええから聞いて欲しいのじゃ」


 どうやら2人には誰かが部屋に居ることは分かっていたようだ。


「儂らはお前達を捕まえたりはせんのじゃ、隠れとる理由は分からんが、アニーやフローラと仲が良いことはわかるからの。儂が言いたいのはこれからもアニーとフローラをよろしくと言うことなのじゃ」

「アニーは今不安定なの。ずっと心が男の子だったのに、女の子の体になってしまってとても戸惑っているの、だから少しだけ見守って欲しいのよ」

「お願いするのじゃ」


 そう言うと深々と頭下げてアニーのお爺さんとお婆さんは部屋を出ていった。


「優しい人たちね」

「そうだね」

「バーニィは大丈夫なの?」

「僕の前世は普通の女の子ができるほど体が丈夫じゃ無かったから・・・」

「そうなのね・・・」


 バーニィは前世では私より若く死んだと聞いている。高校2年の時に入院してから20歳になるまで外に出られなかったと聞いている。


「2人はあなたの奥さんよ?」

「うん僕は2人を守るよ」

「2人を愛してるの?」

「うん、とっても愛してる」

「私はずっと一緒にはいられないけど、何かあったらサポートするわ、兄貴をよろしく・・・」

「リナもね」


 バーニィはそういうと、部屋の窓から飛び降りて出ていった。


「リナか・・・」


 私は男だった事が無いので兄貴の置かれている状況がよく分からない。ただ前世で性同一性障害という心と体の性別が一致しないと認定されている人がいて、周囲の理解が得られず苦しんでいたという話は聞いた事があった。兄貴が髪を伸ばし始めたのも何かのサインだったのかもしれない。けれど私はそれに気が付くことはなかった。


「なんでアニーとバーニィの心を逆にしなかったのよ・・・」


 私は、私達をここに送り込んだ見たことも無い神様に向かって呟いた。帝国から来た陽気な皇子になった兄貴の方に会いたかったと私は思っていた。

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