おもしろいテープ
小日向葵
おもしろいテープ
私は、その紙袋に封をしているテープに、何か文字が書いてあることに気付いた。
最初はよくあるお店の名前や電話番号かと思ったけれど、読んでみたら違っていた。
【ナイスな椅子】
そう書かれていた。何これ駄洒落?
その紙袋は、学校帰りにたまに寄る書店のものだ。漫画本や小説などをたまに買う、小さな町の書店。
前からこんなだったかな?と記憶を探ってみるけれど、そもそもこんな所に関心を持つこともなかったから、覚えているはずもない。
次に何か買ったら、見てみよう。
私はテープを丁寧に剥がして、生徒手帳の後ろの方にあるメモ欄に貼っておいた。
【鶏肉は取りにくい】
二か月後のテープにはそう書いてあった。アルバイトの眼鏡のお姉さんは、紙袋にテープで封をするとにっこり笑ってそれを私に手渡した。
私は待っていた恋愛小説の新刊を手に入れたぞ、と言う興奮よりも……早く部屋に帰って、テープの文字を確認したい!という思いの方が強くて、とにかく家路を急いだ。
やっぱり駄洒落なんだ。文字を確認できてなんだか変に満足してしまったけれど、そもそもは読みたい恋愛小説の続きを買ったんだよね。
私は生徒手帳にテープを貼ってから、飲み物とお菓子を用意して恋愛小説の世界へと没入する。至福のひととき……
【ススム君は進む】
翌月、友達と出かけるための情報収集に雑誌を買った。クラスで仲のいい女子三人で、遊園地か水族館に遊びに行くんだ。それぞれ行ったことのないスポットを調べてプレゼンをする。その上で場所を決めるというプロセスだ。行ったことのない場所を宣伝する、という発想がそもそも面白い。
テープは三枚目。生徒手帳を開くのはたぶん、テープに関する回数が、それ以外を上回っている気がする。
【まな板の上の恋】
一月後、集めている漫画の最新刊が出ていたので買って来た。ずっと集めている作者さんの恋愛漫画。続きがどうなるのか、雑誌ではなく単行本派である私はずっと待っていたのだ。あの不倫男にはなにか罰があっていいんじゃないか、なんて黒いことも思ってしまう。
テープの文字はこれまでと
そうして生徒手帳にまた一枚。
次の週、お母さんに頼まれて手芸の雑誌を買いに行くと、レジにいたのはあのバイトのお姉さんではなく、店主らしい中年のおじさんだった。
会計を済ませて紙袋の封を見ると、そのシールには書店の名前が書いてあった。
ああ、終わったな、と私は唐突に思った。あのお姉さんが貼っていたおもしろいテープに、どれだけの人が気づいていたんだろうか。私以外にも気づいた人はいるんだろうか。
次の月に、また漫画の新刊を買いに行ったけれど……レジにいたのはおじさんだった。
あのお姉さんは一体何のために、あんなテープを貼っていたんだろうか。
いや、封をするために決まってる。そんなことは判ってる。そうじゃなくて、そうじゃなくて。
考えても結論は出ないだろうし、お姉さんももう書店にいない。あのお姉さんと共有した秘密の時間。そこにどんな意味が、意図があったのかなんてもう知りようがない。
それでも、私の生徒手帳に四枚のテープは残っている。
今でもたまに開いて見るけれど、ひどい駄洒落だよね、ナイスな椅子って。
おもしろいテープ 小日向葵 @tsubasa-485
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