第13話 キレる芽吹
俺は次の授業で使う英和辞典を、思いっきり自分の机の上に叩きつけた。
ダアアアンッ!!
教室中に鳴り響いたその音が、周囲を一瞬にして黙らせた。
「黙れ、テメエら!! 深雪が『違う』って言ってんだろ!!」
俺はシーンとなったクラスの連中に向かって怒鳴り続けた。
「いいか、お前ら!! 深雪と俺は付き合ってなんかいねえ!! だけど深雪は俺の幼なじみで親友だ!! 俺のことなら何とでも言え!! だけど、深雪を泣かすような奴は許さねえ!!」
俺は廊下で見ている他のクラスの奴らに対しても、怒りをぶつけた。
「お前らもだ……見せもんじゃねえぞ!! 文句がある奴は出てこい!!」
すると、廊下の窓際から身を乗り出してはやし立てていた金髪に近いソフトモヒカンの男子生徒が、ニヤニヤしながら教室に入ってきて、俺に近づいてきた。
「春野く~ん、そんな怒らないでよ、ちょっとからかっただけじゃ~ん。この学年で一番可愛い深雪ちゃんと、仲良く屋上でお食事しちゃってさ。内心ムカついているわけよ、俺は。他の奴はどうか知らないけど」
「だから何だ……
「春野く~ん、無理しない方がいいよ、足、震えてんじゃ~ん」
確かに俺の足はガクガクと震えていた。
産まれてこの方、殴り合いなんてしたことがない。
たぶん、ボコボコにされるだろう。
それでもいいと、思った。
深雪を泣かせたことが許せない、頭の中はそれだけで一杯だった。
「それじゃあ、喧嘩しようか。深雪ちゃ~ん! こいつボコったら、今度は俺と一緒にご飯食べようね~!」
金髪がヘラヘラ笑いながら深雪の方を見ると、深雪は青ざめて泣いていた。
俺は泣いている深雪を見て、完全にキレた。
ボコられてもかまわない!
金髪に向かっていこうとしたその時だった。
「めぶっちゃーん、よかったよ~、彼女がいない同盟が解散しなくてさ~」
そう言いながら、俺におぶさってきた奴がいた。
真悟だった。
「それで何~、あの金髪ゴリラがなんかいちゃもんつけてきてるの~、こういう時は俺にまかせておいて~」
真悟はそういいながら俺から離れ、金髪に目を向けた。
ドガアアアアッ!!
真悟は両手をポケットに入れたまま、間近にあった机を思いっきり蹴り上げた。
机は斜め上の方向へ頭の高さまで舞い上がり、ものすごい音をたてて落下した。
ガアアアアンッ!!
落下の衝撃で、辞書や机の中に入っていた教科書やノートが散らばった。
「机の持ち主さん、ごめんね~」
そう言いながら、真悟は次々と机を蹴り上げていく。
やがて真悟の周りに小さな円状のスペースができた。
「リングかんせ~い。さあ、
真悟は金髪に近づき、下から金髪を、今まで見たことのない目つきで睨みつけた。
金髪は明らかに、ビビっていた。
「俺の
真悟は普段からは想像のつかない、低い、ドスのきいた声を発した。
「じょ、冗談だよ、田川……春野も、な、ちょっと調子に乗っただけだよ、悪かったな……」
真悟は振り返り、俺に向かっていつもの口調で問いかけた。
「めぶっちゃーん、この金髪ゴリラが謝ってるけど、どうする~?」
俺は真悟の暴れっぷりを目の当たりにして、ただただ驚いていた。
「し、真悟、もういいよ……もういいから……」
真悟はその言葉を聞いてニカッと笑い、金髪の方に向き直った。
「めぶっちゃんが許してくれるってよ~、まったくめぶっちゃん、優しいから~、はい、金髪、五秒以内に視界から消えて~」
その言葉を受けて、金髪は早足で自分のクラスへと戻っていった。
俺が呆然としていると、真悟が謝りにきた。
「ごめ~ん、めぶっちゃーん、俺がキレちゃった~、許して~」
その言葉を聞いた俺は、礼を言う前に何だか笑いが止まらなくなって爆笑した。
「アハハハハハッ! すげえな、真悟! お前、すげえよ!」
爆笑している俺に、クラスメイトが次々と謝りにきた。
「ごめんな……春野……俺、お前が羨ましくてからかっちまった……本当にごめん」
「悪かったな、俺、お前らのことを勘違いして……ごめん」
俺はクラスメイトの謝罪を聞いても、爆笑が止まらなかった。
「アハハハハハッ! そりゃ勘違いするよな! 俺の方こそ悪かったよ! みんな、ごめんな!」
笑いながら深雪の方に目をやると、深雪も女子生徒から謝罪を受けて、笑っていた。
俺はホッと一息つき、真悟が蹴飛ばした机を直し始めた。
その様子を見て、真悟と洋一が手伝いにきてくれた。
「ところで、真悟……なんでお前そんなに強いんだ?」
「あ~、俺~、空手やってっから~」
真悟の言葉に、洋一が付け加えた。
「なんだ、芽吹、知らなかったのか? こう見えても真悟は空手初段だぞ。もっとも今は年齢の関係で初段だが、実力はそれ以上って話だ」
全然、知らなかった……道理でさっきの蹴りはすごかったんだな……それにしても……
「あ~あ、ちょっとやりすぎちゃったかなあ~、この机なんか下がべっこり凹んじゃった~」
「あのさ、真悟、すごく言いにくいんだけどさ……」
「な~に~?」
「それ、俺の席の机なんだ……」
「えっ! そうなの? ごめ~ん! あとで直すよ~、勘弁して~、他の人のも後で直すから~、本当にごめんね~」
机を蹴られた生徒達は、黙ってコクコクと頷いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます