第68話 異変終結
「――はっ!」
「Gyaaaa!?」
素早く魔剣を振り、逃げ遅れた親子を襲おうとした魔物の足を切り飛ばし、返す勢いで分厚い皮膚や脂肪に包まれた心臓を一突きする。
「Gaaaa――」
水の詰まった風船を潰すような感触が、剣越しに伝わる。この生理的に受け付けない不快な感触も、何度も繰り返した今ではほぼ動じることはなくなった。
戦争もどこか遠い国の出来事としか認識していない、平和な前世では決して経験することはなかった命を奪う行為。その対象がたとえ人類の外敵である魔物であっても、最初の内は多少なりとも罪悪感は抱いていた。
しかし何度も敵との戦闘を繰り返す内に、気がつけば罪悪感は消え失せていた。今の私に浮かぶのは、ゲームにおける経験値稼ぎに近い作業でしかない。
ゲームの世界に転移したという非現実的な体験も合わさって、私の倫理観は前世で培ったものから大分変質してしまったように自分では思う。
断末魔を上げることもなく、崩れ落ちる魔物の体。その様子を見届けることなく、私は視線を背後に隠れていた親子に向ける。
「大丈夫ですか?」
努めて優しい声色で尋ねる。子供は私よりも幼い年頃だ。魔物に襲われるという恐怖体験や、目の前でその魔物の命を容易く奪う私に対して、良い印象を抱くことはない。
それをできるだけ緩和し、私の避難誘導に素直に従ってほしいという打算の元に行われた行為だが、私が助けた親子には必要なかったらしい。
「助けてくれてありがとう! お姉ちゃん!」
「お陰様で助かりました……」
向けられるのは、純粋な感謝。クロエやシオンといった身近な人達以外から、そういう類のものを向けられるのは久しぶりであった。
現在王都がこのような状況に陥っているのは、そもそも私達に原因があるというのに。命の恩人に向けるような眼差しで見つめられるのは、何だか申し訳ない気持ちになる。
「……王城の方へ逃げてください。ここの通りを迂回すれば、魔物はいないはずですから」
目線を逸らした状態で、短めに会話を打ち切る。そのまま私は次の標的を探す為に、その場を去ろうとした。
「頑張ってねー! お姉ちゃん!」
背後からの無邪気な声援に対して、最後まで返事をすることはできなかった。
そして、それから騎士団に協力して魔物を倒していくこと数時間。王都中の魔物は全滅し、長らく続いた騒動はようやくの終わりを告げた。
■
「――以上で、今回の王都への襲撃に対する報告は終わります」
「ご苦労だ、ユージン。お前も疲れているだろう。ゆっくりと休息を取れ」
「いえ、そういう訳にはいきません。未だに住民達の混乱は完全には収まっていない状況で、我々が休むことはできません」
「……確かにその意見は正しいかもしれないが、休息を取ることもまた大切だ。帰還した第二から第十部隊の隊長達と相談し、交代で復興作業に当たるように」
王都内に発生した魔物は、ユージンが率いる第一部隊の尽力、そして全速力で帰還してきた討伐隊の一部により被害は予想以上に少なく全滅させられた。
そしてその報告を、ユージンが玉座の間にて行っていた。その場にいるのは、玉座に腰をかける国王――ジェームズ・アルカナと宰相、報告者のユージンだけであり、他の者達の姿はない。
平時であれば、国王の傍には常に護衛の騎士が数人ついているのだが、今は王都の復興に少しでも人手が欲しい状況だ。幸い今回の騒動で王族から犠牲者は出ていない。
その為ジェームズ自らの判断で、王女の護衛や王城の最低限の警備を除き、全ての騎士達を王都の復興作業に従事させていた。
当然ながら、一国の王に護衛が一人もいないのは良くないという意見はあったが、ジェームズの一言でその意見も封殺された。
「ユージン殿。私からも感謝を申し上げます。貴殿ら騎士団の尽力がなければ、王都は――いえ、この国は一夜にして滅びていたでしょう。本当にありがとうございます」
玉座の横に無言で控えていた宰相が、ジェームズから引き継ぐように、ユージンに労いの言葉を告げる。
それに対して、ユージンは一瞬迷ったように視線を彷徨わせるが、表情を引き締めて宰相とジェームズにもう一人の功労者について話す。
「……国王陛下に、宰相殿。此度の騒動をこれだけの被害で済んだのは、我々騎士団だけの功績ではありません。一人の少女の協力があったからです」
ユージンの発言に、ジェームズと宰相は不可解そうに表情を歪める。
「ユージンよ。その話は少しだけだが、既に宰相から聞いている。その協力者という少女は、元々王城に襲撃を仕掛けた一味なのだろう。しかも聞いた所によると、討伐対象である『破壊』の魔女の仲間ではないか。忘れたとは言わせんぞ、ユージン。ベオウルフの騎士としての矜持を踏みにじった奴らなのだ。それが途中で魔物を数体倒した程度で許されるはずがない」
ジェームズの目には、言葉には抑えきれない怒りが滲んでいた。宰相もユージンに、疑念の視線を向けている。
「ユージン殿。まさか貴殿まで、魔女の洗脳を受けた訳ではないですよね?」
そんな宰相からの視線に怯みことなく、しっかりとした口調で告げる。
「お二人方もご存知のことですが、私はこの立場上魔女を手にかけたのは一度や二度ではありません。その中には今回の彼女のように、幼い魔女達もいました。その誰もが正気を失い、己の絶望に従い進んで魔物と手を組んでいました。しかし彼女は違います。多少危うい部分がありながらも、魔女の力を制御し仲間が攫われた状況でも、我々に協力してくれたのです。そして今も彼女は、大人しくこちらの指示に従ってくれています。ですので、何卒寛大な処置を。万が一の際は、この私が命に代えても引導を渡しますので……」
普段は寡黙であるユージンが、一度も言い淀むことなく言い切った言葉に何か思うことがあったのか、押し黙るジェームズと宰相。
そして室内に満ちた沈黙を打ち破るように、ジェームズは重く口を開いた。
「お前の言いたいことは良く分かった。その者に対する処遇は――」
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