第52話 三つ目の選択肢



 

(――我が提示できる三つ目の選択肢は、こっちから先に王国へ仕掛けるというものよ)



 シオンが魔女の力から解放されて、今後の方針について話し合う中。『前借りの悪魔』が出してきた三つ目の案は、他の二つ比べ物にならない程に無謀なものであった。



 その内容の現実味のなさに、思わず私は『前借りの悪魔』に声を荒げてしまう。



「どういうつもりで言っているの!? ついさっき自分で言ったばかりじゃない。正面から王国と戦うのは絶望的だって」

(だから、言ったでしょ。『正面』から戦うのは現実的ではないって。二つ目は論外として、一番安全なのは一つ目の他の国へさっさと逃げることなんでしょうけど、これにも相応のリスクはあるわ。騎士団の部隊長の一人を洗脳して、一つの貴族の家系を断絶させる……どう考えても、国外に逃げてそれでおしまいっていう訳にはいかないでしょうね。報復を受ける危険性については、一つ目の選択肢も変わらないのよ。それにね……)



 『前借りの悪魔』はそこで言葉を区切り、話を続ける。



(前回の騎士団が襲撃を仕掛けてきた時。ベオウルフだったけ? その隊長が興味深いことを言ってたことをシオンから聞いたわ。確か王国と帝国の国境近くにある村がいくつも魔物に襲われているって……)

「悪魔さん……! その話は……二人の前では……」

(……! ごめんなさい。無神経過ぎたわ)

「別に私達のことは気にせず、話を続けて」

(……分かったわ。村を魔物達に襲わせている犯人としても、我達……正確に言えばシオンが扱われているわ)



 私とクロエが住んでいた村は、一晩にして魔物の群れによって滅ぼされている。生き残りは私達のみで、偶然近くにいたシオンに保護される形で今日まで無事に過ごせていた。

 確かに他の村も同じように魔物の襲撃に合っているという話は聞いていた。王国はそれを何者かの悪意によるものと考えて、ほぼ同時期に目撃情報があったシオンが一連の騒動の下手人であると断定したことが、騎士団の派遣の一因になったのだろう。



 確かに状況証拠だけを見れば、村への襲撃にシオンが関与しているようにも見える。しかしそうでないことは、私達が良く知っている。



(まあ……シオンが無関係であることは、この場にいる我達にとっては周知の事実だけど、王国の人間はそうではないわ。この誤解を解かない限り、枕を高くして眠れる日は来ないわよ?)

「でも、それでこっちから攻撃を仕掛けたら本末転倒じゃない?」



 私の疑問に『前借りの悪魔』は自信満々に答える。



(それはあれよ。いい感じに優勢になった所で、王国の人間……国王辺りを交渉の席に座らせて、我達に対する誤解を解いた上で金輪際関わるなって言えば良いのよ)

「流石に脳筋過ぎるわよ……悪魔さん」



 シオンは呆れてジト目を『前借りの悪魔』に向けるが、顎に手を添えて思考する。



「……でも悪魔さんの考えはありと言えばありよ。実際にどれを選んでも、最終的には王国との争うのは避けれないでしょうね。問題はその手段だけど……」

(それは追々考えるとして、パトリシアちゃんの推測だけど……この一連の事件。もしかすると、裏で我達を嵌めようとしている存在がいるかもしれないわ)



 『前借りの悪魔』のカミングアウトで、シオンとクロエの視線が私に向く。突然視線を向けられたことで驚くが、深呼吸をして二人に説明をする。



「えっとですね……この前の騎士団の襲撃ですけど、シオンさん――魔女を討伐する為には戦力が乏しいように感じまして。まるで私達と王国を争わせて、戦力を消耗させられているような気がしたんです」



 その私の説明にシオン達は難しそうな表情を浮かべる。

 これはあくまでも私が抱いた違和感であって、何か証拠がある訳でもない。

 シオンはしばらく黙った後、自分の考えを話し出す。



「……強ちパトリシアちゃんの考えも否定できないわ。魔物の群れによって村が滅ぼされることは珍しくない。だけど、それが同時期にいくつも起こるなんて普通じゃありえないわ。明らかに裏で魔物達を率いている存在がいるのは確実よ。その人物が王国内部に入り込める立場や手段を持っているとしたら、私の存在を利用して目的を果たそうとする可能性もゼロではない。……本当に可能性の話だけど」



 シオンの言葉を引き継ぐように、『前借りの悪魔』は口を開く。



(まあ……この通りそれをはっきりさせる為にも、我は三つ目の選択肢をおすすめするわ。戦い方次第では、十分勝算があるわよ?)

「さっきあれだけふわふわとした回答をした『前借りの悪魔』に、きちんとした説明ができるの? シオンさんの魔法があったら、魔女の力なしでも一時的には有利に立ち回れるかもしれないけど、それだって絶対じゃない」

(そこは安心して。パトリシアちゃんと契約していた時に得た知識で、国王の大事な物は分かっているわ。それを我達の手で奪取して、王国を交渉の席につかせるのよ)

「嫌な予感がするけど、国王の大事な物って何か聞いてもいい?」



 これまで会話に混ざらなかったクロエが、『前借りの悪魔』に対して恐る恐る質問をした。その答えが予想できる私は、耳を塞ぎたかったが、『前借りの悪魔』はお構いなしに爆弾発言をしてくれた。

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