第51話 次なる方針




 クロエの魔法『聖女の抱擁』が発動し、無事にシオンの魔女化は解決した。しかしそれによって、今まで私達の行動を縛り、逆に私の体内で暴れ狂う闇属性の魔力を抑制していた『魔女の枷』がその効力を失う。



「ぐっ……!? っ……!」



 抑え込まれていた闇属性の魔力が、いつかの夜のように私の正気を蝕み乗っ取ろうとしてくる。この状態を解決する唯一の手段を持っているクロエは、初めての権能や魔法の使用により気絶している。

 激しい頭痛を堪えながら、私はクロエの体を揺すり起こそうとみるが一向に彼女の意識が戻る様子は見られない。



「……クロエ、起きて……」



 もう限界だ。私の自我を呑み込まんとする『憤怒』に身を委ねかけた瞬間。私の耳に、彼女の声が届く。



(ちょっと! 契約者様……じゃ、なかった。パトリシアちゃん! 起きなさい!?)

「え? ……『前借りの悪魔』?」



 その声の持ち主は、『前借りの悪魔』であった。先ほど姿を消した振りをした彼女は、私の体に触れて闇属性の魔力を吸収してくれていた。

 薄れかかった意識がだんだんとはっきりしてくる。



(念の為に出てきてみたけど、やっぱり正解ね。やっぱりクロエちゃんには、ぶっつけ本番で権能を使用するのは結構無茶だったわね……)



 確かに『前借りの悪魔』の言う通りに、事前にクロエが権能の扱いに慣れていれば今のような事態は避けれたかもしれないが、シオンの監視下ではそれも難しかった。

 それ前提の作戦であった為、この結果はある種必然的なものだったのだろう。



 この状況を想定していた『前借りの悪魔』は、私の魔女化の進行を抑える為に、急いで姿を現した。ということのようだ。



(……お疲れ様。パトリシアちゃん)

「そういえば、『前借りの悪魔』が私のことを名前で呼ぶのは初めてじゃない?」



 労いの言葉に緊張感が完全に緩んだ私は、ふと浮かんだ疑問を『前借りの悪魔』に投げかけた。それに対して一瞬虚を突かれたような反応を見せた『前借りの悪魔』は、柔らかな笑みを向けてくる。



(……今の契約者がクロエちゃんだからって、いうだけよ? 別にそんな深い意味はないわよ)

「そう……もう疲れたし、寝るね私も」

(ええ。パトリシアちゃん。おやすみなさい)



 今度こそ私も安心して、湧き上がってきた睡魔に抗うことなく身を委ねた。





(……それにしても、二人分は本当にきついわ。いつまで我慢できるかしら……。いや新しい契約者様とパトリシアちゃんの為にも、我も頑張らないとね……!)






 シオンの魔女化についての問題が解決してから、一晩が経過して翌朝。私とクロエはシオンからの謝罪を受けていた。



「……本当にごめんなさい! いくら正気を失っていたとはいえ、二人の意志を無視して監禁紛いのことまでしてしまって……!」



 昨夜までの異常な様子は見られず、シオンが今後魔女の力に振り回されることもないだろう。いつ騎士団の襲撃があるか不明な現状、戦力的な面ではマイナスかもしれない。

 しかしシオンが正気に戻った今、無理に矛を交える必要はない。

 隣国へ亡命するのも一つの手段である。



 それはともかく私達はシオンの謝罪を受け入れた。そもそも長年魔女の力を振るわずにいたシオンが、暴走するようになってしまったのは私達が発端とも言える。

 二人揃って「気にしていません。これからもよろしくお願いします」という旨を伝えると、シオンはその端正な顔を歪めて涙を流しながら「ありがとう……」と小さく呟いた。





(――それで、これからどうするつもりなの?)



 場の空気が落ち着くのを見計らっていたのか、シオンが泣き止んだタイミングで言葉を発する『前借りの悪魔』。

 その言葉で和んでいた雰囲気が緊張を孕んだものに変わる。



(三人とも認識しているでしょうけど、我達はこの国――アルカナ王国に敵視されている。その認識はできているわね?)



 私とクロエ、そしてシオンの三人が頷く。

 グラスタウンでの騒動を切っかけに、それまで住んでいた森の奥にあった住居に王国の指示を受けた騎士団の襲撃があった。

 クロエは気絶させられて、私とシオンは魔女の力で暴走。いくつものアクシデントが重なったが、騎士団を撤退にまでは追い込むことができた。



 しかしその際に取ったシオンの行動が一番の問題だった。足止めとして残った隊長の一人――ベオウルフに、魔法『ドミネート』を使用して、一時的な洗脳状態に。

 その状態でグラスタウンの貴族の屋敷に戻らせて、屋敷にいた人物全てを殺害するようにと、命令を与えていた。

 シオンの話ではその後ベオウルフは無事(?)に命令を完遂して、同僚の手によってその人生に幕を閉じたようだ。



 ぶっちゃけると、最悪な事の顛末である。いくらシオンが魔女化の影響もあり、理性的ではなかったとはいえ私達に対する印象は、王国側からしてみれば最低なもので間違いない。

 今後どう間違っても、王国とは友好的な完結を築けないだろう。



「――間違いなく、王国は私達の討伐に向けて騎士団を派遣するでしょうね。それも前よりも大勢でね」



 ようやく普段の調子を取り戻したシオンが、そう遠くない内に起こるであろうことを述べる。全員の認識が一致していることを確認した『前借りの悪魔』は話を続けていく。



(我達に取れる選択肢は三つ。一つはさっさと今住んでいる住処を放棄して、別の国に亡命すること。……そしてもう一つはおすすめしないけど、いつ来るか分からない騎士団を迎え撃つこと。時期も不明な上にシオンは魔女の力を失って、パトリシアちゃんはまだ魔女化が完全に解消できていない。新しい契約者であるクロエちゃんも、我の権能の扱いには慣れていない。はっきり言って、正面から戦うのは戦力的には絶望的よ)



 『前借りの悪魔』の分析は正しく、私達と騎士団との戦力比はあちら側に傾いていて、万が一にも勝利することはない。

 不本意ながら現状での最大戦力に位置づけをされている私であるが、本音を言えばクロエにできるだけ早くシオンのように魔女化を解除してほしい。



 しかしそれを提案すると、何故か『前借りの悪魔』が猛烈に反対してきた。理由を尋ねてみると、クロエの体への負担を考慮して、しばらくは『前借りの悪魔』が今までのように吸収することで対応するらしい。

 契約はクロエと続行中だ。その方が都合の良いとか。

 私の戦闘方面は支障はない為、別に問題はない。今は『前借り』の権能を使わずとも、制限つきで『憤怒』の魔女の力を行使できるからだ。

 それでも私も選ぶのであれば、他国への亡命を選ぶべきだと思う。



「……それで、最後の一つは?」



 クロエが『前借りの悪魔』に質問をする。確かにさっきあげた選択肢以外に、私達が取れそうな行動はない気がするが――。



(――そうね。三つ目に我が提示できる選択肢はね……)

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