第48話 少女達の決意




「……そんな都合の良い方法が本当にあるの?」



 小声で『前借りの悪魔』に尋ねる。正直に言って今のクロエでは、シオンの魔女化をどうこうすることはできるとは思えない。

 確かにクロエが私の知識にある通りの力を発揮できれば、話は別であるが――。



 ――いや、未来の自分の力を使うことができる。そんな夢のような力が存在していたことに、普段から自分が切り札として用いていたことを思い出す。

 そしてその力を持つのは、発言者本人である『前借りの悪魔』。

 彼女の権能『前借り』は、契約者の未来から力を『前借り』することができる力。



 この権能を使えば、クロエは完璧に光属性の魔力を行使することが可能になる。

 ただし、その方法を選ぶには一つの問題があった。



「――でも悪魔の権能って、基本的にその契約者以外の人間には効果がないんじゃないの?」



 今の私の発言の通り、悪魔の権能を行使できるのは契約者や悪魔本人のみ。ならその悪魔本人に権能を使ってもらえば良いという話になってくるが、それは不可能だ。

 肝心の私が『前借りの悪魔』に権能を使用するように命じても、今の彼女は私の代わりに闇属性の魔力を吸収してくれていて、彼女自身に権能を行使する余裕がない。



 無理に権能を使い下手をすれば、私と『前借りの悪魔』の両方が魔女化の影響を受ける恐れがある為、私と契約したままで『前借り』の権能を行使はできないのだ。



「じゃあ……嫌な予感がするんだけど、私との契約を一旦破棄するしかないよね? クロエに『前借り』の権能を使ってもらうには」

(ええ、そうなるわね。今のままだと、我が権能を使えないもの。……それで薄々察していると思うけど、契約者様には再契約するまでは一人で、今我が肩代わりしている分の闇属性の魔力の侵食に耐えてもらう必要があるのだけど……大丈夫そう?)



 『前借りの悪魔』は心配そうに尋ねてくるが、正直に言えば「無理そう」というのが私の本音である。

 騎士団の襲撃を受けた晩に、『前借り』の権能の暴走により、未来の『私』から逆流してきた魔女の力。クロエが傷つけられた状況の後押しもあり、侵食も進みも早くあの時の私はほぼ正気ではなかった。

 何なら今のシオンの方が理性的である。



 今度制限を設けずに、魔女の力を使えば完全に呑み込まれてしまうという恐れがある。

 しかしシオンがこのまま狂っていく現実を見たくはない。以前の彼女が帰ってくるのであれば、私は何としてでも耐えるつもりだ。



「……私はシオンに正気に戻ってほしい。だから構わないけど……」



 私はこの作戦のもう一人の協力者であるクロエについて、思いを巡らす。

 クロエが『前借りの悪魔』と契約する段階まで成功したとしても、懸念すべき点がある。彼女が『前借り』する未来が、安全なもの――聖女として大成した未来であれば良いのだが、万が一原作のBADENDのように二代目の魔王になった未来を引き当ててしまえば、それこそ最悪な事態に陥ってしまう。



 シオンの魔女化を止めることはできず、私も魔女の力に呑み込まれてしまい、魔王となったクロエが爆誕するという考えられる中で、一番絶望的な状況だろう。



 それを考えれば、別の手段を模索すべき気がするが――。



「――パトリシア。私を除け者にして、そんな重要な話をして。傷ついちゃうよ」

「……クロエ」



 いつの間にか私達の傍に来ていたクロエが、会話に割り込んでくる。彼女は拗ねたような反応を一瞬するが、次の瞬間には真剣な表情を浮かべて話し出す。



「……シオンさんが少しおかしくなったのは、私達を助ける為だったんでしょ? 私にできることなら、何だって言って。もう守られるだけは嫌だから」



 クロエの言葉に、私と『前借りの悪魔』は顔を見合わせると頷き合った。



「……うん、分かった。でも無理はしないで」

(本人の了解も得られたし、今から作戦の概要を説明するわね。まずは――)



 ――こうして、シオンに気づかれないように少女達の作戦会議が始まった。





「――本当に、私にそんな力があるの?」



 『前借りの悪魔』がシオンを正気に戻す為の作戦内容を告げる途中で、クロエは疑問に思ったことを尋ねる。



(ええ、クロエちゃん。それは我が保証するわ。我の権能は限定的な未来視が可能だけど、前に未来を見た時にクロエちゃんが光属性の魔力を今とは比べものにならないレベルで操っていた光景を、ちょっとだけ見えたことがあるわ。だけど、この方法はクロエちゃんだけじゃなくて、契約者様にも大きい負担を強いる可能性があるの)



 クロエの疑問に対して、『前借りの悪魔』は彼女を安心させるように、自信をつけるように答える。しかし『前借りの悪魔』は、最後の忠告をクロエにする。



「――未来というものは、確定した一本の道ではない。複数の道が複雑に分岐して、どの道を歩くことになるのかは誰にも分からない。もしかしたら、道の途中にある落とし穴に落ちてしまうかもしれない。気がついたら、全く別の道を歩いているかもしれない。要するに未来って、我が見たもの以外にも存在するから、万が一だけど悪い可能性を引き当てる確率もあるのよ。それに我と契約者様の契約破棄が大前提だから、契約者様が今のシオンのようになってしまうかもしれない。それでも貴女は、本当にやる?」



 『前借りの悪魔』の言葉に、クロエは躊躇なく頷いた。



「――さっきも言ったでしょ? 私もシオンさんを助ける為には何でもするって。それにパトリシアを――私の友人のことを信じてるから」

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