第47話 魔女の枷




 シオンの魔女化や、近々差し向けられるだろうアルカナ王国の騎士団による討伐部隊。

 そして私達に騎士団が来るように仕込んだ何者かの存在。



 そのどれもが今すぐにでも解決に向けて動き出さなければならない問題であり、特に一番最後の問題はその存在自体が不確かなものである。

 時間が許す限り、慎重に調べていきたいと考えているのだが、実行に移せない理由があった。



「ぐぐぐっ……! やっぱり取れないか……これは」



 それは私の細い首に嵌められた黒色の首輪であった。いつの間にか付けられたそれは、ただ首輪ではなく文字通りに『呪いの装備』である。

 ゲーム時代にも存在したこの首輪の名称は、『魔女の枷』。その名前から分かる通り、魔女の力に由来する。



 魔女の力――要するに闇属性の魔力が具現化したこの首輪には、装備した人間の行動に制限を設けて操ることができる。

 似たような効果を持つ魔法『ドミネート』とは違い、本人の自我までは縛ることはできず、単純な洗脳効果は『ドミネート』の方が高い。

 しかし恒常的に対象の行動を縛り、自我が残るという点では『魔女の枷』の方に部が上がる。

 『ドミネート』は他の類似効果のある魔法と同じで、効果を持続させるには定期的に対象にかけ直す必要がある。




 『魔女の枷』を付けられているせいで、私はこの首輪の主であるシオンの許可がない行動の一切が取れない。戦闘行動はもちろんのこと、現状唯一の武器である『憤怒』の魔女の力を少しでも使うこともできない。



 更にはシオンの目が届かない範囲に移動することすら許されず、今生活している住居がどの辺りにあるのかも不明。それこそ彼女が召喚できる使い魔の種類の豊富さや、転移魔法『テレポート』の存在を考慮すれば、いくらでも候補は浮かんでくる。



 まだアルカナ王国内のどこかに留まっているのは、シオンとの会話で推測が立つが根本的な事態の解決には至らない。



 『魔女の枷』を嵌められている私は見た目相応の力しか発揮できず、『前借りの悪魔』も私の体内で湧き続ける闇属性の魔力の吸収で手がいっぱいのようで自力で外すのは不可能。



 またクロエにも『魔女の枷』は嵌められており、協力して脱出する行為そのものが禁止されていた。

 多少話は逸れるが、無理矢理首輪を嵌められて曇って浮かない表情をしているクロエも、偶には良いなと思ったり思わなかったり。



 そんな雑念を振り払うように、私の傍で揺蕩っている『前借りの悪魔』に小声で相談を持ちかける。当然ながらシオンには勘づかれないように、細心の注意を払っている。

 もしも今から話す内容をシオンに聞かれようものなら、自由に会話する機会さえ失われてしまう。



 シオンが私達の自由を過剰に束縛するのは、彼女が私達のことを大切に思っていてくれることの裏返しであるのは理解している。

 しかし今の状況が続くのは、私やクロエはもちろんのこと、シオンにとっても決して良いとは言えない。

 だからこの状況を打開する為に、元のシオンに戻ってもらう為に、私はできる限りの手段は尽くすつもりだ。



「ねえ……騎士団の襲撃だけど、いつ頃来ると思う?」

(我に聞かれても分からないわよ。我はあくまでも契約者様の未来を部分的に見れることができるだけで、全能ではないのよ。それこそ契約者様の知識があれば、目処ぐらいは立てられるんじゃないのかしら?)

「……前にも言ったと思うけど、私の知識はかなり以前から前提が崩れているせいで、機能していないよ」



 『前借りの悪魔』からの質問に、私は自信なさげに返答をする。この世界に転生した私が保有しているアドバンテージが、ゲーム『闇の鎮魂歌』の原作知識だ。

 けれど実際に本編が始まるよりも前の時点で、魔物によるクロエの故郷が襲われるイベントが発生したせいで、私が知っている物語の展開は根本から崩壊してしまっている。

 よって私が頼りにしていた原作知識は、完全に初見な事態への解決策を求めることにはあまり有用ではない。



(……契約者様でも見当がつかないとなると、本当にどうするの? シオンだけだと騎士団相手は厳しいわよ。それに万が一勝てたとしても、それは魔女の力込みでの話。そうなると、手遅れになって二度と元に戻らないわよ)

「……分かってるよ! そんなことぐらい!」



 思わず大声を出しそうになるが、慌てて両手で口を押さえる。少し離れた場所で何か作業をしているシオンからは怪訝そうな視線を送られるが、曖昧なガラも笑みを浮かべて何とか誤魔化す。



「……それで『前借りの悪魔』の方こそ、何か考えはあるの?」

(そうね……。待っているだけでなら一層のこと、こっちの方から打って出てみる?)

「そんな危険なことができる訳ないでしょ! そもそもこの首輪のせいで、まともに行動できないのに……!」

(それなら、あんまりこっちの方は提案したくなかったけど……)

「他の考えがあるなら、そっちを教えて」



 『前借りの悪魔』は途中で言葉を濁すが、片手を額に当てて諦めたように話し出す。



(――契約者様とクロエちゃんの両方に負担を強いることになるけど、シオンは確実に正気に戻せるわ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る