【第二部完結】TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜

廃棄工場長

第一部 第一章 原作崩壊編

第1話 転生そして会合

「ねえ、どうして私が死なないといけないのかなぁ」



 人里離れた森の中。そこに生える大樹に背を預けた少女が一人。肩まで伸ばした黒髪に、端正な顔立ち。それだけ聞けば、絵画の被写体にピッタリ。その程度の感想で終わっていただろう。



 ――だが、その少女を一目見れば異常は明らかであった。髪と同じ色合いのローブや露出の少ない服装を、それよりも濃い赤で染めていた。その赤色の源は少女の腹。

 人間の命の具現化とも言える血は、腹部に添えられる少女の手を無視して、流れ続けている。

 呼吸も荒く、少女の命はもう間もなく尽きようとしていた。



 少女の口から吐かれたのは、疑問。少女はただ生きていた。両親や友人に囲まれて、平穏に暮らしたかっただけなのだ。けれど、運命がそれを許さなかった。世界は少女に対して、どこまでも残酷であった。



 三年前に、魔王が復活した。それに伴い魔物の動きも活性化して人類は瞬く間に、絶滅の危機に晒された。

 人類は魔王を打ち破る為に、起死回生の一手を打った。魔物や魔王が苦手とする光魔法を得意とする少女――『聖女』を選定して、魔王討伐に送り込もうという計画であった。

 そして、幾人もの候補から選ばれたのは、一人の少女。その名前をクロエと言った。

 今命を散らそうとしている黒髪の少女こそが、聖女に選ばれたクロエであった。



 クロエがまさに息絶えようとしている場面を、俺はどこか別の世界の出来事のように見ていた。――いや、実際に別世界どころか、俺にとってはフィクションでしかないのだが。



「……というか、魔王退治を一人でやれなんていうのが無理な話だよな」



 無意識の内に、言葉がこぼれる。画面越しに起こる少女が辿る末路に対して、不満が湧き上がる。



 ――『闇の鎮魂歌』。それが、今プレイしているゲームのタイトルであった。ゲームシステムは、オーソドックスな形式のRPGで、舞台はよくある剣と魔法がある、中世ヨーロッパに酷似した異世界。それだけであれば、ありふれたゲームの一つで埋もれていたであろうが、そうはならなかった。



 ただの村娘でしかなかった一人の少女が、魔王によって滅びに一直線の世界で、曇りながらも使命を果たそうという展開が、多くのプレイヤーに受けたからだ。

 重厚に練られたシナリオ。全編フルボイス。無駄に用意された苦しげな顔の表情差分に、有名なイラストレーターに描かれた美麗なキャラクターの立ち絵。

 それらの要素が合わさり、『闇の鎮魂歌』は一躍有名なゲームとなり、発売から数年以上が経っても、根強い人気があった。

 かくいう俺もその一人であり、暇ができてふと思い返した瞬間に遊んでいる程だ。



 主人公はクロエという少女で、彼女は物語開始当初、無力な人間でしかない。生存圏を次々と削られていく人類が逆転の手段として取った行動が、聖女の選定であった。

 本人にとって幸か不幸か、潜在能力自体は十二分に備えていたクロエ。最初は辞退しようとしていた彼女は、己が聖女だと告げられたその日の晩に。住んでいた村を魔物に襲われてしまった。

 生存者はクロエのみであった。両親を含めて、村人達は全員死んでしまう。



 絶望のどん底に叩き落されたクロエは、魔物――ひいては魔王に憎悪を抱き、復讐の旅に出ることになったのだが――。



 今画面に映し出されているのは、終盤の場面であった。『闇の鎮魂歌』はマルチエンディングを採用しており、これもその内の一つで、紛れもない最悪な結末であった。



 復讐心を抱いて、魔王討伐の旅に出るクロエだが、途中で出会った仲間達との協力もあり、無事に魔王を討ち滅ぼすことができた。魔王の力によって活性化していた魔物の動きも落ち着き、世界は徐々に平和になる。そのはずであった。

 魔王を倒して、伽藍堂の心持ちのまま、人々から歓待を受けていたクロエ。そんな魔王をも倒した力を恐れた一部の人間によって暗殺されかけて、彼女はこの世の全てに絶望。

 魔法の属性が光から、魔王や魔物が行使する闇へと変化し、第二の魔王として君臨することになった。結果的に、新たに現れた聖女に打ち倒されることになるけれど。



 救いようのない過程を経て、クロエの生涯は孤独で閉じようとしていた。まだクロエが幸せになるエンディングがあれば、溜飲を下げることができたのに。

 残念なことにこのゲームは複数のエンディングがありながら、クロエが幸福になれる結末が一つもない。多くのプレイヤーが隠しルートの存在を信じて、何周、何十周と繰り返しゲームをプレイした。



 その僅かな希望も、発売からしばらく経って公式によって打ち砕かれた。隠しルートなんてものはなく、実装されているエンディングが存在しない。

 クロエの結末には悲劇しかないのだ。



 思考を止めて、画面に視線を戻す。ゲームの中のクロエは今にも息を引き取りそうだ。そんな彼女に近づく一人の影。クロエの黒髪とは対称的な、太陽の光を反射する金髪の少女であった。クロエの仲間の一人である、パトリシアだ。そして、彼女は二代目の聖女でもあった。



 パトリシアの手には、一振りの剣が握られている。このエンディングでは魔王となったクロエは、パトリシアによって命を奪われる。そういう結末だ。

 久しぶりのプレイということもあり、フラグ管理をミスをして、魔王ルートに入ってしまった。できれば、もう少しマシなエンディングを見たかったが。



 このゲームをプレイする度に考える。この残酷な結末を覆すことができたら、と。所詮フィクションとはいえ、心優しい少女が、幸せになれないというのは納得できない。

 救いを求めて二次創作を漁ろうと思っても、不思議とクロエ救済ものの類はなかった。自分で書こうにも文才がなく、何度も挫折し筆を折った。

 精々妄想の中で、クロエの幸せな場面を思い描くだけにとどまっていた。



 画面の中のパトリシアがその細い両手で剣を振り上げる。数回は見た光景が脳裏を過る。パトリシアが持つ剣に刺されたクロエの体から血が更に噴き出すのを最後に、スタッフロールが流れる。そういう展開であったはずだ。



『――絶対に、次は助けるからね』



 スピーカーから少女――パトリシアの声が漏れる。そこで違和感を覚えた。この場面で発する彼女の台詞は別の内容であったような――。



 ――瞬間、画面を見ていた視界が歪む。頭痛が酷い。頭が物理的に割れそうであった。痛む頭を両手で押さえ、明滅する世界の中で、俺はパトリシアの台詞を聞いた。これまた記憶にはない台詞を――。



『――■■■■』



 混濁する意識では、その言葉を正確に捉えることは不可解であった。





「――憧れの異世界転生かぁ……。どうせなら、もう少し平和な世界がよかったんだけど……」

「どうかしたの、パトリシア?」

「ううん。何でもないよ、クロエ」

「なら、いいんだけど」



 小声で呟いていた独り言に反応してきた友人に対して、俺――ではなく私は咄嗟に誤魔化し、笑みを浮かべる。友人――クロエは私のそんな反応に違和感を覚えることなく、手に持った本に視線を戻した。

 はあ、と大きなため息が吐かれた。



 ――ゲームの世界に転生。それだけ聞けば、流行りの展開に聞こえるが、この『闇の鎮魂歌』の世界は別だ。元々魔物に対して劣勢であった人類が、魔王の登場を契機に滅亡まで一直線だ。駄目だ。どう考えても詰んでいる。



 私の目の前にいる少女、クロエは『闇の鎮魂歌』の主人公であり、いずれは魔王を倒す程の才能の持ち主ではあるが、今は十歳の子どもにすぎない。



 そもそも私が今いる世界を『闇の鎮魂歌』の中と気づいたのは、クロエがきっかけであった。両親の都合で王都の街から、今住んでいる村に引っ越してきて、村中に挨拶をしていた最中に。母親に手を引かれている途中に、私はクロエに出会った。

 その瞬間に私の頭には前世の記憶というものが溢れ出した。突然頭を押さえた両親は慌てて、家に連れ戻されてベットに寝かせられた。



 頭痛に、高熱。そんな状態が三日間も続き、体調が落ち着いた頃、前世からの記憶を整理することができた。その中にはクロエのことは当然あり、続いて物語の展開、魔王を始めとした人物名が辞書を捲るように思い返すことができる。

 しかし肝心の前世の自分自身に関する事柄が一切抜け落ちていた。自分の名前。家族の顔や名前に、どういった人生を辿り、どう死んだのか。

 けれど『闇の鎮魂歌』関連の記憶しか、私の中には残っていなかった。



 気落ちする余裕もなく、さらなる衝撃が私を襲った。その正体は、部屋に置かれた鏡に映った自分自身の姿であった。

 背中の半ば程度まで伸ばされた金髪。宝玉のような碧色の瞳に、西洋人形の如き顔。美少女と言っても罰は当たらないレベルだ。

 そして、その顔の本来の持ち主も『闇の鎮魂歌』の登場人物の一人であった。クロエの仲間にして、ルートによっては二代目の聖女に選ばれる程の才能を有している。



 彼女は本来別々の村に住んでいて、面識ができるのもクロエが旅に出てからのはずだが――。

 まあ、どう悩もうと結果は既に出てしまっている。この世界が辿る未来を知識として保有して、性別すら変わってしまったが、前世から胸に秘めていたやりたいことをする。

 ――クロエに幸せな未来をプレゼントとする。原作のように、聖女なんて肩書きを持たずに、魔王にも関わりのない生活を送ってほしい。その目標の前には、性別の違いは誤差にしかならない。



 そう決心を固めた私は、最推しであったクロエとの交流を楽しみつつ、来たるべき日に向けて準備をし始めた。





 ――私が前世の記憶を取り戻してから、三日が経過した。まず私が取りかかったことは、この世界――『闇の鎮魂歌』における主人公、クロエに会いに行くことであった。

 村に引っ越してきて挨拶を際に、クロエと会うこと自体は会った。しかしその時は、突然湧いて出てきた記憶の奔流によって発生した頭痛により、早々に帰らせられた。



 体調は完全に治った。むしろ寝込む前より断然にいい。心の中は興奮状態に近い。『闇の鎮魂歌』の中で一番好きなキャラクターであるクロエに出会えたのだ。

 前回は残念ながら直接言葉を交わすことが叶わなかったが、今回は別だ。推しキャラクターが実際に存在し、同じ村に住んでいる。一ファンとして、これほど嬉しいことはない。



 善は急げだ。タンスから、普段使いしている服の中でも上等なものに着替える。部屋に備えつけられた鏡で、おかしな部分がないかを探す。気分はアイドルの握手会に行くファンの感じだ。

 家で皿洗いをしていた母親に出かける旨を伝えて、いざ征かん! 高揚していることを悟られないように、無表情を努めて、努めて。けれど弾む足取りが隠せない、私の二度目の人生における小さな旅は、玄関の扉を開けた瞬間に終わってしまった。



「……!?」

「……!?」


 目的の人物――クロエ本人がいた。私が扉を開けた先には彼女はおり、お互いに驚いて硬直してしまった。僅かな沈黙が、私達二人の間を支配する。

 気まずい雰囲気に耐えかねたのか、クロエの方から話しかけてきた。



「あ、あの……この前は大丈夫だったの?」



 幼い少女特有の可愛らしい声で、私の体の調子を労ってもらえた。これは夢だろうか。これから私は死んでしまうのだろうか。いや、もう死んでた。その時の記憶が全くないけど。

 それはともかく。止まっている思考を無理やり動かして、返答をしなければ!



「は、初めまちて……」



 や、やばい! 緊張のあまり噛んでしまった! 恥ずかしい。湧き上がる羞恥心で、顔が熱くなるのが分かる。他の人から見たら、今の私の顔って変な表情に映ってるんだろうな……。



「ぷ、あはは……久しぶりに笑っちゃった。その様子なら、全然大丈夫そうね」



 クロエは私が噛んでしまったことがツボに入ったのか、目尻に浮かんだ涙を右手で拭いながら、笑っていた。そんな推しの可愛いらしい姿を見れたという、幸福すぎる事実に脳が悲鳴を上げる幻聴が聞こえてくる。



「――そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前はクロエよ。貴女の名前は?」



 一頻り笑いが収まったクロエは、私に名前を尋ねてくる。一挙手一投足が私の脳を焼く感覚に耐えながら、今世の名前を自信を持って答えた。



「――私の名前はパトリシア。貴女のことは私が幸せにしてみせるから。安心してね!」



 そう発言し終わった後、クロエの表情がドン引きしたものに変わり、自分が失言したことに気づいてしまった。夢のような状況で、ついつい本音が洩れてしまったようだ。



 ――こうして、私達の最初の邂逅は微妙なものになってしまったが、クロエの薔薇色の未来を獲得する為に私の奮闘は始まった。

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